19.錬成
彼の前に現れた英雄達。先頭にいた【剣聖】は彼を見るや否や自身の長剣を構えた。
真っ直ぐ振り上げ、彼を狙う。
迷いはなかった。
「【第一剣・】」
その【剣聖】の動きに彼は即座に対応した。倒れているナユが、自分の背後に居るように移動。そして【剣聖】に伝えるように、彼はナユへと視線を流した。
彼の意図に気付いた【剣聖】の動きは明らかに鈍った。その瞬間を逃さず、彼は左手に顕現させた刀を投擲した。
「くっ……!!」
【剣聖】は攻撃を中断し、投擲された刀を防御。彼の動きを警戒するにとどまった。彼へと自身の長剣を向けながら、【剣聖】は【天魔】へと指示を出した。
「……【天魔】、ナユ君の回収を」
「了解したわ」
【天魔】は、足元に魔術を投射した。複雑に組み合わさった五つの魔法陣が形成された。淡い光に包まれた【天魔】は瞬き一つの間にナユの隣へと現れた。彼の動きを警戒し、右手に魔法陣を展開させながら現れた【天魔】。
しかし、彼が気にした様子はなかった。
【天魔】がナユを連れて転移するその様子を、彼は眺めていた。無言で視線のみを投げかける彼と、英雄達が対峙する中。【天魔】が都市内部にナユを転移させ戻ってきた。それを確認し、怒りを滲ませた【極藝】が口火を切った。
「はん。余裕です、ってか。調子に乗りすぎてるんじゃないかなあ?客の分際で」
聞くからに分かる、【極藝】の彼への挑発。それに、彼は挑発をもって返した。
「監禁していた兄弟を殺されて、怒り心頭に発したか。そんなに大事にしたいなら、自分で見張っていれば良かった話だ。それをしなかったのはお前だ。馬鹿な奴だな、【極藝】」
「……殺す」
己が持つ銃を彼に向けた【極藝】が、その引き金を引く寸前。【剣聖】が手を向けて【極藝】に止まるよう指示を出した。
「【極藝】、少しの間、彼と話をさせてくれ」
「……話す価値なんかないでしょう。さっさと殺して、それで終いですよ」
「【極藝】」
「…………わかりましたよ」
「【天魔】」
「私は警戒しておくわ。何を言われてもね」
「……分かった」
【極藝】を嗜めた【剣聖】は、彼と視線を合わせた。会っていなかった少しの間に、彼の雰囲気が変わっていることに【剣聖】は気づいた。
より、無感情に。より、無機質に。
もし、戦うとすればその違和感が死因になりかねない、と僅かな不安を隠しながら【剣聖】は彼に問いかけた。
「……何故、あんな事をした」
「あんな事……どれのことを言っているか分からないが、【牢獄】にいた連中に関しては『望まれた』からだ」
「…………何だと?」
「そういう白々しい態度はやめろ、【剣聖】」
眉を顰めた【剣聖】に、彼は容赦なく言い放った。
「【牢獄】の連中は、俺が命を絶った都市の連中は、心の底から死を望んでいた。そこに相違は無い。俺は望まれた通りに動いた」
「ふざけるなよ。自死を望む人間が、いるわけがない。そのために、俺はこの都市を作ったんだ。幸福を追い求める、そのための場所だ。前世での理不尽を、二度と、受けないように……!!」
「ならば」
彼は、真っ直ぐに【剣聖】を見据えた。
「この都市の有様は何だ」
「……意味が分からない」
「この都市を支配しているのは、お前をトップに据えたただの恐怖政治だろう」
彼のその言葉に、【剣聖】は剣を抜きかけた。右手が剣を掴んで震えている。かろうじて理性で押し留めた右腕を抑え、【剣聖】は憤りのままに彼に怒鳴った。
「恐怖政治、だと……?ふざけるな!!」
果たしてその憤りは、
「本当に、お前は哀れだよ」
彼の本心からの侮蔑を引き出すだけだった。
無感情な表情は、落胆に。無機質な瞳は、無価値なモノを見るように。
【剣聖】への評価は過大評価に過ぎないと、彼は理解した。
「ならば言い換えよう。お前は都市の人間に『幸福』という名の『義務』を課した。悪人に『矯正』という名の『恐怖』を課した。【牢獄】の連中に『隔離』という名の『犠牲』を課した。特に、【牢獄】の連中が最も哀れな存在だ。【牢獄】という場所そのものが、この都市の歪みを体現している事に、お前は気づいて尚目を逸らし続けていたんだろう?」
彼が言い終わるその瞬間、ぢっ、と音が鳴った。そして、水滴が落ちるような音が鳴る。
彼が意識を向けてみれば、自身の左耳が皮膚一枚分削られている事に気づいた。そこから少しずつ血が流れている。
彼は自分に攻撃を仕掛けた人物へ、撃ち終わった銃を構える【極藝】に呆れたように声をかけた。
「お前も大概だよ、【極藝】。弟を殺された事が、そんなに辛かったのか?」
「黙れ!!剣さん、やはりアイツは殺すべきだ!!」
「待て【極藝】!!」
「【錬成】ッ!!!!」
その言葉と共に、【極藝】の持つ銃が姿を変えていく。周囲の物質、土、石、岩、成分として含まれる微細な鉄分。より大きく、より強力な形状へと。
【錬金術】。それは、簡単に言えば等価交換による非金属の貴金属化を基礎とした技術だ。理屈として言うのであれば、この場にある物質、つまり土や城壁を形成する石材、遥か深い地面の底にある地層成分、全てを貴金属へと錬成する。
ただの銃に過ぎなかったそれが、人一人もの高さを持つ巨大な銃へと変化していた。
「【天魔】!!捕らえろ!!」
「【
【極藝】の言葉に合わせて【天魔】も構えていた魔術を発動した。
【
ただ、それらが彼に届くことはなかった。
「っ何で……!?」
「二度目だからな」
【
だが、動きを封じる事には成功していた。続けて【天魔】は、都市を守る結界を強化し、【極藝】へと怒鳴るように叫んだ。
「やりなさい!!」
「ああ!!」
少なくとも、彼が逃げ出す隙も時間も与えていない。
【極藝】の作り出した、巨大な砲塔による、銃撃。否、それは最早銃撃とは言えない。砲撃が、彼へと打ち出された。
「死ね!!」
音は、聞こえなかった。
強大な破壊力を込められた弾丸は、音すら飲み込む威力を持って彼に向かっていった。
一瞬の時を経て。
大爆発が起こった。
地面を抉り、空気を吹き飛ばし、空間という空間全てが光に塗りつぶされた。
そして、その後激しい空気圧が発生した。
爆発による、真空状態によって急速に空気が爆発地点に集まっているのだ。
激しく土煙が立ち込める中。
【極藝】は笑い声を上げた。
「は………ははっ!!ははははは!!!!」
未だ納得出来ていない様子の【剣聖】と、一仕事終わったというようにため息を吐く【天魔】。二人の英雄。
【極藝】は、笑い疲れたのか深く息を吸って押し黙った。
「……仇は、取ったぞ」
独り言のように、呟かれたその言葉は静寂が支配する爆発跡地で静かに消えていった。
「仇、か」
消えていく、はずだった。
弾丸の着弾した爆心地。その中心で、彼は立っていた。その場所以外は全て融解し、ガラス状に変化している地面。彼の足場だけは全く変化していなかった。
英雄達から見た彼に、負傷も疲弊もみられない。それは、事実だった。彼は負傷を負うこともなく、また疲弊すらしていない。
「この……ッ!!」
再び巨大な銃を構えた【極藝】。だが、引き金は引かなかった。
強力な一撃には、反動が存在する。
【極藝】の武器はレールガンの仕組みを流用している。電磁力を主体とした銃型の武器。そこに、錬金術を合わせることでその場その場で即興で武器を作り出すのが【極藝】の強さの正体。
二発目は、撃てない。
奥歯を噛む、【極藝】。思わず地面を睨みつけた時、爆発音が鳴った。
「……今度はお前か」
【天魔】の、魔術による爆撃。
「交代、私がやるわ。【剣聖】、【極藝】、少し派手にやるから離れてて」
「……分かった」
宣言した【天魔】は、【剣聖】と【極藝】にそう言って両手を広げた。
一斉に自身の周りに魔法陣を数えきれないほど展開。何百通り、何千通りの組み合わせの魔法陣を、周囲に纒ませるようにして【天魔】は、宣言する。
「さあ……受けてみなさい」
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