漫画
眠い。
ただひたすらに眠い。
今は授業中か? それとも放課か?
確か少し前に頭を叩かれたような……。
「渋谷くん」
そこで僕は目を覚ました。
そう、僕は渋谷、渋谷宗一郎。ぴちぴちの現役高校一年生。
どうやら居眠りをしてしまっていたようだ。
完全に昨日夜遅くまで漫画を読んでいたせいだな。
整理整頓に力を入れ過ぎた結果、漫画まで綺麗に片そうなんて気を起こさなければよかった。なし崩し的に漫画に吞まれ、最新話まで読み進めてしまったぞ、全く。
周りを見回して気づく。
クラスメイトの視線がどういうわけか僕に注目している。
なんだ?
僕がクラスの注目を浴びるなんてことは大抵ポジティブなことではないだろうことはこれまでの人生からある程度、察している。
僕は黒板前で少し笑いながらこちらを見ているいかつい教師の顔を見て理解する。
あ、自分が当てられたのか。
「あ、あ! はい」
「いびきうるせーぞ。寝るなら静かに寝ること。まぁそもそも寝ちゃあかんがな。ただ体育のあとだし多少は免除したる。感謝せえ!」
当てられたわけではなかったようだが、それ以上に恥ずかしい。
いびきがうるさいってなんだよ。僕はどれほど爆睡ちゃんかましてんだって話だ。
新学期早々なんでこんな変な注目をされるんだよ全く。
まぁ悪いのは僕なんだけどさ。
そうして授業の終わりを告げるチャイムを聞き、もう一度机に突っ伏し瞳を閉じる。
ああ、極楽。学校で眠るのって家で眠るのとは違う心地よさあるよな。
すると隣の席からがやがやと話し声が聞こえてきた。
「ねぇねぇ、秋葉ちゃんさ。秋葉ちゃんってチェーンソーガール見てるってホント?」
少しガラッとした男子の声。
この声は、確かびしっと髪型を決めていたクラスメイト。声変わりの最中に絶叫しまくった結果、そういう声になってしまったらしい。
ん、なんで知っているかって。自己紹介の時になんか得意げに言っていた。
自分でこれが俺の残念ポイントでーす、とか言って受けていたから覚えている。
僕はまだ会話したことがないけれど、なんとなく誰にでも気安く話せるタイプと見た。男女隔たりなしに。
しかし、これは僕なりの直観だが、どうも女子にばかり話しかけているような気もしなくもない。もしかしたらチャラい系のやつかもしれないと考え始めているところだ。
「あ、いや、その、ちょっとだけ」
それに対して相変わらず挙動不審な落ち着かない態度でいるのはおそらく隣の席の秋葉凛だろう。
この高校に来る前の僕なら多分声だけじゃ誰かなんて分からなかっただろう。絶対的に秋葉凛だとも思わなかったはずだ。
僕はちらりと横目を開けて隣にばれないように視線をやる。
やはり隣の席にいる挙動不審なやつはどの角度から見ても、あの秋葉凛なのだ。
どこが相変わらずなのかは自分で言っといて理解できないが、この場では相変わらずコミュ障を発動させている。
「まじ! 俺も読んでんのよ。え、こないだの見た? チェーンソーガールの三角関係どんどんあかん方向に行ってるよな。
この前なんて引きこもっちゃった主人公の家にチェーンソーでドア引き裂いて登場してくるシーンさ、画力が限界突破しすぎだろ!」
「あはは……確かに」
「ねえ秋葉っちはさ。誰が推しとかある?」
ぐいぐいと距離を詰めていくよな。
普通そんなすぐに呼び名があだ名になることあるか? まぁ知らんけど。
ちなみに僕の推しは断然、早河先輩なんだけども。まぁこれもどうでもいいか。
「わ、私は、特には……」
「え、そうなの! もしかしてあんま読んでない?」
「え、あ、ちょっと読んでるよ」
なんとも嚙み合ってないような会話がお隣さんで繰り広げられている。
このまま聞いているのも面倒くさいというか意味がないと思うので僕はまた眠ることにした。昼放課が終わるまではもう起きるつもりはない。
そうして授業を終えて、掃除を片して僕は帰りの準備をし始めた。
僕らはいきなりトイレ掃除とか言うはずれを引いたことだけが残念であるが、今週は残り二日で通常よりも期間が一日少ないので許した。
すると——
「ういーす。しぶやん。おつー」
”聞き覚えのない口調”が聞こえてきた。
僕が今日隣から聞いた口調とは全く逆転している。
しかし、この声は隣の席の、そう秋葉凛だ。
周りに人がいないからだろうけど人格変わりすぎだろ!
「なんかよう? もう帰るとこなんだけど」
「知ってるが?」
「なんで上から目線?」
「ねね、たしかしぶやんさ、チェーンソーガール読んでたよね」
中学の頃から読んではいるが、なんで今? しかもこんな唐突に。
むむ。ああ、そうか昼間の話の続きか?
「連載当時からファンだが?」
「なんで上から?」
なんで僕はダメなんだよ。
同じ口調を真似ただけじゃん。
「ははは、まぁいいけどさ。ねね、推し誰?」
「……なんで言わなきゃいけないのだろう」
「いいじゃん言ってよ」
「早河先輩だけど」
この話をどうして僕にするのかと疑問だが、しばし付き合うことにした。
スルーしても面倒だろうし。
「たはー、その人かっこよかったけどさ。もう死んじゃってんじゃん」
「それでもいいだろ。そっちはどうなんだよ?」
「私もー」
「一緒じゃねーかよ!」
「たはー」
秋葉凛は耐えかねたように笑った。
てか、一緒ならなんであんな事言えるんだよ。
こいつ、馬鹿にしてんのか?
というか、推しがいるんならあの時に会話もちゃんとやれそうなものなのに。
そう思って僕はつぶやくように言った。
「なんであいつにはそう言わなかったのさ」
「いいじゃん、別に」
少し不貞腐れたようにそっぽを向く秋葉凛。その横顔を見てハッと僕は閃光のようなものが脳天を駆け抜けた気がした。
「なんで僕にはいいんだ?」
もしかしてこいつ僕のことが好きなのではないか?
そう考えるとこいつ、可愛い、かもしれない。
「……うん。渋谷にはいいよ」
え、もしかしてマジだったりする?
「だって雑魚だし、——あはは!」
「雑魚だから良いってなんだよ!」
完全に僕のことを馬鹿にしていやがる。
好きなのかもしれないなんて思った僕が間違いだった。こいつはただ単純に僕のことをなめ腐っているだけだ。
「あははは、あそうそう、漫画こんど貸してー」
「断る」
「えーいいじゃん。お願いー」
こいつも昼間の男子と似て距離の詰め方が変だ。
そもそも幼馴染のような関係ではあるが、同じ小学、中学だっただけで対して仲が良かったわけではないのだから。
何なら会話の回数も思い出せるかもしれない。それほどの浅い関係だ。
本当に変な人。
「ええーいカバン取っちゃうぞ!」
「あ、おい!」
秋葉がカバンを奪い取るように手に取り、逃げ出す。
このまま追いかけっこでもするつもりか? そんなのさせるか!
僕は追いかけようとした。おそらくこのまま階段を下りて玄関までいくだろうと考え、仕方なく秋葉のカバンを手に走り出した。
その直後、バラバラと音がする。
なんだか嫌な予感がした僕。
追いかけてみるとそこには僕のカバンの中身をぶちまけてしまった秋葉がいた。
周りの人に拾ってもらったりして、めちゃくちゃ動揺した表情をしている。
昼間の男子も周辺にいる。
あ、あれは。
彼の持っている手には僕が個人で楽しもうと思いこっそり持ち込んでいたライトノベルが握られていた。あんまり人には見せたくない。
秋葉は助けを求める目でこちらに懇願する。
「…………」
しかし、僕はあえて知らない人の振りをすることにした。
すまない、秋葉。今度漫画貸すから許して。
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