24.五人目
空に浮かぶ月の下で彼は遺跡に残った残骸に座っていた。暗い、月の光以外は光源の無いその場所で。彼は、都市を眺めて座っていた。
都市の中には人工的な光が灯っている。夜になっても活気は収まることはない。彼の座る場所を照らすのは、月の淡い光のみ。
(……仕掛けてはこない、か)
彼は気づいていた。月の光だけが照らすこの場に、彼以外の何者かが潜んでいる。その何者かは徹底して彼の隙を伺っていた。
意識が逸れる瞬間を、彼を仕留める僅かな油断を。それでも彼は先んじて攻撃を仕掛けようとはしない。
英雄たちが精霊を渡すのであれば、これ以上殺す必要は無いからだ。
「……で、いつまでそこにいるんだよ」
だから。彼は声をかけることにした。こちらは気づいている、と言外に伝えた。
「……いや、凄えな。隠密には多少自信あったんだが」
「お前ほど体格のいい奴に隠密が向いてるとは思えん」
「それもそうだな」
現れたのは、男。
彼がこの世界に訪れて、都市の案内を願い出た人物。
ジルクが、そこに居た。
「久しぶりだな。……何で、こんな場所で黄昏てるんだ?こんなとこ、遺跡しか無いぞ」
疑問を投げかけながら、彼へとジルクは近づいた。彼も気にすることはなく、自身の前に立った男の顔を見た。
少しだけ影の挿したその顔に、彼は疑問を浮かべた。
「どうした。疲れた顔をして」
「……おっと、顔に出てたか。実は今日な、都市の中で何人か死人が出たんだ」
ジルクは、悲しそうな表情を顔に浮かべながら言葉を続けた。『死人』という言葉を発する時に、本当に心苦しそうに言っていた。
「亡くなったのは、二人。一人は神父。一人は、お前も会っていたリネだ。二人とも、刺し傷が致命傷になって死んでいた。……だが、妙なんだ」
「何が?」
「二人とも、苦痛な表情を浮かべてなかったんだ。どっちも幸せそうな死に顔で、その上誰が殺したのかすら分からないんだ」
「へえ。そうなのか」
彼は、興味が無い、といった様子で適当に相槌を打っていた。リネの名前を出されても、動揺する様子は欠片も無かった。
その態度を見たジルクは怒ることも無く、ただ静かに問いかけた。
「お前は何でこの世界に来たんだ?」
「……突然何だ?」
「答えてくれ。お前は、何故この世界に来たんだ?」
真っ直ぐに自分を見る視線に、彼はため息を吐いて答えた。
「必要だったからだ」
「……必要?」
「ああ」
彼は、右手を動かした。狙いはジルクではない。
もう一人の、人物へと。淡々とした、変わらない様子で鞘に収まった状態の長刀を、振り抜いた。
「こんな風にな」
「がぁっ………!!」
胸部を強打され、蹲るようにして崩れ落ちた男。彼はその方向を見ることすらしない。その手に持った槍を痛みで手放し、倒れているその男は、
「ナユ……!?何をしてる……!?」
思わずジルクが呟いた名前。
この世界の都市の門番。レグトの幼馴染。彼に婚約者を殺された男。ナユ。
彼を殺すために、ジルク以上に気配を消して潜んでいた彼は、奇襲をいとも容易く防がれてしまった。
「ぁ………ぐぅ……………ク、ソがッ……!!」
地面の上でうつ伏せに倒れたナユ。しかしその目は彼を睨み続けていた。
「出来るなら、連れて帰って欲しい。こいつを殺す理由は俺には無いからな」
「……どういう意味だ?」
「言葉通り、としか言えないな」
彼はナユに対して何の興味もなかった。ナユが何を思って彼に奇襲を仕掛ける機会を狙っていたのか。
ジルクはその彼の表情を見ていたが、心の底からどうでもいい、という感情しか読み取れなかった。
「ふざけるな…リネを、殺したくせに、無関係な面しやがって……!!」
呪詛のような、怒りに塗れたナユの声。その声に、彼は淡々と答えた。
「お前だってレグトを殺しただろうが。それなのに、リネに事実を告げることなく、自分にとって都合のいい真実だけを伝えたんじゃないのか」
「違う……違う……!!」
「あのな……都合の悪い事を言われると『違う違う』ってガキか、お前は。自分は良い、他人は駄目か。典型的な自己中野郎だな」
倒れているナユの側頭部。そこを狙い、寸分違わず鞘に入ったままの長刀を彼は振るった。まさに鈍器、そう例えても過言ではない重さの長刀でナユの側頭部を打ち抜いた。
最後まで相手の顔を見ることすらなく彼はナユを気絶させ、そうして彼は視線をジルクに向けた。
「引きずってでも都市に連れ帰ってくれ。そいつがここにいると碌に気も抜けない。面倒くさいことになる前にさっさと連れて失せてくれ」
「……それよりも、さっきの話はどういう事だ。リネを、お前が殺したのか?」
彼は、ため息を吐いた。
必要の無い問答を何度も繰り返し、苛立ちが募っていることが原因にあった。そして、目の前の相手にも苛立ちの原因はあった。
ジルクが本当にただの門番であれば、このような状況になってまで果たして冷静で居られるだろうか。ナユが倒れているのに、助けることよりも彼を警戒する事を優先するだろうか。
「白々しいな」
核心を突く、彼の言葉。ジルクは、静かに口を閉じた。
だが、すぐに諦めたような笑みを浮かべながら彼に問いかけた。
「……いつから気づいてたんだ?」
「最初からだ。ただの門番如きが、外の世界から来た正体不明の人間を見張るか?人選ミスにもほどがある。しかも、ここに現れた時点でお察しだろうが。まだ理由を示した方がいいか?」
「いや、いい。十分だ」
ジルクは観念したように言った。
彼の追求に、両手を上げてまるで降参するように。笑いながら彼から距離を取った。
「自己紹介は、いらないよな」
「ああ。ここに、何しに来た?
ーー【護心】」
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