18.【奪われたモノ】


 目的を果たした彼は、都市の城門へと戻ってきていた。ここに至るまで、英雄達が現れる事はなく。彼は肩透かしを食らったような感覚であった。

 とはいえ、予想はしていた。

 【牢獄】で話した五人の情報から、英雄達が手出しをしてこないだろうという予測の元、彼は堂々と都市内を歩いていたのだから。

 そうして彼は、再びある人物に会うことになった。


「さっきぶりだな。ナユ」

「……何のようですか」


 ナユは、彼を睨みつけた。まるで何事も無かったかのように彼は自身に声をかけた。

 その事実に、ナユは苛立ちを覚えていた。


「用が済んだのなら、早く消えてください」

「……門番の言葉とは思えないな。あまりにも刺々しい言葉だ」

「自分のせいでしょう」


 だが、彼は全く気にしていない。ナユが彼に悪感情を持っている事、嫌悪感を示している事。それら一切を無視している。

 その事実に、尚更苛立っていた。


「安心しろ。リネには話していない」

「……だから?何を安心しろと?」

「お前の罪が露見する事は無い、ということだ。……もっとも、お前が罪悪感を抱く行為が罪かどうかは知らないが」


 彼は、何の気無しにナユへと告げて歩いていく。城門の外へ向かって。門を通り過ぎ、彼は完全に都市の外に出た。

 その瞬間、ナユは槍を使い突きを放った。

 彼からは完全な死角から迫る槍に、彼は、


「悪くない」


 一言呟いた。


(……!?動かない……!!)


 一歩分、左側に逸れて彼はナユの槍を右手で掴んでいた。左手は、長刀を掴んだままのため、自由に動かせる右手で。

 完全な死角からの、高速の一撃を、彼は難なく回避し、挙句それを見せつけるように槍を掴んだ。

 ナユが怒りに任せて槍を引き戻そうとしても、彼は微動だにしなかった。

 動揺し、思わず力を抜いてしまったナユに、彼は呆れたように言った。


「そもそも、お前は俺の刀を触っているだろう。この重さだ、生半可な筋力で扱える代物じゃないことだって分かっているはずだ」


 彼が槍から手を離すと同時、ナユは彼との距離を離した。

 槍の切先を彼に向け、必死な表情で彼と対峙するが、その体は震えている。その震えが穂先に伝わり、槍の先端が上下に揺れていた。


「それでも、俺はこの都市の門番だ」

「俺は今から都市を出ようとしているだけだが?何故止めようとする」

「……それは」

「答えなくていい」


 ナユの行為は門番という役割として、危険人物を入り口で止める役割。一見すれば、それは正しい。だが今の彼が危険人物かと言えばそうだが、そこに正当性は無い。

 その理由は、至極単純な私情だ。


「お前は怖いだけだ。俺が秘密を暴露しない保証が無い、だからいっそのこと口を封じてしまえば安心できる。自己中心的で笑えるな」

「……違う」

「何が違う?……なるほど。つまり、お前は自分の責務を全うしようとしているだけ、私情は決して挟んでいない、そう言いたいわけか」


 ならば、と彼はナユに向き直った。


「なら、止めてみろ」

「……お前」

「どうした?責務を全うするんじゃないのか」


 ナユは動かない。否、動けない。

 彼は静かにナユを見つめているだけ。それなのに、ナユには勝つイメージが一切浮かばなかった。


 つまり、勝ち目が無い。


 その事実を理解したナユは静かに武器を下ろし、彼に問いかけた。


「……一つ、聞いてもいいか?」


 聞かなくても、答えは分かっている。だが、ナユは彼に言葉にしてはっきりと言った。


「俺の幼馴染の事……誰から、聞いたんだ?」

「答えを知っているのに、俺に聞くのか?」

「質問に答えろ!!」


 ナユは怒鳴った。

 彼は質問に答えない。ただ真っ直ぐに自分を見ている。ナユの目には、無性に腹立たしい光景として映った。

 彼が、どこまで知っているのか。彼が、何のつもりで自身の過去を暴こうとしたのか。

 一切が分からない。その恐怖は、燃え上がるような憤りへとナユの中で変化していた。恐怖に耐える為か、恐怖を押し除けるためか。

 その憤りに身を任せ、矢継ぎ早に質問を彼に投げかけた。


「何でお前は知っている!?どこまで知っている!?どうやって知った!?どこで聞いた!?誰に聞いた!?誰に話した!?」


 次々と投げられる質問。だが、彼は何も答えない。


「おい、答えろ余所者!!」


 無言で佇む彼にナユは怒鳴った。

 だが、彼は臆することすらない。しばしの間、瞼を閉じ、開いたその瞬間。

 ナユは、その場に崩れ落ちた。


「……ッ!?」


 初めて会った時とは明確に違う、異常な殺意に当てられた。今でもナユが思い出すことの出来る、あの殺意。

 殺意の質、とでも言おうか。

 彼の刀を無理に掴んだ時、向けられたのは単なる殺意だった。怒りを起点とした、憤りの延長線上にある殺意。


 だが、今は違う。


 呆れを多分に含み、憐れみすら感じられる視線。そして、空気が重く感じるほどの粘着質な殺意。自身に息苦しくなるほどに向けられているそれが、何を起点とした殺意なのか分からなかった。


「か…………はっ…………」

「お前が怒りを抱くのは、尤もな話だ。だがな、相手の都合を一切無視して、挙句脅すような真似をされて俺も大人しくしているほど人が出来ていない」

「て、めぇ……!!」

「ようやく、本性が出たな?」


 かろうじて溢れたナユの言葉。違いは、彼の呼び方が『お前』から『てめえ』に変化した、ただそれだけの事。

 だが、それこそが重要なのだ。

 彼は、ナユを見下ろした。


「それがお前の本性だよ、ナユ。人を踏み台にして自分の欲しい物を手に入れて、その上で自身の罪は決して露見しないように、徹底的に仕込みをしておく。いっそ清々しいほどにな。お前はそのやり口を本当に重要な時にしか使わない。流石だ、賞賛しよう」


 パチパチ、と。馬鹿にするような拍手を、彼はナユを見下ろしながら鳴らし続けた。


「レグトに冤罪を被せた時も同じ手法を使ったんだろう?」

「……」


 ナユは歯を食いしばって彼を睨みつけた。

 そんな視線はどこ吹く風。彼は、全く気にすることはなく言葉を続けた。


「親友の、レグトの婚約者が、幼馴染の婚約者が、自分の好きな人が欲しかった。手に入れたい物はすぐ側にあるのに、手に入れることが出来ない。それに苛立ったお前は、レグトに冤罪を被せて全て欲しいものを手に入れた」

「ふざけるなよ……!!出鱈目吐きやがって!!」

「なら、何故お前はレグトに罪を着せるような真似をした?」

「それが、出鱈目だって言ってるだろうが!!」


 はあ、とため息を吐く音がナユの耳に届いた。

 ため息を吐いた張本人である彼はこの問答が平行線である事を理解した。

 何を言おうと、どんな証拠を並べようとナユは否定するだろう。だからこそ、この言葉は効果を発揮する。


「誰にも言ってない、とは言ったが伝えてないとは言ってない」

「は?………て、めえ!!」

「誰とは言わんが、関係者は知る権利があるはずだ。特に、当事者なら尚更な。ちょっとした手紙を認めて、彼女に送った」

「ふ………ふざけがぁッ!?!?」


 彼は、ナユの顔面を蹴り飛ばした。容赦なく振り抜かれた彼の右足は、ナユを大きく仰け反らせた。軽く宙を舞った後、落下したナユへ。彼は今度はその腹に蹴りを打ち込んだ。


「ごぼぇ………おえぇ……………」


 彼の蹴りのあまりの威力によって、ナユは嘔吐した。胃の内容物を地面にぶちまける、その前。彼は平坦な声でナユに告げた。


「ふざけ?ふざけるな、と言ったのか。俺には分からない。真実を伝えることの何が悪い。その人間が真実を求めていないならまだしも、真実を求める人間にありのままの事実を伝えて何が問題になるんだ?」

「ごほっ………げぇ……………」


 未だに嘔吐し続けるナユに、彼は言った。


「お前はリネがレグトの件に関して何も思っていないと、そう思っているのか?」

「……何を、言っ、て……?」

「人の感情の機微には疎いと見える。いや、違うな。お前は自分しか見えていない。お前、リネと夫婦になったは良いが肉体関係を一度も持とうとしない事に違和感を覚えなかったのか?」

「…………」


 彼が指摘したそれ。婚約者が突如捕まって、疑惑を持つ人間がいないわけがない。それはリネも例外ではなかった。レグトが突然捕まった事件の真相を知りたがっていた。

 だが、その思いをナユの前では露ほども出さなかった。

 それを、ナユは自分がリネを手に入れる事に成功したと思い込んだのだ。だからこそ、彼とリネが一度出会っている事に警戒心を抱きながらも何もしなかった。

 結局のところ、夫婦関係にあってもリネのナユに対する不信感は全く衰えていなかった。


「お前は何も手に入れてない。自分の計算は完璧だとでも思ったのか?」

「……お前の言う事を、リネが信じるわけがない」

「別にお前がどう思うかなんざ知った事ではないがな」


 もう興味は無い、というような様子で彼はナユから目を離し、


「もうリネは死んでるからな」

「は…………?」


 その、残酷な事実を告げた。


「真実を知った後、リネは死を望んだ。あの日の真実、お前の企み、本性。レグトからの遺言。全てを包み隠さず伝えた。真実を知ったリネは、殺してください、と俺に言った」


 リネの心に渦巻いていた感情を、彼が推し量ることはできない。

 自分の婚約者を最後まで信じていながら、行動を起こすことが出来なかった。自分を立ち直らせようと助けてくれたナユが、全ての元凶だった。

 全てを知った、そしてその罪悪感と不信感が彼女に死の選択肢を選ばせた。


「…………」

「お前の行動の結果だ、受け入れろ」


 拳が、彼の顔面に迫る。崩れた体勢で、怒りだけを原動力に放たれた拳。

 彼は難なく回避した。バランスを崩したナユに足払いをかけ、すれ違うように立ち位置を入れ替えた。


「ぐ………く、そっ!!殺してやる!!」

「自分とリネだけは、絶対に安全。そう思ってたんだろ?」


 自分だけは決して危険を犯さないように、しかし、相手を陥れる事に特化したナユの思考回路。

 リネはその異様さを感じとっていた。だから不信感の正体を知りたがった。だが、ナユはリネの不信感に気づくことが出来なかった。

 完全に出し抜いた。手に入れたい物は、全て手に入れている。その根拠に基づいた間違った自信がナユの盲目さを加速させていた。


「特に、お前。全く以て……何でこの状況で自分は殺されないと思ってるんだ?」


 彼の言葉にナユの動きが止まった。

 冗談ではない。本気で彼は自分を殺そうとしている。震える声でナユは彼に言う。


「この都市には、英雄たちがいる。お前が俺を、殺す前に、助けに……」

「この期に及んで、庇護を求めるのか。自分が安全ではないと分かった途端にリネのかたき討ちを諦め、脅して生き残ろうとする。その過程すら、完全に他人任せ。……お前、本当に自分のことしか考えてないんだな」


 彼は刀を抜かない。

 左手で掴んでいた刀を、右手に持ち替えた。


「ま、待ってくれっ!!」

「待たない」


 大きく振り上げられる、鞘入りの長刀。

 あの異常な重量の武器が振り下ろされれば、ナユの頭は潰される果実のように、難なく砕き、脳髄を辺りにぶち撒ける事になるだろう。


 だが、その刀がナユの頭に振り下ろされることはなかった。


 静かに刀を下ろした彼の視線の先。彼の立ち位置から、門を挟んで反対側にいる三つの人影。

 立ち塞がるようにそこにいた三人の人物。

 一人は、剣を。

 一人は、杖を。

 一人は、銃を。

 英雄達はそれぞれの武器を携え、そこに立っていた。


 英雄達は門の内側に。


 彼は門の外側に。


 双方の在り方を示すように、英雄と彼が対峙した。

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