9.ある場所へ

「君はーー何のためにこの世界に来たんだ?」


 問い詰めるような、追い込むような【剣聖】の質問。真剣な視線を彼へと向けていた。だが、その彼は【剣聖】へと胡乱げな瞳を向けただけ。答えようともしない彼へ、【剣聖】は語気を強めて言った。


「俺は、真剣に聞いているんだ。答えてくれ」


 彼は呆れたような視線を【剣聖】へと向けることもなく、はあ、とこれみよがしにため息を吐いた。

 相手が相手ならば殴られてもおかしくないような態度を、彼は堂々と取っていた。


「真剣に、か。俺が何か目的を持ってこの世界に来たとでも?馬鹿なのかお前は。ああ、馬鹿だったな」

「……刺々しい口調だな」


 【剣聖】のその言葉を聞いた彼は、大仰に言い放った。


「お前はいきなり切り掛かってきた挙句、鎖で縛りつけた相手に好感を抱くのか?そいつの質問に大人しく答えるか?なあ?」


 彼の言い分に【剣聖】は顔を歪めた。彼の言葉は言い返しようのない正論。この場にいるのは彼と、彼へと奇襲を仕掛けた【剣聖】と、彼を鎖で縛りつけた【天魔】の三名。


「一人は奇襲をかけて殺そうとし、一人は突然現れて鎖で締め上げた。本当に素晴らしい。その状況でまだ話し合いを考える、お前の頭がな」


 皮肉と罵倒、それらは煽るような文言と言葉遣いによって紡がれる。彼の機嫌は誰がどう見ても最悪。話し合いなど出来ようもない状態だった。


「もういいでしょう、連れていくわよ」

「頼む、【天魔】。もう少しだけ話をさせてくれ」

「どうしても話したいなら、『牢獄』に連れて行ってからよ。それまでは駄目。……そもそも」


 一度言葉を区切り、【天魔】は彼を睨みつけた。


「こんな男と、話してもどうにもならない。本当なら処刑ーー」

「【天魔】!!」


 【剣聖】の怒声。『処刑』という言葉に怒気を露わにした。静寂した場で、【天魔】はため息を吐いて呟いた。


「……冗談よ。本気じゃないわ」


 手元の魔法陣を【天魔】は彼へと向けた。問答無用で彼の全身に巻き付いた魔術の鎖は、彼が声を発する余裕すら奪うほど。窒息しない程度に彼の首をマフラーの上から締めつけ、骨折する限界まで彼の四肢を縛りつけ、彼の内臓が軋むまで圧迫した。

 容赦など、欠片も無い。

 【天魔】は徹底的に彼の動きを禁じた。


「この男を、『牢獄』へ転送するわ。……【剣聖】、貴方も一緒に。すぐに戻ってくること。良いわね?」

「ああ、分かった」


 罪悪感のこもった表情で答えた【剣聖】の足元と、うつ伏せの彼の下に魔法陣が現れた。白く輝く魔法陣は、ゆっくりと光を増していく。魔法陣を構成する円の一つ一つが回転し、まるでエネルギーを凝縮するように。



 一際眩い光を放った後、彼と【剣聖】の姿は消えていた。



 二人を転移魔術によって転送した【天魔】は、左手を振って魔術による映像を映し出し、一人呟くように言った。


「……さて、と。そこで何をしてるのかしら?

ーー【護心】」



ーー◆ーー



 そこは、名前に反して、天国であった。

 そこは、名前に沿って、地獄であった。

 名は体を表す。

 しかし、全ての人間が共通の思いを抱くわけでは無い。

 天国は、時に地獄に。

 地獄は、時に天国に。

 だが、しかし。



 その場は、間違いなく『牢獄』だった。

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