7.世界の柱

 気づけば、そこにいた。彼の感覚としてはそれが正しい説明になるだろう。


「……は?」

「うむ、久しぶりにその反応を見た。まあ、ここまで人を招くことなど滅多に無いからなんだが……」


 建物に一歩踏み入れたその瞬間、彼は円卓の置かれた部屋に居た。ガラスの嵌め込まれた壁から外に見える景色から考えれば、そこは評議会の建物のほぼ中心位置。建物に入ってからすぐに到着するわけのない場所だった。


「おん?おやおやおや?お客人かな?まさかとは思うけど、剣さんが招いたのかな?」


 入って来た場所から円卓を挟んだほぼ真反対の位置。

 両足をだらしなく円卓の上に乗せ、その手に持った筒状の何かをいじくり回す男。中途半端に伸ばされた髪と作業用のメガネらしきものを額に着けている。格好も鍛治士、もしくは技術者といった風貌。

 彼の姿を視認しているにも関わらず態度を変えようとしない男に【剣聖】は苦言を呈した。


「……分かっているなら、そのだらしない格好をやめろ、【極藝】。客人の前だ」


 【剣聖】の言ったその呼び名に、彼はルイグとの会話を思い出した。この世界を守る、五人の人物。その一人が、確か【極藝】と呼ばれていたはずだ、と。

 【極藝】と呼ばれた男は『客人』という言葉を気にする事なく手元の筒を抱えて円卓を回るように迂回して【剣聖】へと歩いていく。


「少しは態度をだな……」

「だははっ!!それは無理な相談ですよ、剣さん!!何故なら僕は自由なクリエイターだからね!!相手によって態度を変える、そんな真似はしない主義なんだ!!」

「俺には敬語使っているだろう……」

「それとこれとは話が別かなっ!!」


 ふざけた口調、ハイテンションな態度。ヘラヘラとした笑顔を顔に貼り付け、【剣聖】と話す【極藝】。最早彼の事など眼中に無いと言わんばかりにふざけ倒し、【剣聖】の前に辿り着いた【極藝】はようやく彼に視線を向けた。


「さっ、まずは挨拶を。この世界の守護者の一人、【極藝】で御座います。以降、お見知り置きを」


 先ほどとは一転、礼儀正しく、優しげな笑みを浮かべ、丁寧に頭を下げた。


「……ああ、よろしく頼む」

「よろしく!いやあ、君が例の記憶喪失の男性か!そんなに怪しいのに剣さんがここまで連れてくるなんて。一体、どんな方法を使ったのかな?」


 前半は、喜んだように。後半は、訝しむように。ヘラヘラとしているように見せてはいるが、その眼は細く、まるで相手を見定めているように感じられる。

 落差の激しい男だ、と思いながら彼は、


「知らん」


 ため息を吐きながら答えた。【剣聖】の考えを彼が知るわけもない。


「あっはは!そらそうだよね、ごめんね!」

「……【極藝】、そろそろいいか?彼を案内しなければならないんだ」

「ん〜?案内?特に見せられるものなんかないでしょ?」

「いや、見せるものはある」

「……なーるほど。了解」


 後はよろしく。

 そう言うように、一番近い位置にあった椅子に座って手元の道具を再び弄り始める。完全に興味を失った様子の【極藝】に【剣聖】はため息をついた後、彼に言った。


「待たせてすまない。行こう」


 先ほどまで【極藝】が座っていた椅子の後ろの扉を、【剣聖】が開く。彼の視界に映ったのは、先の見えない薄暗い廊下。足元がかろうじて見える程度、最低限の光量だけが用意された廊下がそこにあった。


「……暗くねえか?」


 思わず彼は呟いた。あまりにも暗い。廊下という人が歩くための通路としては異常な光量だ。


「理由があるんだ。まあ、とにかく着いて来てくれ」


 しかし【剣聖】がその事を気にする様子は無い。慣れているように扉を通って薄暗い道を歩き出す。


「……はいはい」


 【剣聖】の後に着いて歩いていく彼は、後ろ手に扉を閉める。扉から差し込んでいた光は消え、薄暗い廊下が視界を統べる。



 扉が閉まる瞬間。疑惑を込めた視線に、彼が気づく事はなかった。

 


ーー◆ーー



 二人が歩き始めて十分程度は過ぎただろうか。長い沈黙が続いていた。

 【剣聖】も彼も、無言でひたすら歩くだけ。

 僅かに明るさが増したことに気づいた彼は、少し瞼を細めてその部屋へと辿り着いた。

 半径3メートル程度の円形の小部屋。入り口は、今【剣聖】と彼が通って来た廊下以外存在しない。壁を走る機械の一部一部がやけに目に付く、魔術を扱う英雄がいるにも関わらず科学的要素の入り混じる部屋。

 想像との乖離の激しさに顔を顰める彼は、あるものを見て言葉を詰まらせた。その部屋の中で一際目立つ、それに。


「……何だ、それは?」


 中央には淡く発光する半透明の円柱が。人一人入るほどの大きさの円柱の中央にフワフワと浮く何かがあった。

 その円柱のそばまで近寄った【剣聖】は、手を触れる直前まで近づき、眺めるように見てから彼に向き直る。そして疑問を浮かべた彼へとその答えを言った。


「これは、この世界の柱だ」


 白、紅、赤、紫、青、緑、黄、と絶え間なく色を変化させ、虹色にも見える、光る球状の何か。

 神秘的に感じられる、それを見た彼は困惑したように呟いた。


「……柱、だと?」

「ああ、そうだ。これがあるおかげで、この世界は安定した存在となっている」


 柱というにはあまりにも心許ないように見える淡い光の球。そして、それを守るように、否、捕らえるように用意されている円柱。それに絶対の信頼を持っているようにすら見える【剣聖】。そして何より、彼の心の中に一つの疑問が浮かんだ。



 何故【剣聖】は自身にこれを見せたのか。



 『世界の柱』。文字通りに受け取るならば、それはこの世界における最重要の代物であるはず。余所者であり、記憶喪失者であり、ましてや信頼を得たはずもない。


「……何故、俺にこれを見せた?」


 その問いに、【剣聖】は笑って答えた。


「いや何、気にしないでくれ。最初に案内をするべきだと思っただけだ。さて、次に行こうか」

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