第22話 -神斗side- 幼馴染は呪い

「かぁ~みとっ」

「美香ちゃん」

「今日は何して遊ぶ? 沢山持ってきたんだよぉ。リパちゃんとゴスくんでしょ、美容師さんセットでしょう、あとねーーーー」


 リュックから、人形、はさみ、くし、塗り絵、色鉛筆……。

 隣の空き家に引っ越してきた美香ちゃんと美香ちゃんのお母さんは、この4か月毎日家に来ている。


「たまには外で遊ぼうよ」

 

 僕の言葉に美香ちゃんの顔が一瞬にして曇るのが分かった。

 

「なんで? 神斗は私の事嫌いなの?」

「えっ? どうして? 嫌い? 違うよただーーーー」

「嫌いなんだーー。ママーー!!」

「ご、ごめん」


 美香ちゃんの勢いに押されて、なんでか謝ってしまう。

 悪いことしていないのに……。


 ジャキン!

 パラパラパラ……。


「え? 本当に切ったの!?」

「危ないから、ジッとしてて!!」

「やめてよ!」


 ジャキジャキジャキ!


「あらあらあら、男前にしてあげたのね。美香ちゃん凄いわぁ。カリスマ美容師になれるかしら」

「神斗……あとで綺麗にしてあげるから、ごめんね」

「お母さん……」

 

 もう嫌だよ、お母さん……。

 学校の友達とサッカーとか鬼ごっことかして遊びたい。

 美香ちゃんが「神斗とは私が遊ぶの。誘わないで」と勝手に言っていたみたいで、最近では誰も遊びに誘ってくれない。

 

「井上さん、前から言いたかったのだけど、毎日は困るわ。私も神斗もしなくてはいけない事があるから」


 お母さんは、毎回断っている。

 美香ちゃんのお母さんは、毎度のらりくらりとかわすけど、今回は違った。

 ガチャン!

 美香ちゃんのお母さんが、持ち上げていたコーヒーカップをソーサーに雑に置く。

 

「え? 私がこんなに大変なのに酷いわ! 食べれない動けないで辛いのに。同じ女なら辛さわかるでしょ!!!!」

「落ち着いて、井上さん。毎日は困るって言っているだけなのよ」


 お母さんの話を聞かず、美香ちゃんのお母さんは急に立ち上がりバランスを崩す。

 

「急に立ったら危ないわよーーーー」


 ドシンとフローリングにお尻を打ち付けた。

 

「ああぁ!! いだだだだだだ!!! ああああ!! 救急車よんで!!!!」

「え!? 井上さん大丈夫!?」


 僕は何が起こったかわからなかった。

 激高したかと思ったら、お腹を抱えて叫んでいる。



ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー



「あなたのせいよ! 私のあかちゃん返して!! 返せぇ!!!」


 救急待合室に響く声。

 看護師さん達が、美香ちゃんのお母さんを止めようと必死だ。

 パシン!

 美香ちゃんのお母さんは救急治療室から手術室に向かうストレッチャーから飛び降りてお母さんの頬をたたいた。

 お母さんは、ただただ涙を蓄えながら震える手を握りしめ立っている。


「奥さん、どうか冷静になってください。辛い気持ちはわかりますが、これは誰のせいでもありません。彼女のせいではありません。悲しいことですが流産は」


 看護師では収まらず、騒ぎをききつけて救急処置室からでてきた救急医が止めに入る。


「人殺しぃぃぃ!!!!」


 数人がかりで取り押さえられ、ストレッチャーで運ばれていく。

 美香ちゃんのお母さんの叫びが遠くからも聞こえてきた。


「神斗のママは人殺しなんだ」

「……」

「神斗のママは、美香の弟を殺したんだ」

「……」


 僕はお母さんを見た。

 頬が腫れたお母さんの顔は疲れ果てていて、その姿はとても痛々しかった。

 

「神斗……美香ちゃんを支えてあげて」


 僕のお母さんのせいじゃないのに……。



ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー



 あの時から美香とおばさんは家に来なくなった。

 でも、母さんは塞ぎがちになった。

 何かにつけて、あることないことを拭きこんだ年配のお年寄りを引き連れてきては、テレビドアホンを鳴らしてきた。

 中にはおかしいと気づいている人がいるけど、トラブルに巻き込まれたくないので我関せずだった。

 父さんが訴えると言って、今ではその訪問もなくなったが。

 俺はというと母さんが『美香ちゃんを支えてあげて』と言った言葉に呪われている。


「神斗、これ」

「何? 自分でやりなよ。そっちのクラスの宿題だろう?」

「おばさんはなんて言ってた?」


 美香と同じ高校に行きたくなかったから偏差値の高い高校に進んだ。

 けど、どこで聞いたのか同じ高校を受けて受かったみたいだ。

 俺は特進科、美香は普通科。

 科が違うのに、6校時の時は毎回待ち伏せされて一緒に帰らされている。


「なんなんだ。毎回、いったい……」


 大学は、距離的に遠くへ行くつもりだ。

 母さんには内緒にしているが父さんには許可をもらった。


「コンビニに行く」

「アハハ。辛気臭い顔。神斗も行くよね! 奢ってよ!」


 美香の友達の愛美も付いてくる。

 二人とも補講の常連だ。

 担任にあまり付き合うなと言われているがどうしようもない。

 母さんが責められて家から出なくなってしまうから、俺も自分の気持ちを諦めるしかなかった。


 本当は俺だって、もう嫌なんだ。



ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー



 レンギア王国に召喚されて、正直俺は良かったと心から思った。

 母さんには申し訳ないけど、これ以上、美香とおばさんに関わりたくなかった。

 召喚された日の次の日、宰相から『彼女たちからは、あなた方の事を聞かれなかったものですから。知り合いではないかと思ってましたよ』と言われた時に少し苛立ちを覚えたが、それもすぐに消え去った。

 同じ城の中にいるが、顔を合わさない。

 もう別々の道を歩んでいいんだ。

 心が晴れた。

 長い間感じていた重荷から解放された喜びが胸に広がった。

 同じく召喚かれたヴィヴィオラさんは、多分、俺たちの関係を勘違いしていた。

 最近、俺たちの間の微妙な関係を察したが、俺を心配することはあっても余計なことは何も言わなかった。

 ヴィヴィオラさんの無言の理解と配慮が、心地よかった。

 スライム討伐という簡単な事でも真剣に楽しそうにしているヴィヴィオラさん。

 スライムを広げて持ってるそんな彼女を「かわいいな」と目で追っていた。

 何事もなく過ぎる日だった。


「あっ! 神斗じゃん!」

「よく顔出したよね」

「……」

「あの魔人族? 神斗とどんな関係なの?」

「噂は流れてるけどさぁ、嘘だよね! アハハ! あの女の誘惑にのるわけないじゃんね? ねっ!」


 森の中で突然遭い、突っかかってきた。

 いつもと変わらず、淡々とした口調の美香と騒がしい愛美。

 あの女絶対悪い奴だってと愛美が笑ってる。


「嘘じゃなく本当だったら? それにヴィヴィオラさんは良い人だよ。美香達には関係ない」

「はぁ!?」

「何それ、気に入らない」

「別に美香に気に入ってもらう必要はないよ」

「はぁ!? あの女のどこがいいんだよ。バケモンじゃん!」

「バケモンって、俺からしたらお前たちの方がバケモンだよ。母さんは悪くないのに、追い込んで。そんなに憎いなら関わらなければいいだろ!」


「もう、俺に関わらないでくれ」


 美香は独占欲から苛立ちを感じているみたいだ。

 美香に嫉妬心はない、絶対に。

 愛美についてはまったくわからない。

 前からなんで俺の選択に一々不満を抱くのか。

 本来なら、その話は嘘だよって言えばよかったんだが、もう気を使うのはやめた。

 あと数か月で俺とヴィヴィオラさんは魔王討伐という名の逃亡をする。

 もう、永遠に彼女たちに会わないはずだ。

 

 ヴィヴィオラさんと共に過ごす事によって、過去の嫌な記憶を次第に薄れさせ、未来への希望で満たしてくれた。

 そんなヴィヴィオラさんは、この世界で生きていくには危なっかしい。

 ロング副団長は、あまり彼女に戦闘訓練をさせたくないようだ。

 それは、俺も賛成だ。

 この世界では普通でも、人の血で汚れてほしくない。

 夕食後の自由時間、人払いをした後。

 紅茶を飲みながらにいつも逃亡した後の事を二人で考えている。

 ヴィヴィオラさんは年上らしく一生懸命に。


「ハハ、本当にどこでそんな情報持ってくるんですか?」

「何の事?」

「いや、暖かい国へ目指す方が荷物が少ないとか、野宿することもできるからお金がかからないとか」

「え? あ、うん、まぁね、人生の先輩達ーー……先輩だから??」

「めっちゃハテナついてますけど」

「神斗君は訓練辛そうだし、こっちは任せておいて!」


 ヴィヴィオラさんは「まだ、数か月あるんだし」と笑ってる。

 その姿を見て初めて、自分から異性を心配する気持ちが湧いてきた。守りたい、支えたいと強く。


 幼馴染の呪いが解けたんだ。

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