13.英雄達の会合 後

「ううーん……」

「【極藝】、うるさい」


 【剣聖】の問いに頭を傾げ、呻く【極藝】。その様子に容赦の無い言葉を投げかけた【真影】。

 二人のやり取りを聞きながら、【剣聖】は思考していた。


(……彼は、何を考えているんだ?)


 彼の目的、それより前に思考を読み解こうと試みた。彼の行動から、何か情報を得られないか、と。


「……そう言えば」


 ふと、【剣聖】は思い出した。彼と戦った時、彼が何処からともなく取り出した長刀。

 【天魔】に【牢獄】へと飛ばされた後、彼が取り落とした刀はどうしたのか、と。


「【天魔】」

「何かしら?」

「あの時、彼が落とした刀は今どこにあるんだ?」


 その問いに【天魔】は、興味の無さそうな声で答えた。


「消えたわ」

「……何だと?」

「言った通りよ。あの刀、何かのエネルギーのおかげで物質化してただけみたい。私が見てる間に消失してたわ」

「つまり、彼は自身が都市に持ち込んだ刀を召喚したわけではないと?」

「ええ。今でもあの刀は城門の詰め所で保管されてるわ。私の魔術で確認してる」


 【天魔】の言葉に【剣聖】は黙り込んだ。仮に【天魔】の言う事が正しいのであれば、あの刀は彼が持ち込んだ長刀とは別物となる。

 まずいな、と【剣聖】は呟いた。彼の力の正体が何であれ、自身の持つ長剣と難なく打ち合うことの出来る武器を彼は自在に作り出せるということになるからだ。

 【剣聖】の武器は、元の世界に二本と無い業物。鍛治に一生を費やした人物が、これ以上の物はない、と断言した最高傑作。当然、武器そのもののスペックは普通の武器とは比べ物にならない。

 彼は、力を使うだけで同じ格の武器を作り出せる。

 その事実に【剣聖】は顔を顰めた。


「あー、分からねえ!!」

「……うるさい」


 その時、【極藝】が大声を上げて両手を椅子の両側に放り出した。


「こんな曖昧な言い回しで答えが分かるか!?

『俺が求めるものはーー


 【この世界の存亡を握る鍵】だ。』

なんて気取った言い方しやがって!!知らねえよ、お前の求めるものなんか!!」

「落ち着け、【極藝】」

「分かってますよ!!ですけどねぇ……ああもう面倒臭い!!【天魔】!!」


 ダン、と【極藝】は円卓に自身の両手を叩きつける。その手に込められていたのは、怒りと焦りの入り混じった感情。

 それらを抑えながら、【極藝】は【天魔】に問い詰めるような強い語気で言い放った。


「【予知魔法】の内容、俺達に共有しろ!!秘密主義が悪いとは言わんが、今回ばかりはその秘密を明かせ!!」

「……そうだね、それは私も思ってた。私も賛成」

「ほら、影ちゃんも賛成して…!?影ちゃん!?え、僕の意見に賛成!?え!?嬉しい!!」

「……喧しい。で、どうなの【天魔】」


 【極藝】の強く咎めるような言い様と、【真影】の嘘は許さない、という視線。

 【天魔】は、無言でため息を吐いた。


「……分かったわよ」


 諦めたように呟きながら右手を前に出した【天魔】。円卓の中央に映し出されたそれは、静かに再生された。



ーー◆ーー



 最初に映し出されたのは、今以上に崩れ落ちた遺跡。

 映像に砂嵐が怒ったような乱れが生じた。

 次に映し出されたのは、破壊された城壁の一部分。

 再び、映像が乱れた。

 そして、最後に映し出されたのは、この都市の映像だった。見る限り全ての場所で火災が発生し、崩れた家家。


 そして、それを背にして立つ、何者かの姿。顔は影になっているように黒く、見ることは出来ない。


 唯一見る事ができるのは、その右手に持つ武器の影。


 黒の長刀が。


 その手に握られていた。



ーー◆ーー



 断片的な情報が散らばった映像を前に、三人の英雄は言葉を失っていた。その様子を前に、【天魔】は言った。


「満足かしら?」

「「「…………」」」


 だから教えなかったのに。

 【天魔】はその言葉を喉の奥へと押し戻し、静かに語り出した。


「【予知魔法】に制約がある事は知ってるわよね?特定の条件、状況下に陥らなければ発動することすらない。私がこの予知を見るトリガーになった行為は、【剣聖】が世界の柱に彼を案内した事。だから、私はその後すぐに彼を【監獄】へと送った。何か他に聞きたいことは?」


 質問は無かった。

 三人は各々の感情を表に出さんと無表情に撤していた。


「彼は敵よ」


 【天魔】は明確に宣言した。


「予知は曖昧なものしか映し出さない。それでも、映し出されたのは彼で、その破壊を行った本人だと私は確信してる」


 繰り返し再生される魔術による映像。

 延々と姿を表す長刀を持つ何者か。

 少しずつ、英雄達の認識も変わっていった。一切合切何も分からない彼が、味方なのか敵なのか、分からなかった。映像が繰り返される度に、心の中でその不審の種は育っていく。

 彼は、本当に、未来でこの出来事をしでかすのではないか、と。


「私の意見を言っておくわ。私は、彼の狙いが【世界の柱】だと思ってる。文字通り、【この世界の存亡を握る鍵】だもの」

「……それを得たとして彼がどうする?理由がないだろう」

「理由なんて重要じゃないわ。理解する必要もない。彼の目的は【世界の柱】。それを奪う為に予知と同じ行動を起こす。間違いない」


 断言した【天魔】の瞳は近いうちに起こるであろう光景を見ていた。



 彼を、どうやって殺すか。

 どうすれば、殺せるのか。



 殺す、と決めればあとは手段を考える必要がある。

 【剣聖】は覚悟を決めた【天魔】の様子を見て、しかしながら未だ決めかねていた。

 本当に、他に方法は無いのか。


「【剣聖】。もう、良いでしょう」

「……」


 優柔不断な思考を受け入れ、その上で決断を迫るように。【天魔】は、静かに、優しげに続ける。


「彼は、私が殺す。『処刑』じゃない、私の意思で、私の勝手な判断で殺す。それなら、別に良いでしょう?」

「……それなら、私の方が適任じゃないかな?」

「……はあ、もう。分かったわよ、【真影】。

 ーー私達で、彼を殺すわ」


 【剣聖】の心を読んだように、【天魔】は言った。【剣聖】の忌避する行為、ただの殺しとは違うーー『処刑』ーーを、私が全て請け負って終わらせる、と。


『…………』


 沈黙が場を支配する。

 【剣聖】は静かに目を閉じ、【天魔】はその様子を見つめ続ける。

 そして、【極藝】は、


(……やっぱり、ちょっと雰囲気柔らかくなったかな?)


 顔は真正面に向けながら、その視線は【真影】をつぶさに観察していた。


(前にしっかり見たのは五日と五時間前。その時と比べると、プライベートな時間でも気を抜けてなかったけど、今は違う。映像のせいで多少体が強張ってるのもまた良いね。新しい魅力……)

「【極藝】」

「どうしたんだい、影ちゃん」


 笑顔で【真影】に向き合った直後。



「キモい」



「…………」


 【真影】の容赦の無い言葉。【極藝】は自覚していたが故にダメージは倍になって襲いかかった。まるで体どころか心まで石化したように、固定された表情のまま動かなくなる【極藝】。

 とどめとばかりに、【真影】は舌打ちをした。


「ちッ」

「影ちゃんの舌打ちとか、ご褒美だね!?」


 しかし予想とは真逆。舌打ちを聞いた途端に【極藝】のテンションが上がった。【真影】は更に不機嫌になった。

 どうすればこの男の心が折れるのか、【真影】がそう考え出した最中。

 【極藝】と【真影】の二人の背筋が凍った。


「二人とも、楽しそうで、羨ましいわ」


 美麗な笑みを浮かべた、絶対零度の視線の【天魔】が、両手に魔法陣を用意して二人を見ていた。


「真剣な話の最中に、よくもまあ、そんなに楽しそうに戯れるなんて。嫌味かしら?やる気が無いのかしら?それとも……」

「【天魔】、それくらいにしておけ」


 額に青筋を浮かべかけていた【天魔】を、【剣聖】は止めた。

 閉じていた目を開き、静かに言葉を紡ぐ。


「……覚悟を決めた。


 ーー彼は、俺が殺す」


「……分かったわ。貴方が、決めたのなら」

「了解」

「はあ……こんな時に護心の旦那が居ればなぁ……」


 三者三様、それぞれの反応と共に了承の意を示した。

 これで会議は終わる。



 はずだった。



 立ちあがろうとした【天魔】の顔が歪んだ。



「どういうこと!?」

「どうした?」


 【剣聖】の声に応える余裕も無かった。

 【天魔】が察知したのは、都市の結界と接触したある人物の反応。


 その人物は、今は【監獄】にいるはずの人物だった。


「【転写】!!」


 あり得ない。あり得てはならない。

 焦りが抑えられなかった。

 即座に魔術で映し出した、その場所。【監獄】内部の映像。


「「な………!?」」

「これは……!!」


 囚人が死んでいた。全員が同じ姿勢。ベッドで仰向けに横たわり、その首筋からは血が流れていた。

 その様子はまるで、神に生贄を捧げるようにすら見えた。それほどまでに、丁寧に殺されていたのだ。

 そして、そこには居るべき一人の人物が居ない。

 その惨状を見た【剣聖】【天魔】【真影】の三人は言葉を失った。


 ただ、一人。


 【極藝】は、その顔を今までにないほど歪めていた。


「あの野郎……!!!!殺してやる!!!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る