21.【世界の柱】の正体
斬り裂かれる、【天魔】の首。
後少し遅れていれば、頸動脈へと到達していたであろう彼の刃は弾かれた。
「それ以上は、許さん……!!【極藝】!!」
「オッケー!!ぶちかます!!」
彼の長刀は割り込んできた【剣聖】によって防がれ、【極藝】が【剣聖】と逆方向で武器を構えていた。
ゼロ距離に限りなく近い位置。
結界の威力減衰があろうとも、彼は無傷では済まない距離。【天魔】との戦いを観察していた【極藝】は、その距離を正確に見極めていた。
「ちッ」
彼は舌打ちをし、回避姿勢を取ろうとした。後退しつつ、都市を背後に位置取るように。
しかし。
「【
威力を下げて発動された、吹き飛ばすための【天魔】の爆撃。首の傷を抑えて魔術を発動した【天魔】は、都市と逆方向に彼を吹き飛ばした。
「……やられたな」
彼は自分から仕掛けたと思っていたが、実際には二人の英雄が隙を狙っていた。その事実を確認するように呟きつつ、彼は【極藝】の方向に向き直った。
自身に向けられている巨大な砲塔。この距離では無視する事のできない威力の武器。
「【
ガリガリと、地面を削りながら彼の動きを止めるように鉄線が彼の動きを阻害する。結界にて阻まれ、彼自身には届かなくとも鉄線は行動を制限する。
そして、【極藝】は弾丸を撃ち出した。
ゼロ距離、威力は最大、回避不可。
「……」
彼は片手で持っていた長刀を両手に持ち替えた。
真っ直ぐに【極藝】を見据え、正眼に構えた刃を構え、【極藝】が引き金を引く瞬間に正確に長刀の刃を合わせた。
「【
弾丸は、極大。威力は、間違いなく彼の結界を貫通する。
僅か一瞬。撃ち出された、その瞬間の弾丸を、彼は長刀で弾いた。背後へとその弾丸を受け流した。
「はあ!?」
受け流した弾丸の威力を、そのまま斬撃の威力へ。呆気に取られ、動揺している【極藝】に彼は斬撃を放った。
「【極藝】下がれッ!!」
「……しつこいな、お前」
再度、攻撃は【剣聖】に防がれた。
「ぐ……!!」
鍔迫り合い。
評議会の建物で打ち合った時とは違い、【剣聖】が押される結果となった。
「何故だ……!?何故、お前は人を殺す!?」
「お前、本当に甘いな。考えも、行動も、理想も。何もかもが、中途半端だ」
いや、力量だけはそうでもないか、と彼は呟く。
【剣聖】の力量は彼も認めている。その理想の大きさも。
だが、現実を知っていながらそこから目を逸らし、理想を騙る。その姿に彼は呆れる事しか出来なかった。
「……ッ!!【第四剣・悪ーー】!?」
至近距離で技を使おうとした【剣聖】。彼の方が一手早かった。
「【
ゼロ距離で放たれた、高威力の斬撃が【剣聖】を吹き飛ばした。
転がる【剣聖】を前に、彼は長刀を鞘に収めた。
「……ふざけ、てるのか!?」
「ふざけているように見えるか?」
思わず【剣聖】は怒鳴った。彼の態度はこちらを舐め腐っているとしか思えないようなもの。完全に戦意を失った彼に、しかし英雄達は攻撃を仕掛けなかった。
「……ああ、よく理解しているようで何よりだ」
ここまでの応酬で、彼の能力はある程度英雄達に知られた。それ故に、手出しが出来なかった。
「【剣聖】。俺は何も、お前らと積極的に戦いたいわけじゃない。目的の物を手に入れたらさっさと撤退するさ。その為に、早いとこ差し出してもらいたい」
「……何をだ」
「……そんな分かりにくい言い回しだったか?まあ、そうかもな。はっきり言っておくか。
ーー【世界の柱】を渡せ。それさえ渡してくれるならすぐにでも俺はこの世界から消えてやる」
彼の求めたものは、【世界の柱】。【天魔】の予想通りだった。
その彼の要求に【剣聖】は、
「お断りだ」
ハッキリと拒絶の意思を示した。
「お前に渡すものはない。今すぐ、この世界から去るか、俺たちに倒されるかのどちらかだ」
「ははっ、よく言った剣さん。……お前も分かっただろう。さっさと失せろ」
【極藝】が再び煽るように言うが、彼は完全に【極藝】を無視していた。
「……そうか。誤解を招いたのならば、申し訳ない事をした。【世界の柱】を
『渡す』のではなく『返す』。その言葉の意味を理解出来るのは、二人だけ。
この場にいる英雄の内の二人、【剣聖】と【天魔】。【世界の柱】を作り出した二人だからこそ、その言葉の意味を理解した。
「……はあ?お前、何言ってるんだ?返す?奪いにきた奴が、何をほざいてる」
「やめろ【極藝】。……それ以上言うな」
「何でですか、剣さん」
疑問を浮かべた【極藝】に、彼は納得したように頷いてみせた。
「なるほどな。真実を知るのは、ごく一部。それも上層部のみ。……独裁、という言葉もあながち間違いじゃなかったか」
独り言のように呟き、一人納得する彼。【極藝】は、その反応の意味を考えた。
彼は、『返す』と言った。
何処に、誰に?
誰に、こちらは情報が少なすぎて考察してもキリがない。考えられるのは、何処に、元の世界から、という可能性。
【世界の柱】の管理のために【極藝】も力を貸した。しかしその詳細を知っているわけではない。
【世界の柱】。元の世界。返却。【剣聖】と【天魔】だけが知っている。【極藝】の中で疑問が一つに繋がった。
「……剣さん。天ちゃん。もしかして、だけど。【世界の柱】の正体は、
その問いに、【剣聖】は明らかに動揺し、【天魔】は諦めたようにため息を吐いた。
「なるほど。やはりお前は知らなかったようだな。……いや、違うか。【剣聖】と【天魔】以外は知らない、というのが正しいか」
「……どちらにしても、俺の返答は同じだ。【世界の柱】は渡さない。あれは、この世界を安定させているこの世界にとって最重要な代物だ。渡せばこの世界の人間が犠牲になってしまう」
「犠牲になる?正義は自分にある、とでも言いたげだな」
ゾクリ、と英雄達の背筋が泡立つ。
彼の瞳が、氷点下に達するほどに冷たく、鋭いものへと変化していた。
「そもそも、【世界の柱】とお前らが呼ぶそれの正体は、【極藝】、お前が言う通り精霊だ。そしてその精霊はお前達のいた元の世界から奪われたものだ」
「……」
「精霊の意思を無視し、この【世界の柱】となる役割を押し付けただけの話だ。だから、俺は精霊の返却を求めているだけだ。理解したか?」
「はっ、何を言い出すかと思えば」
彼の言葉に、【天魔】は吐き捨てるように言葉を返した。
「精霊の意思?精霊に意思なんてないわ。何百年、何千年と研究され尽くした分野の論文でそれは証明されている。呆れたわね。嘘をまるで真実のように語る貴方の態度は、賞賛に値する……」
「何故、そう言い切れる?」
「……何ですって?」
「人類がたかだか数千年研究しただけの結果に、何の根拠がある」
彼は【天魔】へと呆れた視線を向けた。
「お前らの自己満足で、精霊に意思が無いと決めつけ、【世界の柱】へと据えた。間違った行為を、根拠が無いと否定して信じない。私達、人類の歴史がその証明だ、と信じて疑わない。悲鳴を上げている存在がいようとも、我々はそんな結果を導き出していないと喚き散らす。醜悪で見るに耐えないな、人類の盲目さは」
「……だから、根拠を」
「なあ、事実に根拠がいるのか?お前らは我々は正しい、間違っていないという結果を導き出すためだけに根拠という言い訳を用意しているだけだろうが」
彼は、再び【剣聖】に視線を向けた。
そして言った。
事実を。
「精霊は、死にかけている」
「「「は……?」」」
「お前らが無理矢理元の世界から精霊を引き剥がした事、【世界の柱】という存在を削る役割を押し付けた結果、精霊は存在意義を失い、エネルギーを奪われ、消費させられ、消滅しかけている。警告だ、精霊を返還しろ」
真実か、虚偽か。
彼と対峙する英雄たちは、その言葉が嘘であるとは到底思えなかった。信憑性、という観点で言えば彼は一度も嘘をついていない。信頼性、という観点で言えば英雄達が彼を信頼するはずがない。
「……」
【剣聖】は、答えられなかった。【天魔】も、それを嘘だと否定する根拠を持っていない。
「……時間を、くれないか」
「別に構わないが。精霊の限界が近い。明日の早朝までに返還しろ」
「待ってくれ」
そう言い残して去ろうとした彼を、【剣聖】は声を出して引き留めた。
「そこまで言うのならば、せめて【世界の柱】の代わりとなる物を提示してくれないか?一方的に真実を告げて、今この世界を支えている【世界の柱】を求めている。それぐらいなら、良いだろう?」
「……それもそうだな。お前らが渡す可能性も上がる」
去ろうとしていた足を止め、彼は【剣聖】に向き直る。
【剣聖】の質問に対する答え。その言葉は、再び英雄達の怒りを煽ることとなった。
「【天魔】が代わりに役目を担えばいい」
沈黙が、場を支配した。
そして彼は、その理由を言った。
「魔術は世界の根幹に関わる技術だ。【世界の柱】の役割は、世界の安定化。ならば、世界の根幹に干渉する魔術の才能を持つ【天魔】ならば、役割を全うできる」
「……ッ、そんな真似を、出来るわけが……!!」
「知るか。俺は代替案を提示しただけだ。実行するかしないか、それはお前らが決めろ」
彼は吐き捨てるように言った。代替案を求めた【剣聖】から視線を外した。
そして、長刀を鞘から抜いた。
「見えている」
「!?」
己の心臓へと向かう刃を長刀で弾き、その持ち主を地面に叩きつけた。
突然の出来事に驚く三人の英雄の前で、彼はその人物に右足を乗せて興味深そうにその顔を覗き込んだ。
「会うのは、二度目だな。
ーー【真影】」
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