第21話 -ケルンジリアside- 憂鬱な日

 星の管理者が基準年に1回会合する時間。

 数じょ人が一堂に集まる会合といっても何か目的があるわけではない。

 しかも縁が紐づいた人だけが会えるので目の前には千人ほど。

 私はケルンジリア。

 星の管理者の一人。

 自分の名がついた星を育てるのが管理者の使命だ。

 星は自分の命でもある。

 目的がないこの会合は先輩管理者から助言をもらう機会、パートナー探しと自由。

 もう助言も何も求めてない私としてはとてもつまらない時間だ。

 来たくなくても、気づけばここにいる。

 神の仕業なのだろう。

 毎回ソファに身をゆだね、年に1回なのだから誰にも文句も言わずこの時間が過ぎ去るのを待っていた。


「ーーお前も手伝い気はないか?」


 いつの間にか鹿角の立派な長髪の青年が、ロックグラスを2つ手に隣に座っていた。

 透き通る水のように見えるが、アルコール度数が強いお酒を勧めてくる。


「ありがとうございます。…………手伝いですか?」


 グラスの中で氷がきらめき、カランと澄んだ音が響く。


「そうだよ。ねぇ、ケルンジリア。これも神の思し召しなんじゃないかな。うん」


 その青年に抱きついている巻き毛の少年が言った。

 青年の髪をくるくると指に巻いては、ほどいて遊んでいる少年。

 少年は「いつもながら良い毛並みだねぇ。触っても良い?」と手を伸ばしてくる。


「神の思し召し? 突然なんですか、兄さん?」


 私は仕方がないですねと頭を差し出した。

 少年の触り方には、優しさと愛情が込められているのが感じられる。 彼の手が毛並みを撫でるたびに、心が穏やかになる。

 青年と少年は、私の兄達だ。

 兄弟で仲が良いことはこの上ないが、かれこれ1億2500年この調子で目の前で仲良くーーーーいちゃつきまくってくれている。

 気の遠くなる時間を過ごす私達。

 その為、心のよりどころが必要なのはわかっているつもりだ。

 それは師弟関係、パートナーでも。


「なぁ、ケルンジリア。お前も地球にお世話になっただろう?」

「あぁ、また地球の話ですか……」

「まぁそういうな。数少ない科学技術を選択した星なんだ。今後続く星の為にももう少し長生きしてもらわないといけないらしい」


 会合の賑わっている方に目を向けると中心にいるのが地球だ。

 管理者として新参な私達よりも遥か彼方にいる大先輩の管理者。

 年齢の事は地雷ではあるが、基本誰にでも優しい大らかな女性だ。

 その地球の進化は、先輩管理者のなかでとびぬけて優秀である事で有名だ。

 魔法魔術を捨て科学技術へ舵を切ってからは、他の星とは一線を画している。

 数少ない似たような星ではマーズがあったはず。

 マーズは星の表面を捨て、地中に文明を築いたと言っていたな。

 もしかしたら、地球よりもすごいのかもしれないが、真似ししづらい。


「それに貴重な種がいるしね」


 地球には多くの星の管理者が喉から手が出るほど欲しい人種がいる。

 どの異文化・異世界にも柔軟に対応できる日本人種である。

 最近は、召喚や転生の本で異世界の魅力を発信しているので、日本人も召喚されるのを待ちわびているとか聞いている。


「日本人って変わってるよね」


 少年はそう言いながら今度は青年の髪を三つ編みにし始めている。

 

「そうだな。しかし、彼らを混ぜると急激に様々な分野が急発展するので調節が難しいけどな。そこは管理者の腕の見せどころでもある」

「そうなんだよね。うちの星でさー、突然、列車を作り出すから焦っちゃった。なんか技術鉄っていう人らしくて、うちも科学技術へ舵切ろうかなって」


 最近はどこでも地球の日本人種の話題ばかりだ。

 私の星は地球にお世話になった。

 育成がうまくいかず、数回に分けて人間の種をもらったし、動物の種も分けてもらった。

 厳しい環境を生き抜けるように北欧(ヴァイキング)系人種を。

 でも、それのおかげで星の寿命が延びただろうし……。

 最近、ついに地球の寿命が発生した、いや発生してしまったが正しいのかもしれない。

 星が成熟すると星の寿命が発生する。


「地球の寿命はあと200年ほどと決まったらしい」

「たくさんの星から寿命を対価としてもらっていたのに不思議だね」

「……そうなんですね。残り寿命がそんなに短いなんて」


 このままでは200年後に星が死ぬことになるのだが、どのように星が死ぬのかを決めるのは神の管轄で、方法は千差万別だ。

 最も一般的な方法は、星と星をぶつけて爆発させることだ。

 魔王が絶望して永久凍土の世界にし、生命という生命が全て死んでしまった例もある。

 早すぎる成熟は星の持つ寿命を急激に縮めてしまうし、逆に成長が遅すぎると、星が十分な進化を遂げる前に自然の力で滅びてしまう。

 星の管理者はその絶妙なバランスを保つために、常に知識を駆使し、星の成長を慎重にコントロールしている。

 しかしながら、指針はあるものの、成熟度は神が独断的に決める。


「ほんと、一生懸命に育ててるのに。理不尽だよね。まぁ、そこで裏ワザがあるから、いっか」


 少年の星は、まだ成熟にほど遠いからなのか他人事。

 でも私よりは、星の成長について考えている。

 青年の思考が彼に良い影響を与えているようだ。

 

「しかし、リキテスの事もあって、裏ワザはあまり使用するといけないという話になったのではないですか?」


 裏ワザ。

 地球から人を他の星へ移動する代わりに、その星の寿命を分けてあげる仕組みだ。

 今の日本人だと1人5~10年分ぐらいの価値であるはず。

 ならば、他の星へたくさん召喚なり転生なりすればいいと思うだろうが、問題は自分たちの星の寿命がまだわからないということである。

 自分たちの星の寿命がわからないうちに、人の移動分の寿命を地球に渡す。

 結構な博打になるので、むやみやたらにできない。

 過去の例で、寿命をたくさん渡した管理者の星リキテスが成熟し寿命が発生した瞬間に星が消し飛んだ事もあった。


「うんうん、あの星の出来事はみんな気にしてるよ。まぁ、楽して育てていた面もあるから自業自得でもあるけどね」

「千万人規模の転移を8回。1人2年の寿命だとしても1億6千万年。まだまだ余裕だと思っていたんだろうな」


 手をせっせと動かしながら「星の生き物がかわいそうだ」と言いながら少年は、三つ編みでお団子を作り始めた。

 たしかに、指針通りであれば余裕だったが、神の不興を買ったのだろう。


「だから大勢の星で行う事にしたんだよ。参加星を募ってる」


 話を聞くと4から5人程度の転移転生で千星の参加を考えているらしい。

 その計画には多くの星が関心を示しており、すでにいくつかの星は参加表明をしているらしい。

 

「一星5人で対価10年だとしても50年。負担は軽微じゃない?」


 負担が軽いというのは確かに理にかなっている。

 分散させることで一つの星へのリスクを最小限に抑えることができる。

 なるほど……しかし、千星ぐらいならすぐ参加枠もうまりそうな気もするけど。


「……検討します、兄さん」

「お前の星の成長の悪さは、他人に対して無関心気味なところだぞ。それと早く良いパートナーを見つけるんだな。あの女はどうした?」

「……彼女は相変わらずですよ」

「あぁ、あそこにいるのか……」


 彼女はグラスを片手に持ち、笑顔を浮かべながらまるでダンスを踊っているかのように場を歩き回る。

 その目は鋭く、まるで狩りを楽しむかのように見える。

 次のターゲットを探しているようだ。


「あぁぁ。次は女の子か。かわいそうに。今彼女につかまってるのは48人? 49人だっけ?」

「121人ですね」

「そんなにいるのかーーーー」

「詳しいね……。それにしても121人船頭がいたら大変なはずなのに。ある意味天才?」

「天才かわかりませんが、勝手に自分の近況を話にくるんですよ」

「彼女の痕跡を早めに消さないと大変な事になるぞ」

「あれは危ないよ」


 少年は、心配して眉をひそめながら視線を落とし、手元をもてあそぶようにしていた。

 彼女と初めて会った時は、今みたいな無責任な享楽者じゃなかった。

 パートナーではなかったが、お互いが良き相談相手だった。

 その時の彼女は、星の未来を真剣に考えている姿勢が印象的だった。

 今では、星の管理は他人に任せて自分の快楽に身を任せている。

 何が彼女を変えたのか。


「星には、あまり力任せに手を加えたくないのです」

「そうか。確かにな、儚い生命の選択権を奪いたくないのはわかる」


 兄達が私の事を本気で心配してくれているのを感じ、少し嬉しくなったから、うっかり口を滑らせた。


「参加しますよ」

「ケルンジリアにとって良い人間が選ばれるように地球と相談する」

「よかったよかった! そうだ、ケルンジリアにピッタリの良い子がいるんだけどーー」


 更なる余計なお世話が始まる前に、私はソファから重い腰をあげ、この場所をあとにした。

 星を荒らさないような良い人間であればいいと願いながら。

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