22.不可逆変化

「会うのは二度目だな。


 ーー【真影】」


 彼が踏みつけているその人物は、この世界の英雄の内の一人、【真影】だった。

 仰向けに地面に叩きつけられた【真影】。組み伏せられたことにより、取り落とした【真影】の短剣が地面に落ちて金属音を響かせた。暗殺者が使用する事を想定しているためか、光を反射しない真っ黒な刃がその場に転がる。


「【真影】!!」

「影ちゃん!?」


 駆け出そうとした【剣聖】と【極藝】。だが、彼の一瞥によって足を止めた。


「動くなよ。このまま首を踏み抜けば、こいつは死ぬぞ」


 ミシ、と嫌な音が鳴る。それは、彼の足元にいる【真影】の首の骨が軋む音。彼が少しでも力を入れれば、そのまま骨が折れる、と。


「……理解したようで、何よりだ」


 そして、彼は視線を三人からは外さないよう注意しつつ、足にかけていた力を緩めた。そしてかろうじて声を出せるようになった【真影】に問いかけた。


「で、これはお前の独断か?もしくは、【剣聖】、お前の指示か?」

「……私の、独断」

「へえ?なら、まあ、猶予は残してやるか」

「……私、貴方と会った事ない」

「嘘を言うな」


 【真影】のその真偽の分からない棒読みのような声色。

 しかし、彼にその隠蔽は効果が無かった。


「都市で俺を襲った男。正体はお前だろう」

「……何の、話ッ!?」


 再び、彼は足の力を強めた。ミシミシと音を上げる【真影】の首の骨。嘘は許さない、と言わんばかりに彼は躊躇なく彼女の首に圧力をかけた。


「ここ数十年、この都市で犯罪は起こっていない。そして、【牢獄】でルゥクは『新入りは十数年ぶりだ』と言った。俺を襲った男は、どこへ行った?そして、お前の攻撃方法と攻撃の癖。間違いなく、お前だ」

「……」

「だが、ちょうど良かった。お前には人質になってもらう」


 彼のその言葉に、【極藝】は耐え切れず声を荒げた。


「ふざけるな!!影ちゃんを離せ!!」

「……お前、状況が見えてないのか?いや、違うか」


 今は憤る【極藝】が見せていた、評議会での軽薄な態度。あの態度は、本性を隠すためのキャラ付けでしかなかったのだろう。

 だが、その軽薄な様子はある人物を想起させるほどそっくりな態度だった。


「お前、家族が死んだ事にそんなに苛立っているのか?」

「ッ……家族を、殺されて、平静でいられると!?挙句、影ちゃんまで……!!」

「なるほどな。お前この女が好きなのか」


 ならば都合が良い、と彼は呟いた。

 確実性を上げるために、彼は【極藝】に提案した。


「【極藝】、お前にも提案だ。【剣聖】と【天魔】に【世界の柱】を俺に返還するよう説得しろ。分かったな?」

「てめっ……!!」

「【真影】が死んでも良いのか?お前が説得出来なければ、俺は人質を殺し、お前らの命を潰してから【世界の柱】を奪うだけだ。死なせたくないのなら、お前がやるしかないんだよ」


 彼は、踏みつけていた【真影】に、さらに力を込めた。呻く【真影】のその姿に、【極藝】は奥歯を噛み締めた。射殺さんばかりに彼を睨む【極藝】。

 【極藝】の目を見返した彼は、問いを投げかけた。


「お前はルゥクの兄として、何をした?」

「……それ、は」


 追い詰めるような彼の問いに、【極藝】は言葉を詰まらせた。


「殺人を止められず、肯定できず、いざルゥクが捕まるとなった時ですらお前は優柔不断だった。挙げ句の果てには、この世界で理不尽な二度目の人生を与え、監禁した。その性質が変わる事が無いと知りながら」

「それ以上は……!!」

「黙れ、【剣聖】。俺が今話しているのは【極藝】だ。お前じゃない」


 彼は、【極藝】の過去の傷を暴いた。容赦なく、その覚悟の無さを指摘した。


「お前のその軽薄な態度は、自分の弱さを隠すための鎧だ。軽薄な態度を装うことで自分は何も気にしない、決断を簡単に出来る、そういった思い込みで自分を守ろうとしていた。……所詮はただの思い込みだ。現に、お前は激情によって簡単にその鎧を剥がされた」

「……お前に」


 体を震わせた【極藝】は、怒鳴った。


「お前に、何が分かる!?人の心も無いような、お前が、分かったような口を叩くな!!人を殺しても何も思わない、望まれたからだと開き直る、人殺しを肯定するような、クズが、偉そうに語るな!!」


 その怒声に、英雄達は動揺した。

 普段の軽薄な態度は消えている。激情のままに怒鳴る、その姿に言葉を失っていた。


「クズか。精霊を嬲り殺しにするような連中がよくもそんな言葉を吐けるな?」


 だが、そんな【極藝】の激情も彼の心には響かない。むしろ、彼の冷めた瞳の温度を更に下げるだけだった。


「お前ら自身の行いを、一度省みた方が良い」


 そう言って彼は踏みつけた【真影】を見下ろした。仰向けのまま、自身を睨みつける【真影】。彼はその視線を全く気にしていなかった。

 攻撃をこれ以上加えないのは、あくまでも人質であるから。もし、【真影】が何かの行動を起こせば彼はすぐにでもその足の下の首をへし折るだろう。

 それを【真影】も理解しているからこそ、睨むだけに止めていた。


「これ以上は時間の無駄だな。期限は明日まで。それまでに【世界の柱】を返還しろ。場所は、今いるこの場所だ。早朝に俺がここに現れるまでに用意しておけ。二度は待たない」


 刀を鞘に納め、彼は右手の手刀で空間を薙いだ。空間に切れ目が生まれ、彼と【真影】を吸い込んだ。生まれた歪みは、二人の姿を飲み込み、正しい形に戻るために消失していく。

 彼と【真影】が消えたその場で。

 【極藝】は怒りと悔しさを吐き出すように地面を殴った。

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