コミュ障の幼馴染が僕にだけ馴れ馴れしい

真夜ルル

「黒板」

 これと言って特に自慢のできることは思いつかないような平凡な人生。

 第一志望の高校に落ちて滑り止めの確か第三志望くらいの交通が良いだけで選んだだけの高校に入学した新一年の高校生。

 恋人はいないが寂しくはない。兄弟がいるからというわけではないがそれなりに一人で楽しむコツのようなものを知っている。

 身長は平均よりも低いけれど、比較的整った悪くない顔をしているし特段太っているわけではない。作ろうと思えば多分、多分だけれど作れるはず。だけどどうにも付き合うってどういうことなのかが良くわからない。そういうのがきっと雰囲気で出ているからモテないのかもしれない。

 でも別に気にしているわけではない。今はそれなりに新しい日常に馴染むということがモチベーションになっている。それにまだ一年生なんだし。

 机に突っ伏しながらそんなことを思っていた僕に、


「たはー朝っぱらから寝てやんのー子供すぎやん」


 早朝だと言うのに相も変わらず、元気な声が聞こえてくる。ちらりと見る、微妙にアシンメトリーな前髪が特徴の地味な女子。笑顔でいる今はぎり可愛いと言えるのかもしれない。

 同じクラスメイトの女子の秋葉凛だ。

 こんな早朝に鬱陶しい感じに話しかけてくる奴はこいつくらいしかいない。

 今日は日直当番として、僕とこの秋葉凛は早々に登校したのだ。


「朝っぱらからそのテンションの方が鬱陶しいだが?」


 突っ伏した姿勢を直し、あくびを一つかます。わざわざ気を使う必要もない。なぜならこいつも気を使わないからだ。


「ふわぁ——」


 僕よりも大きく大胆に大欠伸をする。

 ここまで気を使われないというのはうれしいことなのか悲しいことなのか未だによくわからない。こいつも恋人に対してなら欠伸一つでも気にするような乙女になるのだろうか? いや想像できない。

 そもそも恋人ができるようには見えない。


「さてとでは黒板に名前書くぜ~」


「こっちのも書いといてくれ」


「ういー」


 おそらく了承する意味が込められた『ういー』なんだろうけど、僕は信じない。いやあいつが嘘をついていると言うわけではないのは分かるけど、おそらく今頃名前間違えてやろうなんて考え付いたころだろう。

 もう少し他人を信用するべきだ、とかよく言われるけどこっちだって出来るもんなら信用したいさ。

 この性格悪いかな?

 まぁいいや。


「書いたぜ!」


 黒板に目を配る。その日その日の日直を決める小さな枠内に二人分の名前、秋葉凛としぶやん。

 そう、僕の名前はしぶやん。ん、これが本名だが。だってあいつがそう黒板に書いたんだからそうに決まっているだろ?

 なんてことはない。

 僕の名前は渋谷宗一郎だ。だれがしぶやんだ?


「いつからそんなニックネームで僕は呼ばれるようになったんだ? おい」


「え、じゃあ……」


 新たに書き加えられたのは東京都のしぶやん。

 誰だ。おい。そこそこ名のある不良かよ。


「くくく、なんか不良番長の子分みたいな名前になった。たはー!」


 くそう。似たような発想をしてんじゃねーよ。


「余計な体力使わせないでくれ。眠いんだ」


「えぇー何時に寝たの?」


「一時」


「たはー、あたし昨日三時に寝たよ?」


 謎のマウントを取ってきやがる。

 小学生の頃から変わらない。

 こいつとは小学生の時から中学三年の前半まで一緒だった。後半にあいつが引っ越して以降は少しも交友はなかった。親友とは到底言えないレベルの交友関係だったから僕からすると対して寂しくもなかった。

 ただこの高校に入って偶然同じクラスになって再会する。先ほども言ったように特別に親しい間柄でもなかったのでパッと見ただけは気づけなかった。名簿を見てようやく思い出したくらいだ。

 いや、嘘をついてしまった。

 パッと見て気づけなかったのには薄い関係だったから忘れていただけというのは半分嘘だ。過去の関係が浅いとは言え見た目が少し変わっていても正直分からなくもない。

 一番に僕が困惑したのは昔では考えられなかった彼女の態度が原因だ。


「ちわーっす」


 教室の扉を勢いよく開けて入ってきた三人組。少し寝癖があるが爽やかな顔をした男子、それを筆頭に後ろに二人の地味目な男子が付いている。


「おはよう! えーと宗一郎君、だよな?」


 爽やかな男子はにこやかに僕を見て挨拶をしてくる。昨日会ったばかりだというのにいきなり人の名前を覚えるとか偉業にもほどがあるだろ。しかも下の名前を。


「あーと……秋葉、凛ちゃん、だよね?」


 爽やかな男子の視線は秋葉凛に向けられた。


「あ、えーと、あの……」


 ぼそぼそと口ごもる。

 さっきまで僕と会話していた時のクソガキみたいなテンションは突風のごとく駆け抜けてしまったみたいだ。

 しばしの沈黙から、首をゆっくりと縦に振った。


「だよな! おはよー」


 僕の知っている秋葉凛は誰に対しても馴れ馴れしく、分け隔てなく接することのできる光りの者だった。

 小学生くらいのことだから覚えていないが僕に初めて話しかけてきたのは絶対的に秋葉凛である、と断言できるくらいには僕はそう思っていた。

 しかし、この教室ではまるで喋らない。

 話しかけられても愛想よく笑うことくらいしかしないのだ。


「あれ、東京都のしぶやんって……ふっ、もしかして宗一郎君のこと? ふふ、え、しぶやん?」


「ああ、まって」


「あ、俺トイレ行ってくるわ、しぶやん」


「しぶやんじゃないから」


 爽やかな男子が教室を出ていくと一緒に来ていたメンバーも繋がれているかのように教室から出ていった。そして再び、二人きりになる。

 すると——


「しぶやん。たはー、しぶやんだってぇ、ははは!」


 人格が変わったみたいに腹を抱えて笑い出した。

 そう、こいつはコミュ障になっていた。で、なんでかは分からないが僕の前では昔と同じクソガキに戻るのだ。

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