第23話 刃はまったく当たらないようです

《レンギア王国11日目ーケルンジリア11日目ー》


「ああぁーー、もう、放してください!」


 くっくっくっと笑うような息遣いが頭の上で聞こえる。

 練習用の短剣、ダガーを使って訓練しているんだけど、まったくうまくいかない。

 近接距離から相手の喉元を狙うというシチュエーションで、ロング副団長相手に戦闘訓練している。

 しかし、赤子の手をひねるがごとく、ダガーを持つ手を止められ、挙句の果てには腕をねじり上げられて羽交い絞めのような形になった。

 ロング副団長の大きな手が首を締める動作をする。


「この身体、戦闘のセンスなさすぎません?」


 はぁはぁと短い呼吸を整える。

 普段は遠距離の弓の訓練が多めだけど、スライム討伐の際、近距離はやはり必要だと思って訓練を増やしてもらうことにした。

 敵の攻撃を弓で受け止める事はできないもんね。


「凄いです! ヴィヴィオラさま! 私の目から見ても成長してますよ。ファイトです! というか相手が悪いだけです! 騎士見習い試験受かるぐらいの実力は絶対ありますよ!」


 軽めの休憩を兼ねたティータイムの片づけを終えたリーナさんが、次のご用命がないかとたちながら応援してくれる。

 彼女の明るい声が訓練場に響き、ヴィヴィオラの緊張を和らげる。


「ありがとうございます、リーナさん。おかげで頑張れます」

「あ~信用してませんね。私、昔は将来有望な人を捕まえるために、見習い試験や見学に通っていたんですよ」


 リーナさんは「だから、見る目があるんですよ!」とさらに励まし続ける。

 でも、「人格は見る目がありませんでしたー!」と笑ってる。


「初めの事を考えたら凄い上達なんですよ。それに尻尾がかわいいです!」


 私は「尻尾は関係ないなぁ。でも、ありがとう」と尻尾を揺らしながら答えた。

 ロング副団長も静かに頷いている。

 ロング副団長も頷いてくれるほど上達したのかな?

 リーナさんは、魔人族の中でも特にビースト種が好きらしい。

 毎日の支度の際、尻尾や獣耳を触るのが楽しみのようだ。


「気合入っていると、耳がピンとなるのも猫獣人のかわいいところですよね。あー、羨ましい!」

「耳も関係ないなぁ。ーーーーよし。もう一回、お願いします」


 私がロング副団長にそう言った時、鐘の音が1回鳴り響いた。

 構えたダガーを下ろす。


「あぁ、ランチタイムですね」

「そういえば、サボってる騎士達がいないわ! 食べることだけ一人前ね」


 ランチはいつも城勤めの人が食べる食堂で食べる。

 食堂は、天下り騎士のサボリ対策の為時間ピッタリに開く。

 どんだけここの城の騎士はサボるんだ。

 あ、天下り騎士は私が呼んでいるだけなんだけどね。

 特に第3、第4騎士団は貴族の中でも次男、三男とか貴族よりも金持ちの子息がコネ作りの為に在籍しているので訓練なんてあまり真剣にしていない。

 あのアッジ副団長が率いているのも第4騎士団だ。

 スライム討伐訓練していた時に、アッジ副団長がリザード討伐訓練をしていたのを自慢していたけど、みんな満身創痍だった。

 リザード相手にボロボロだったのは、もしかして弱いから? それとも、リザードが思ったより手強かったのだろうか?


「2日前もボロボロで帰ってきた騎士がいたのよ。真面目に訓練しないからに決まってるわ!」

「リザードが予想以上に強かったとか?」

「そう! リザードって言っていたわ。しかも、ノーマルのリザード! なんか、天井から降ってきただの、強い個体が居ただの、言い訳ばかり言って!」


 リーナさんは私とロング副団長に渡す予定の手に持ったタオルを見つめ、血が付いたシャツを洗う身にもなってほしいわと怒っている。


「ヴィヴィオラさま! それに聞いてくださいよ。洗濯の助っ人で行ったのにその弱っちい騎士がナンパして担当は意気揚々といなくなっちゃうし。あの洗濯係……クビになればいいのよ!」

「まぁまぁまぁ。真面目な人が苦労するのはいやですよね~。どこの世界も似たようなものかも……。ロング副団長、食堂入口が混みあっていますので、10分後ぐらいに行きましょう、なので、もう1回!」


 言い終わる前に、不意打ちを狙ってダガーを下から上へと素早く切りつけようとした。

 ダガーの刃が空気を切り裂き、鋭い音を立てた。

 うん、頑張った、頑張ったよ。

 副団長はスッと一歩後ろに下がって回避し、振り上げた私の手首をつかんだ。

 彼の動きはまるで風のように軽やかで、私の攻撃はまるで子供の遊びのように見えた。

 「アッ」驚きと焦りが混じった声が漏れた。

 ちょ、ちょ足がミリかセンチ浮いてる!

 ロング副団長は、うんうんとうなずいている。

 その表情には、私の成長を見守る温かさが込められているようだった。


「フェェ……。……良かったって事です?」


 手首を放してほしい。

 手の血がひいて、力も入らないし、腕もしびれてきた。

 ダガーが手から離れて床に落ちた。

 カーン!

 石畳に落ち高い金属音する。

 当たり前だけど、副団長には一太刀も入れれない。

 不意打ちを狙ってもかすりもしないんだけど。

 0勝100敗ぐらいだろうか、いや200敗の可能性もある。

 感覚を得たいので、もう少し弱い人、初心者兵士とかに相手してほしいってお願いしたけど許可を貰えなかった。

 初心者同士だと怪我をするかららしい。

 確かに、怪我は怖いし痛いのは嫌だな。

 けど、魔王討伐はするつもりないけど、少しは強くならないといけないのにさ。

 ジェイクさんとランドルーさんは駄目なの? と言ってもノートに[駄目]の一書き。

 副団長は落ちたダガーを拾ってくれた。

 渡されたダガーのピカピカに磨かれた刃には、私の顔がうっすらと映っていた。

 よくよく考えなくても訓練って真剣でしちゃダメだよね?

 練習用といっても本物の短剣だ。

 その刃は練習用であっても十分に鋭く、下手に扱えば怪我をするのは確実だった。

 それだけ、私が何をやっても当てることができないって言われているみたいだった。

 しょぼーん。


「不意打ちグッジョブですよ!」

「よく考えたら、これ本物の刃がついた剣なんですよ」

「あら、そういえば。本当ですね。うーん、でも、ロング副団長は大丈夫ですよ。私が見た手合わせ訓練で、彼は20人の相手を一度にしても無傷だったので。1対20でもかすりもしなかったんですよ」

「それは凄い……けど、酷い訓練だね」


 リーナさんは「そろそろ10分になりますわ。食堂に向かってくださいね。ヴィヴィオラさまのエスコートをよろしくお願いします」とロング副団長に依頼する。

 私たちは、武器庫に借りたダガーを丁寧に返却し、その後賑やかな食堂へと足を向けた。

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