28.陽光差す時

 朝。

 地平線の向こうから、その姿を表す太陽が、この世界に光を灯す。煌々と輝く、その歪みない陽光の先。都市の城門の前で、その四人は立っていた。


「……さて、どうやって現れるつもりだ」


 投げかけるように呟かれた【剣聖】の言葉。

 その言葉の余韻が消え、数秒経った後。ゆっくりと、空間が裂けた。

 影が溶けて、光を歪ませて黒い色が満ちていく。空間に開いたような穴から二人の人物の姿が現れる。

 特徴的な白のマフラー。左手には鞘に収まった状態の長い刀。右手にもう一人の人物の首を掴んでその場に現れた。

 そのもう一人の人物である【真影】の姿を視界に捉えた【極藝】は、呻くようにその名を呼んだ。


「影ちゃん……」

「落ち着け、【極藝】」

「……分かってる」


 【護心】が【極藝】を抑えるその様子。彼は二人を気にすることも無く真っ先に告げた。


「【世界の柱】は何処だ?」


 その言葉と同時に、【真影】の首が軋む音が鳴った。彼は、容赦なくその首を締め上げていた。


「その前に……」

「下らない問答はしない」


 【剣聖】の言葉を彼が最後まで聞く事は無い。

 再び、彼は告げた。


「【世界の柱】は何処だ」


 二度目はない。そう示すように彼はさらに強く【真影】の首を締め上げた。【真影】の首に食い込む彼の指は、震えていない。丁寧に、確実な力加減で【真影】の喉を潰しにかかっていた。


「言ったはずだ。【世界の柱】を渡さないのであれば、【真影】を殺すと」

「少し、時間を……!!」

「今すぐに渡せ。……【極藝】、お前に言ったはずだよな。【剣聖】と【天魔】を説得しろと。助ける気がないのか?」


 彼は、【極藝】に視線を向けた。

 心の奥まで突き刺すような眼光。だが、英雄達は強気な姿勢を崩さない。

 その様子に、彼は疑問を抱いた。


(……妙だな)


 心に余裕がある。英雄達の様子から彼はそう感じ取っていた。妙な一体感、と言えばいいだろうか。

 こちらが人質を殺さない確証でもあるのか、と。

 それを証明するかのように【護心】が一歩、彼の方へと足を進めた。


「なあ、少し話さないか?」

「…………」


 この期に及んで尚も話し合いを要求する【護心】に呆れた彼は、右手に力を込めようとした。

 この時、彼は英雄達が絶対に取らないであろう選択肢を排除していた。複数回の戦闘から、相手はこの選択肢を選ばない。そう、一種の思い込みがあった。



 故に対処が遅れた。



「【爆震弾バルカー】」

「【錬成】」



 味方諸共攻撃する、という選択に。

 自身の前方に魔術を構える【天魔】。そして合わせるように地面に手を置いて錬金術を発動した【極藝】。

 輝くようにその威力を留めている魔術の発射方向にいるのは彼。錬金術は、彼の動きを止めるために発動された。蠢く土が一瞬で彼の足を膝下まで呑み込み、金属へと変質。完全に彼の立ち位置を固定した。


「……ッ!?」


 予想外。

 それでも彼は即座に行動した。右手に掴んだ【真影】を魔術の盾にするように、前へと突き出す。そして、左手で持っている長刀を鞘ごと地面に叩きつけた。力の入らぬまま強引に振るわれた長刀。

 彼の長刀が土から変質した金属を抉り、自身の左足を引き抜いた直後。【護心】が彼の左手側から回り込むように迫っていた。右手は、真っ直ぐ彼に向けて。【護心】は迷いなく踏み込んだ。

 

「はッ!!」


 たった一撃。されど、足を止められている彼に回避する手段はない。長刀を持つ左腕を【護心】の拳と自身の体の間に割り込ませ、防御した。

 しかし、その威力は強引な防御で防げるほど柔ではなかった。


(無理か……!!)


 防御から、受け流しへと彼は対応を変えた。足の可動域の限界まで動かし、かろうじて【護心】の拳を体の外側へと受け流したその瞬間。

 【天魔】は唱えた。


「【【【転移テレポータ】】】」


 彼の左手側から【護心】の姿が消え、その背後に魔法陣が出現。輝きを増していく紋章の刻まれた円。しかし彼は冷静に、左手の長刀を振って魔法陣に干渉、破壊した。

 魔法陣の破壊により、ガラスが割れるような現象が発生した、その反対側。彼がその人物を視認した瞬間にその手に握られている長剣は振るわれていた。


「【第一剣・至正】」


 長剣の動作をなぞるように舞い散る朱。

 右手と二の腕。その部分が【真影】の首を掴んだまま、鮮やかな切り口を晒して彼から離れていった。


「…………ッ!!」

「【天魔】!!」


 彼から切り離された右腕を乱雑に掴んで投げ捨て、【真影】を抱えて【剣聖】は距離を取る。


「……そう来たか」


 呟く彼へと。

 時間差で放たれた【爆震弾バルカー】が迫っていた。爆撃の威力が込められた、光球。

 彼へと到達するまで、精々武器を一度振るう程度の時間しか残っていない。選択肢は限られていた。

 右足は未だ変質した金属に覆われている。身動きは取れない。左足は自由だが、現状には無意味。爆撃の直撃は、重傷となる。左手には長刀。右手は無い。

 選択肢は、二つ。

 左足を固めている金属を破壊するか、【爆震弾バルカー】の迎撃か。

 二択は、選ばれること無く。

 更なる追撃が彼に迫った。


「【憤怒の黒炎イフリーティア】」


 もう一つの魔術が、黒い炎の波が彼の右方向で発動される。その方向には【天魔】がいた。

 その事実に、彼は胸中で呻いた。


(そういう、ことか……!!)


 先ほどの【転移テレポータ】は、【剣聖】と【天魔】、二名を転移させていたのだ。

 【天魔】の転移によって発射点から消えている事を隠すための、派手な魔術の一撃、【爆震弾バルカー】。さらに、【天魔】の転移先を隠すために、【剣聖】と同時に転移し、隠れるような位置取りをしていた。

 その用意周到さに、彼は思わず舌打ちをした。


「ちッ……」


 更に言えば、今、彼には選択肢が無い。

 この状況下、防御、回避は最早不可能。可能な限り、負傷を抑える方向へと彼は意識を回した。

 前方から【爆震弾バルカー】、右側方より【憤怒の黒炎イフリーティア】、右足は地面に固定されている。

 可能なのは、一手のみ。

 左手に握る、鞘に収められた長刀。それを、逆手に掴んで目前をなぞるように振るった。


「【神楽かぐら】」


 その呟きを最後に、彼の立っていた場所で魔術が炸裂、黒い炎と爆発が同時に発生した。


「……やったかな?」

「【極藝】、それを一般的に何というか知っているか?」

「知ってるよ」

「今のうちに、【真影】を治療するわ。【治癒の雫フィーラ】」


 土煙が晴れた、その場にその人物はいた。

 左足と右膝を地面に着き、左手に持つ長刀を盾のよう構えている彼は、炸裂地点からずれた場所にいた。その左手の甲から指先に至るまでが焼け焦げ、黒ずんだ骨を空気に晒している。

 彼の左手の惨状を見た【護心】は、その理由を察した。


「やはり、この程度で死ぬ相手ではないか」


 そう呟いた【護心】の視線の向く先は、魔術が炸裂した地点、つまり先ほどまで彼がいた場所。正確には、彼の先ほどまでの立ち位置の地面。

 焦げた何かが、そこには残っていた。

 剥き出しになった硬質な物質。焦げた骨と、その周りを覆う同じく焦げた肉。黒く煙を上げるそれは、強引に割られたようにも見えていた。


「……【剣聖】、【護心】。彼が何をしたのか見えてた?」

「ああ」

「正気じゃない、って事は分かった」


 【極藝】に治癒魔術をかけながら【剣聖】と【護心】に【天魔】は問いかけた。

 その問いに対する二人の答えは、事実、彼の行動であった。


「【神楽かぐら】……あの技を使って【爆震弾バルカー】を受け流し、【憤怒の黒炎イフリーティア】と衝突させ、負傷を最小限に抑えた」

「ついでに言うと、【爆震弾(バルカー)】の威力受け流す時に自分の足を斬った。で、後ろに飛び退いた。……やろうと思って出来ることじゃねえ」


 その行動の当人、彼は静かに英雄達を見据えていた。負傷箇所に目を向けず、英雄達への警戒を強めていた。

 思ったよりも、やる連中だったか。そう、彼は認識を改めた。


「……そこまでして、【世界の柱】を渡したくないのか?」


 彼は、責めるように言葉を吐いた。誰に向けて、というよりは、敢えて相手に聞かせる独り言のようでもあった。

 その言葉に、【剣聖】は答えた。


「当然だ」


 迷いのない返答に。彼は舌打ちをした。


「……お前らには、至極丁寧に説明してやったはずだよな?精霊を【世界の柱】とした事で、精霊を瀕死に追いやっていると。大人しく返還しろ」

「断る」


 【剣聖】は即答した。最早、彼の要求を聞くつもりはない、と。

 その返答に、彼は目を細めた。


「……そうか。ならば、こちらもやり方を変えざるを得ん」


 ミシリ、と彼は左手に力を込める。

 一触即発の空気の中。【護心】が彼に声をかけた。


「あー、すまん。少し良いか?」

「……」


 その声は、この場に似つかわしくないほど落ち着いていた。


「……お前、馬鹿なのか?」

「おう……はっきり言うなぁ……。俺としては、単純にお前と話がしたいだけなんだよ。英雄としての責務とか、正義感とか、そういうもん全部取っ払って話がしたいだけだ。な?少し話そうぜ」


 剣呑な彼の目を見て、【護心】は言った。


「お前が誰かの指令を受けてる事は分かってる。【世界の柱】を奪う以外に、道はあるだろ」

「……」

「他の方法は無いのか?この世界から【世界の柱】を奪う以外に、例えば……精霊の負担を減らして消滅しない方法とか、精霊のいなくなった元の世界に干渉するとか、まあとにかく、【世界の柱】を奪う以外の方法は無いのか?」


 その【護心】の問いに、彼は即答した。


「知るか」


 【剣聖】の即答への意趣返しのつもりなのか、本心からそう思っているのか。

 彼の迷いの無い即答に、【極藝】は怒鳴りかけたが、【護心】に視線を向けられ押し黙った。その様子を確認した後、【護心】は彼に問いかけた。


「何故、そこまで手段を拘る?」

「望まれたからだ」


 それでもと、【護心】は続けた。


「その指令に、何故唯々諾々と従う?」

「指令の内容は重要ではない」

「……最後の質問だ。お前は勝てると思ってるのか?」

「俺の知ったことじゃない」

「……なるほどな」


 ーー駄目だな、これは。


 【護心】はため息を吐いた。

 彼の態度、言動、行動。一切に、迷いが無い。更に、もう一つ理由があった。


「一応、お前の配慮……こちらに時間をくれた事を考慮して、警告しておくが。騙し討ちは効かないぞ。お前の今隠している事も見抜いている」


 そう言って向けられた視線の先は、彼の耳と腕。


「【極藝】の攻撃の痕が無い。そして、昨日俺に対してこれ見よがしに見せつけた両腕の負傷。さっきの打ち合いで出血すらしなかった。……隠し事はよした方がいい。さもなければ」


 死ぬぞ、と。

 【護心】の言葉に合わせて、英雄達は各々の武器を構えた。

 彼は、嘆息し。

 難なく立ち上がった。

 欠けていた右腕、右足、削れていた左手が服を含めて再生していく。万全の体に戻した彼はため息を吐いた。ここまで、手間をかける羽目になった。時間を使わされた。懸念点もある。

 だが、役目は全うするべきだ。


「……ご忠告痛み入る。有り難く、聞き入れさせていただこう」

「……それでも降参はしないのか」

「お前らの立場だったらどうだ?降参するのか?」


 彼の言葉に、【剣聖】は殺意を露わにして言葉を返した。


「……死んでも恨むなよ」

「それは、こっちの台詞だ。英雄様、是非とも死んでくれ」


 罵倒の言葉を吐き、彼は長刀を鞘から抜き放った。

 同時に踏み込んだ、彼と【剣聖】によって。

 生き残りをかけた決戦が始まった。

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