11.死をもたらす者

 ルゥクと名乗った男へ、彼は疑惑に満ちた視線を向けた。


「……物騒な自己紹介だな」

「あはハ!でも、事実だからネ。僕は元の世界でもそう呼ばれてたからさァ」


 そう言って再びルゥクは笑った。

 そのテンションの高さに理解出来ない、と言わんばかりの顔を浮かべる彼へ、ルゥクは続け様に声をかけた。


「折角ダ、君の名前を教えてヨ!!」

「生憎、自分の名前が分からなくてな」

「おわっト!?もしかして、記憶喪失かイ!?これはまた愉快な囚人仲間が増えたものだネ!!」

「……お前何でそんなに嬉しそうなんだよ」


 訳がわからない、と彼は呟く。その呟きにルゥクは笑って答えた。


「当然だヨ!!新入りなんて十数年ぶりだからネ!!」


 ルゥクは、心の底から嬉しそうに言った。

 ルゥクにとって、この監獄は退屈そのものだった。この世界へと『転生』した。しかしすぐに投獄されたルゥクは、限られた範囲でしか動けず、己の欲求も満たすことの出来ないこの小さな箱の中で楽しくなれる事を探した。

 見つかったのは、他の囚人と話し合う事。ただそれだけだった。数年おきにやってくる新たな囚人。彼ら彼女らと話す事が唯一の楽しみになっていた。

 だが、すぐに飽きてきた。

 しばらくすればいなくなる者が大半。話をする必要性は無く、ただ気を逸らすためだけの行為だと気付いたから。


 しかし、今回は違う。


 彼と【剣聖】が現れた時。

 彼は、何かが違うとルゥクの中で訴えた。今までみて来た人間達以上に魅力的に感じた。ルゥクの生来の感性と殺人によって形成された感性が、彼と雑多な人々を明確に区別した。

 だから、ルゥクは気を逸らすためと気付きながらも彼へと声をかける。何かが、得られるかもしれないと、一縷の望みをかけていた。


「……それはどうも」


 だが彼からすればただの変人でしかない。初対面の相手に飛び上がらんばかりの喜びを見せる理由が分からなかった。

 だから、ルゥクはさらに提案をした。


「何か、聞きたいことはあるかイ?何でも答えるヨ!!」


 本当に、何でも答えるつもりがある。

 ならばと彼はルゥクに問いかけた。


「何故、殺人をするんだ?」

「いきなりだネ!!それは、簡単さ」


 ルゥクは立ち上がった。両手を広げ、満面の笑みを浮かべて、



「楽・し・い・からサ!!他に理由はなイ!!」



 はっきりと言い切った。

 その狂気の答えに、しかし彼は動揺する事もなく再び質問を口にした。


「なるほどな。……なら、殺人を止めろ、と言われてどう思ったんだ?言われたかどうかは知らないが」

「もちろン、訳がわからなかったヨ!!」


 一片の狂いもない純粋な瞳で、ルゥクは続けた。


「でも理解は出来るサ。人を殺すことはダメなんだっテ、分かってるからネ。捕まえようとした人達にも散々言われて最後は処刑されタ。僕が殺した人の家族の人達モ、すごい形相で僕に『殺してやる!!』って言ってたからネ」

「理解はしてたのか」


 彼の呟きにルゥクは頷いた。その落ち着いた表情は、問題を解いて答えが分かった子供のようにも見える。

 だが。


「でもねェ、これは僕にとって当たり前の感覚なんダ!!」


 一転。

 ルゥクは再び満面の笑顔を彼に見せた。


「人を殺す瞬間の、あの歪んだ顔、恐怖に満ちた瞳、必死な抵抗、生を求める悲鳴、手に感じる肉の感触、突き刺す感覚、苦しむ足掻き、それら全てが僕にとっては快楽なのダ!!僕が生来持っている、あって当然のモノなのサ!!」


 その主張を、彼は黙って聞き続けた。ルゥクが言っている事は、倫理道徳に反していようとも間違ってはいない。

 欲は行動原理そのもの。

 その欲の結果が殺人であると言うならば、裁かれるのは必然。それを理解していてもルゥクは止まらなかった。


「君だって食欲があるだろウ?性欲があるだろウ?睡眠欲があるだろウ?それと何ら変わりはないのサ!!僕は、そういう存在だかラ!!」


 生まれながらの特性。それを持ち合わせて世界に生まれ落ちた者としての生き方。それをルゥクは全うした。

 そして、この世界に来てからも。


「お前はこの世界でも人を殺したから投獄されたのか」


 彼は呟くように言った。ルゥク本人に確認する目的もあったが、しかしルゥクは首を振った。


「いヤ?僕ハ、この世界に来てすぐにここに入れられタ。不思議だったヨ。まだ何もしてないのに牢屋に入れられるなんテ」

「……?何もしていないのか?」

「もちろんサ。僕はここにいる皆んなと一度は話をしてル。でも、ここにいる全員何もしていなイ」


 例えバ、とルゥクは隣の牢屋を指差した。

 隣の牢獄に居たのは、シスター服を来た女性。まるで祈るように床に膝をつき、ただひたすらに何かの言葉を呟き続けていた。ずっと下を向いているせいで彼からは顔が見えなかった。


「彼女もぼくと同ジ。この世界に来てすぐに牢屋に入れられタ。理由は不明サ」


 ルゥクのその言葉に、彼は不可解な事実を再確認した。やはり、と言うべきか。だが、確証はなかった。

 その時、彼からみて右方向、少し先にある牢屋から男の声が聞こえた。


「ルゥク。いつまで囀る気だ」

「んはハ!!囀るとは面白い言葉遣いだねェ、レグト。新しい囚人とのお話サ!!君もどうだイ?」

「知るか。喧しいからさっさと黙ってくれ」


 レグトと呼ばれた男に、彼は視線を向ける。

 真っ白な髪に、まるでこの世の全てに絶望したかのような瞳。その顔に表情は無く、まるで殺そうとするかのような視線をルゥクに向けていた。


「そうダ!!君のことも話して良いかナ?」

「……ふざけるな」

「でモ、せっかくの新人さんダ!!話さないと……」

「ルゥク。調子に乗るなよ?」


 彼の事など眼中に無い。そう言わんばかりに二人は話し続けていた。

 その時。


「ああ、もう、五月蝿いなあ。何なんだよ、もう……」


 彼の隣の牢屋の中にいた少年が布団をずらして起き上がった。黒い髪と赤い瞳が一見して特徴的に見える少年。だが、それ以上に目を引く部分。

 彼の半身の皮膚が爛れていた。

 火傷とはまた違う、おそらくは生まれながらのものか、と彼は推測した。


「あら、騒がしいのは新人さんだったのね?ごめんなさい、私、気づかなくて……。ほら、良い子だから、少し大人しくしていて?お願いよ」


 そしてそのさらに隣の牢屋には、若い女性がいた。未亡人のようにも見える女性は、膝の上に女の子の人形を乗せてその髪を櫛でといていた。


「……」


 彼が視線を前に戻すと、先ほど彼が見ていたシスター服の女性が彼をじっと見つめていた。その視線から意図は読み取れず、彼は一旦無視する事にした。

 無視をしても尚、向けられる視線。理由が分からず、仕方なく彼はルゥクへと声をかけた。


「ルゥク」

「だかラ、君ハ……ん?どうしたんだイ、新人君?」

「自殺は考えなかったのか?」


 少しだけ目を見開いたルゥクは、困ったような笑みを彼に見せた。


「自殺かァ。……結論から言うと、出来ないんだ」

「出来ない?」

「【天魔】様の有難い魔術で死ねないんだよ」

「補足するト、自殺しようとすると意識を失うんだヨ。凄いよネ。犯罪の意思が消えるまデ、永遠の苦しみを味わウ」


 きっと彼らにそんなつもりは無いんだろうネ、なはハ、とルゥクは笑ってみせる。だが、その言葉の端々から嫌悪感が滲み出ていた。

 その言葉を聞いた彼は、ゆっくりと囚人達に問いかけた。


「お前らは、幸せか?」


 彼の言葉に、静寂が訪れた。

 その数瞬後。


「ふざけてんのか、お前!!!!」

「死ねよ」


 怒号と、呆れたような声。

 前者はレグトと呼ばれた男。後者は彼の隣にいる少年の口から放たれたものだった。


「不幸か?」


 それでも彼は少しも臆する事は無い。

 何の感情も感じさせないような平坦な声が【牢獄】に響いた。

 ルゥク、シスター服の女性、怒声を発したレグト、半身の爛れた少年、人形を抱えた女性。全員が、彼へと視線を向けた。


「てめえ、何が言いてえんだ?」


 苛立った様子のレグトは、彼に殺気を向けていた。だが、彼は再び問いかけた。


「お前らは、死を望むか?」


 静寂が支配するその場で、彼は続ける。


「交換条件だ。お前らの人生を、俺に教えろ。くだらなかろうが、つまらなかろうが、構わない。


ーーその代わりに、死をくれてやる」


 嘘ではない。

 彼のその言葉と態度。囚人達が静かに瞠目する中。


「ふふふ………あはは、アハハハハハハッ!!」


 その問いに。一人の囚人が、笑い声を上げた。

 彼を見つめていた、シスター服の女性。彼が問うたその直後から、瞳を輝かせ、体を震わせて大声で笑った。


 まるで待ち侘びた人物に遂に会えた、というように。


「ええ!私は、死を望みます!


ーー【破滅の使者様】!!」


 狂気に満ちたその瞳は、希望に満ちていた。

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