26.決断は、曖昧な

 死んだように気絶しているナユを、【護心】は医療用のベッドの上に横たえた。彼に側頭部を殴られ、意識を完全に失っている。

 その前で、【護心】はボンヤリとした様子で呟いた。


「……お前の事は、結局何も知らなかったな」


 リネと夫婦である事は知っていた。

 レグトと幼馴染である事は知っていた。

 だが、その過程に隠れたナユの心の闇の一切を【護心】は知らなかった。

 その呟きに答えるように。ナユは、意識を取り戻した。


「……………ここ、は……?」


 体を起こそうとしたナユは、しかし側頭部にはしる痛みに顔を顰めた。


「いっ………!?」

「大人しくしてろ、ナユ」

「……ジルクさん」


 【護心】は無言のまま、ナユを見た。

 いつもと変わらない。


「はっ………そういうことですか」


 だが、ナユは自嘲するように笑った。


「言っておくが。あの場に居合わせたのは偶然だ」

「もうどうでもいいですよ。……全部、バレたって事でしょう?処刑ですか?【牢獄】行きですか?」

「……縁起でもないことを言わないでくれ」


 【護心】の言葉にナユは吐き捨てるような返事をした。


「事実だろ。あーあ、これで俺の人生は終わりだ。二度目の人生、もう少し自由にやればよかったな」

「ナユ、お前……」

「何すか?ああ、敬語?今更取り繕う必要も無いし、良いだろ別に」


 最早、敬語を使う必要も無い。ナユの態度から透けるようにその意思が表れていた。


「……何で、そんな事をしたんだ。法に反していると、分かっていなかったのか?」

「……逆に聞くんですけど」


 心の底から、分からないように。ナユは、【護心】の目を見返して言った。


「何で自分を抑えないといけないんだよ」

「……」

「好きなものは好きだ。欲しいものは欲しい。法とか、倫理観とか、知らねえよ」


 その言葉を最後に、ナユは【護心】から目を離した。ただ天井を眺め続けるその様子は、完全な諦観だった。


「ジルク……さん。アンタは、二度目の人生を望んだのか?」

「……俺は」

「最初は嬉しかった。二十年生きたかどうかも分からない、中途半端に死んだ一度目の人生から、二度目の人生を手に入れて、でも、その人生は隠し事ばかりの望んでもない生だった」


 なあ、とナユは天井を見つめたまま言った。

 

「この二度目の人生、誰が望んだんだ?」


 その問いに答えるものはいなかった。

 【護心】は無言で部屋から去り、ナユは独り言を呟いた。


 ーー最悪だ。



ーーー

ーー




「待たせたな……って言える雰囲気でもねえな、これ」


 【剣聖】、【天魔】、【極藝】の座る円卓の間へと入ってきた【護心】。居るだけで呼吸を阻害されるような重い空気がその場に満ちていた。

 主に、【天魔】が【護心】に向ける視線が要因。

 隠す気もない不機嫌さを全開に、【護心】に対してまるで信じられないものを見るような視線を向けていた。


「ええ、待ってたわ。待ってましたとも。馬鹿みたいに一人で彼に挑んだ挙句、まともな手傷を合わせる事もできず、まるで示し合わせたかのように戦闘を終わらせて帰ってきた、この都市を守る五人の英雄の一人、【護心】。まともに手傷を負わせられなかったようね?」

「……二回も言う必要、あるか?あと、手傷は負わせた。ほら、両腕の傷」

「『私』が、負わせた傷よ。貴方との戦いで出来たわけじゃないわ」


 強気に言い放つ【天魔】に、【護心】は何も言い返せなかった。【天魔】の言っている事は何も間違っていない。

 今にもため息を吐くのではないか、そんな表情を浮かべて【護心】は円卓の席に座った。

 その【護心】へと。空気を切り替えるかのように【天魔】は問いかけた。


「早速だけど、直接今の彼とあった貴方の見解を聞きたい。彼がどんな人間か。何を考えているのか。折角、直接ぶつかったんだから有意義な予想を出しなさい」


 【天魔】のその言葉。

 【護心】は場が荒れると確信しながら答えを返した。


「俺には、彼が敵だとは思えない」


 静寂。

 【護心】のその答えに真っ先に反応したのは【極藝】だった。

 右手を円卓に叩きつけ、怒りで顔を歪め、それでも激情を抑えて【護心】に言った。


「……旦那、本気で言ってる?あの野郎は、【牢獄】の囚人達と、神父様、リネちゃんを殺した。そして、影ちゃんを人質にとって僕らに【世界の柱】を渡す事を強要してる。その、そいつが、敵じゃない……!?」

「【護心】、流石にその答えは許容できないわよ……!!」


 立ち上がる【天魔】と【極藝】。

 しかし二人を制するように、【剣聖】は手を挙げて止めた。その視線は懐疑的ではあるが、【護心】への信頼もあった。

 その二つの感情の混ざった視線を【護心】へと向けて【剣聖】はその言葉の真意を問うた。


「何故だ、【護心】。何故、そう思う?」

「……最初に、違和感があった。彼を見た時、何というか……そう、だな。雰囲気、態度、言動、どれを取ってもちぐはぐだったんだ。気のせいなら、気のせいだった。ただ、話して、答えを聞いて、漸くその理由が分かった」


 円卓を眺めて【護心】は続けた。


「俺が、『何故この世界に来たのか』と聞いた時。彼は、『必要だったから』と答えた」

「それが、何?」


 割り込んだ【天魔】に。【護心】は答えを告げた。


「受動的な言葉だ。彼自身の意思が感じられない。……お前らに対しても、そんな受け答えをしていなかったか?まるで、自分の意思は関係無い、『願われた』『頼まれた』『望まれた』『必要とされた』。そんな答えを聞いていないか?」


 その瞬間、三人の脳裏に思い浮かんだのは城門での問答。『何故、殺したのか』という問いに対して彼は『望まれた』という答えを返した。

 今にして思えば、あれは言い逃れや誤魔化しの類では無く、彼の本心だったのだと三人は理解した。


「……確かに、言ったわね」

「ああ、記憶にあるね。かと言って、許すつもりもないけど」

「この際、彼の行為に関して許す許さない、を俺から何か言うつもりはない。ただ、少なくとも彼は能動的に動いてはいるがその本質は受動的な思考によるものだ。何者かからの指令を受けてこの世界で動いている可能性が高い」


 そして、これが一番の理由だ、と。


「俺と戦っている時、彼は【真影】を盾にしなかった」

「……それが?」

「何故だ?【真影】を人質に取っている。言葉でもいい、実際に……いや、連れてきたら俺に取り返される可能性もあったか……とにかく、俺を止めるために人質を利用しなかった、そこが重要だ」


 『人質』という手札を持っていたにも関わらず、彼はそれを使おうともしなかった。単なる脅しとしても使えた。【護心】を相手に新しい手傷を負う可能性をゼロに出来た。

 何故、そうしなかったのか。

 【護心】は、その不可解な行動に一つの答えを出した。


「彼自身に、この世界を滅ぼす意思はない。彼にその指令を与えた存在がいるはずだ。この世界を滅ぼすことを『望んでいる』存在が。彼は、その『望み』に『従っている』。……その事実を彼にぶつけて、妥協点を探る。俺が提示する、最善の方法だ。……ただ、な」


 少しの沈黙の後、【護心】は口を開いた。


「お前らが、心情的に割り切れないと言うなら俺は止めない。彼をこの世界から排除する事になったとしても、異論はない。その時は、その時だ。だから、決めろ。

 容認か、排斥か。

 決められないなら俺が決める。なんせ、この場には五人全員が揃っていないからな」


 空席に向けられた視線。本来であれば、そこには【真影】が座っていたはずの場所。今は、誰も座っていない。

 その事実を再確認するように空席を見た後、【護心】は【剣聖】、【天魔】、【極藝】それぞれに視線を向けた。


「どうする?」

「「「………………」」」


 無言の時間が過ぎていく。

 誰一人言葉を発さない中、漸くと言える時間が経ってその人物は口を開いた。


「【護心】、彼の説得は可能か?」

「【剣聖】……!!」

「剣さん……!?」

「【天魔】、【極藝】……頼む」


 【剣聖】は、最後の可能性にかける事を選択した。

 その答えに【護心】は頷いた。


「出来るとは言えないが、可能性があることは確かだ」

「ならば彼と何を話すのかは、任せる。最後まで可能性は捨てたくない」


 決心をした【剣聖】。

 ただし、それは一人の考えでしかない。【天魔】と【極藝】は何も言わない。だが、二人の視線は同じ事を考えている事を示すように交わった。

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