23.不信の種
「…………」
静かな円卓の間に、落ち着かない足踏み、貧乏ゆすりと言われる音が響いていた。その音を響かせているのは、【極藝】。その顔から笑みは消え、苛立ちを隠す事なく険しい表情を浮かべていた。
「【極藝】、うるさいわよ」
いつものように、【天魔】は文句を言う。いつもであれば、【極藝】はテンション高く【天魔】へと軽薄な文言を大仰な仕草と共に語るだろう。
だが、現在の【極藝】にその様子はない。【天魔】に構っている余裕は無いと言わんばかりに【剣聖】へと声をかけた。
「……どうするつもりなんですか、剣さん」
その瞳を見れば、苛立ちが募っている事はすぐに分かる。【剣聖】へと向ける視線も険しく、態度には焦りが見えていた。
「このままだと影ちゃんどころか僕らも含めて全員殺されて、【世界の柱】を奪われてお終いだろう。一旦、【世界の柱】を渡して、世界が不安定になる前に方法を見つける。それしかない」
「……少し、時間をくれ」
「悩んでる暇なんか無いだろ!それとも、影ちゃんの事はどうでもいいってことか!?」
「落ち着け、【極藝】……!!」
「剣さんにとって、影ちゃんはその程度の相手だったってことかよ!!」
拳を円卓に叩きつけて立ち上がった【極藝】。その怒りは、頂点に達していた。早く【真影】を助けなければならない。だが、どうすればいいのか分からない。
焦りだけが思考を先行し、感情が理性を乱していた。最早爆発まで秒読み、そんな状態の【極藝】。
【天魔】は静かに魔法陣を展開し、魔術を発動させた。
「【
【極藝】が気づいた時には、自分の体に魔術によって生み出された鎖が巻き付いていた。まるで縛り付けるように強制的に椅子に座らせられた【極藝】は【天魔】を睨みつけた。
「おい……!!何だこれは!!外せ!!」
「あなたが落ち着くまでは外さない」
【天魔】の怒りを含んだ言葉に、【極藝】は言葉を詰まらせた。
【真影】が心配で、心配で気が狂いそうになるほど必死になっていた。そう自覚した【極藝】は大人しくなった。
「……冷静になりなさい。【真影】は確かに人質にされた。けれど、逆に言えば【世界の柱】……精霊を渡すまで彼女は無事、という事でもある。落ち着いて策を練る。そして、あの男への対処法を考える。分かった?」
「……だけど!!」
「それに、今この状況が彼の狙い通りになってると私は考えてる。あまりにも彼にとって好都合な状況だからね」
意味が分からず顔を歪めた【極藝】に、【天魔】は丁寧に言った。
「もし、貴方が私達と仲間割れを起こしたら?単純な戦力減少、そして貴方が精霊を持ち逃げする、どちらも彼にとって楽になるでしょうね。もし、貴方が一人で飛び出して【真影】を助けに行くために彼と戦うことにしたら?どの場合でも、貴方の信用を失わせる狙いと、あわよくばこちら側が自滅することを期待してるのよ」
その考察は、正しかった。彼の狙いは【極藝】に焦りを与え、先走らせることにあった。だからこそ、わざわざあの場で彼は【極藝】に【剣聖】と【天魔】を説得するよう、名指しで提案したのだ。
「私の言ったこと、理解できた?」
「……ああ、分かった」
「そう。なら、外してあげるわ。ただし、もう一度暴走するようならこの件が解決するまで二度と解放しないからね」
鎖が、【極藝】から離れて行った。縛りつけられていた体が自由になった瞬間、【極藝】はため息を吐いて手を自分の両目の上に乗せた。
心を平静に保つために、数回、深呼吸をして【極藝】は気持ちを落ち着かせた。
「……ごめん、剣さん。冷静じゃなかった」
「いや、俺も言葉足らずだった。……すまなかった」
気まずい沈黙。
手を叩く音で、その沈黙は破られた。
「はいはい、なんて適当に流す気はないけれど。今は、一分一秒が惜しいとは言わないまでも時間が有限なことに変わりはない。とにかく話し合って考えるわよ」
まずは、と【天魔】は切り出した。
「アイツを殺す、という前提で話をするわ。覚悟はいい?」
「ああ。問題ない」
「僕も問題なしだ」
【天魔】が右手を翳すと同時に円卓の中心に映像が映し出される。
例の彼、との戦闘の記録だ。
その中で最初に【天魔】は【極藝】による砲撃、【天魔】自身の各種魔術を彼が棒立ちで防御した場面を映し出した。
「まず、何よりも対策が必要なのはあの防御能力。結界の類と考えられるあの能力を、どう突破するか。これは、もう答えが出てる」
「近距離、ゼロ距離の高エネルギー攻撃、だね。威力重視で限界まで近づく必要がある、という欠点はあるけれど」
「ええ。だから、もう一つの対策を主軸に据える」
次に映し出された映像。彼が都市内で【真影】が姿を変えていた男を制圧した時。ナユの攻撃を対処した時。【剣聖】と真正面から斬り合った時。そして、【真影】が奇襲をかけた時。
三つの映像には共通点がある事に【剣聖】と【極藝】は気づいた。
「……接近戦か。飛び道具以外の武器を使った剣、槍、短剣、ナイフ。結界で防ごうとした様子は無かった。……ナユ君に関しては、使うまでも無かったということだろうが」
「少し関係ないけど、それに加えて奇襲がほぼ通ってないね。剣さんの斬撃、影ちゃんの短剣の一撃。どっちも正確に対処されてるね。……ナユ君は技量不足な面が大きいけど」
その共通点から、一つの事実が見えてきていた。
「おそらくは、物質による攻撃の類は結界で防御出来ない。魔術も、砲撃も、弾丸や質量攻撃を除けば高エネルギーの攻撃と看做せる。となれば、それ以外にも爆破や衝撃波といった攻撃ならば効く可能性があるな」
「ええ。私も同じ見解よ。悪いけど、【極藝】、貴方は錬金術を直接攻撃に転化する必要があると思う。銃器はあまり意味が無いと考えられるわ」
「分かってるよ、天ちゃん。今回ばかりは流石にバックアップに専念するつもりだ」
影ちゃんを助けたいし、といつもの調子が戻ってきた【極藝】は軽快に言った。
「……あら、調子が戻って来たようね?あと、天ちゃんはやめてと何度も言っているでしょう」
「ははっ、分かった分かった」
「全く……まあいいわ。もし戦うことになったら、【剣聖】、貴方を主軸に据えないといけない。……あと、今いない【護心】もね」
全く、こんな時くらい来なさいよ、と若干の怒りを滲ませながら【天魔】は呟いた。
円卓を囲む五つの椅子。三つは埋まり、一人は人質として、一人は滅多に現れない。せめて、今来てくれなければいつ来るのか、そう【天魔】は毒づいた。
「それに関しては、仕方ないだろう。【護心】は都市の守護を第一優先事項に置いている。その証拠に、都市内の問題の八、九割は【護心】が対処してる。それ以外は俺達を信用して任せてくれているんだ。文句を言うべきじゃない」
「……分かってるわよ。もう」
それでも、【天魔】は不満だった。せめて、今、何処で何をしているのか。それを確認するために、円卓上に【護心】の映像を投影した。
その映像を見た、その瞬間。【天魔】の額に青筋が走った。その綺麗な顔が歪まないよう、必死に抑えていたが声は怒りに震えてしまっていた。
「何回、私を、驚かせれば、気が、済むのかしら……?」
「……」
「あははっ……うーん、何やってるんだよ、【護心】の旦那。天ちゃんがそろそろキレそうだよ……」
映像の中の【護心】に。
英雄達は各々の反応を見せていた。
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