第17話 聖者は寂しがり屋

 私の名前を呼びながら走ってくる人に恐怖を覚えて、カチーフの下で寝ていた耳がピンと立つ。

 こわっ!? 誰? だれー!!!!?


 走ってきた人は、目の前に来ると膝に手を付き、見上げる。

 

「ハァ、ハァ、ハァ。僕、ヴィヴィオラさん会いたかったです。ハァ、ハァ」

「あっ! ツトム、さん?」

「ハア! 覚えてくれてましたか!! やはり、あなたは他の人と違いますね。ハァ、ハァ」


 あの歓迎パーティー後、別館からいなくなった日本人3人のうちの1人でコンビニエンスストア・ラーソンの店員ツトムさんだ。

 ところで他の人と違うとは???


「ハァ、ハァ、ヴィヴィオラさんは日本人ですもんね、ハァ」


 んんん!?


「ハハッ、僕は気づいていましたよ。ハァ。はじめは確かに姿がちがったんで。ハァ。ちょっと、ハァ、パニックしていたこともあって。素っ気ない素振りをしていました、よね。ハハハ、ハァ、ハァ。その事は、謝ります、ハァ。僕が一番年上だからしっかりしないと、ハァ、いけなかったのに。でも、ハァ、実は気になって見ていたんですよ。ハァ。へ、変な意味じゃないですよ? いやぁ、僕の好きなピンク髪色のキャラクターみたいだし。ピンクは古からヒロインって決まっていて。あっ、ハァ~、最近は銀髪もですけど。ぼ、僕はピンク髪一筋ですよぁ。僕の好きなアニメはハァ、今はアニメの事はいいですよね。ハァ、ハァ。僕、気づいたんですよ。誰よりも早く。凄いでしょ。ハァ。僕はそう日本人って気づいたのはですね。ヴンン! ンン! ア‶ア‶ァン! ヴィヴィオラさんのパーカーの胸元にあるワンポイントの刺繍が〖ねこかわ〗だったでしょ。ねこかわのキャラクター〖茶の介〗でしょ。最近人気だったんで、すぐ日本人だって。で、ねこかわはOL層に人気って聞いてまして。その事を踏まえるとヴィヴィオラさんはOLなんですよね。年齢はそう25歳ぐらい。どうです。あってます? 25っていうのは僕の直感なんですけどね。あってるといいなぁ」


 てへへへって、頭を掻いている。

 

「「「「「「「「……?」」」」」」」」


 何しに来たんだとばかりに頭の上に???がついている。

 もちろん、ツトムさんの護衛さんも。

 日本人あってる、元年齢25歳あっている、OL……会社勤めあっているなぁ。

 我に戻った護衛さん達は、突然走られては困りますとツトムさんに言っている

 

「用件はなんですか?」


 神斗君が口火をきる。

 ちょっとツトムさんはムッとした顔をしたが、すぐにニヘラっと笑う。


「そんな堅苦しくしないでくださいよ。僕、ヴィヴィオラさんに良い提案持ってきたんですから」

「私に提案ですか?」


 目の前に迫ってきて、手をギュッと握られる。

 うわぁお!


「そうです。僕の聖者の〖従者〗になりませんか?」

「「「「「「「「じゅうしゃ!」」」」」」」」


 ツトムさん以外の全員が声にだした。

 勝手にそういうことを言っては駄目ですと護衛さんも困っているよ。

 ロング副団長がツトムさんの手をはがす。

 副団長の大きさに圧倒されたけど、負けずとツトムさんは続けた。


「よ、よ、良い提案でしょ。従者って言っても僕のお世話をするだけなんで大変なこともないですし。24時間近くで控えてもらうことになりますけど……僕は紳士ですし。危険な事はさせないようにできますよ、多分。今はおばさんがお世話してくれているんですけど、その人から引継ぎしてもらって。それに日本の事を話せる歳が近い人っていいと思うんですよ。魔人族に関しても聖者の従者ですよ。誰も手出しさせまんからあぁぁぁぁぁ、考えておいて下さいぃぃぃい。神殿宛てに手紙くださいぃぃぃい」


 行きますよと護衛に担がれて去っていくツトムさん。

 神殿騎士の一人は、私をみてため息つきながら「本気になされませんよう」ってさ。

 「しませんよ!」と私は叫んだ。

 ツトムさんは神殿の豪華な馬車に投げ入れられている。

 突然来て、突然去って。

 嵐のような出来事だった。

 彼らはさっきの行列の所で、炊き出しのお手伝いでもしていたのだろうか。

 広場でランチ休憩を取っている人が全員がこっちを見ている。

「一先ず、目立ってしまってるので動きましょう……」とランドルーさんが提案する。


「行かないよね?」


 神斗君は覗き込みながら聞いてくる。


「行かないよ! ツトムさんには思うところないけど、神殿はあのジャラジャラ神官長とあのステータス神官がいるでしょ? 絶対、嫌だ。……ロング副団長、こういう場合は断りの手紙だした方がよいですか?」


 ロング副団長は首を縦に振るし、みんなも同意する。

 

「そうよね。手紙かぁ、手紙なんていつぶりだろう。面倒だなぁ」

「確かに! メールですぐだからね。ちなみになんて書くの?」

「〖一人で寂しいかもだけど、頑張って! 他にいい子を見つけてね〗って書こうかと」

「「ん‶ん‶」」


 神斗君とジェイクさんは空をみる。


「なんで? だって、寂しいんじゃないかな。あんまり他の人と会えてないみたいだし? 私は神斗君がいるからさ」

「うーん、〖討伐に行かないといけないのでお互い頑張りましょう〗ぐらいにしません?」

「そう? じゃぁ、ジェイクさんの言葉そのまま書く。レターセット買いに行っていい?」


 次こそは、お金を使うチャンスだ。

 ツトムさんありがとう。

 きちんと手紙書いて送るね。


 ランドルーさんに文房具店に連れて行ってもらった。

 はじめに馬を預けた馬番屋の近くだ。

 羽ペンやインク、紙、レターセットと凄い数が置いてある。


「みんな手紙を書くんですか?」

「重要な時は必ず書きます。高位貴族になればなるほど、毎日1通は書きます」

「訪問、招待状、求婚、懇願。お貴族様は大変だよな」

「へぇ…、だからこんなに種類があるのか……」


 金の箔押しとかとても高い、本物の金箔なのかもね。

 ロング副団長が超シンプルなレターセットをグイグイと渡してくる。


「レターセットを時間かけて探すというのは、基本的に好意があると同意義なのです……」

「あなたの為に素敵なレターセットを用意しましたってなるのか」

「相手に見えないのにそんなお作法が……可愛いのとかがよかったのに」


 しぶしぶ、手渡されたシンプルなレターセットを手に取る。


「ヴィヴィオラ様、そんなこだわりたいあなたにはコレです」


 ジェイクさんは、連れて行ってくれたコーナーでジャンっと手を広げておどけてくれた。


「これは?」


 カラフルな蝋燭が沢山並んでいる。

 その隣にはスタンプの先、持ち手とバラバラに売っている。


「レターの封をするもので、貴族なら家紋とかですし、個人であればその人を表すものを押します」

「かわいいものがあるでしょう?」

「確かに可愛いかも! リーナさんと来たかったなぁ」


 結局選んだのは髪の色に近いピンクの蝋、とっても高かった。

 スタンプはティアラをかぶった猫ちゃんと桜のような花のデザインにした。

 しめて 968ギリア!!

 銀貨一枚を渡し手元に32ギリア、銅貨3枚鉄貨2枚返ってきたということは、家族4人の半月の食費代が消えた!


 次は、本屋に連れてきてもらった。

 今日一番の目的である、この世界、ケルンジリアの地図が欲しいんだよね。

 日本では、地図は本屋に売っていたからこちらでも本屋かなぁと思ったんだ。

 ドアを開けて本屋に入る。

 古本屋の様相だ。

 しっとりとした空気、匂い、図書館を思い出す。


「本は触ってもいいもの?」

「お嬢ちゃん、汚さなければいいんさね」


 カウンター越しのおばあさんが、手元にある本を修復しながら言ってくる。


「本は高価だからねぇ。大切に読み継いでいくんさね」


 ランドルーさんが「ん‶ん‶」咳払いする。

 よくよく見るとおばあさんの持っている本[ある検察官の秘め事:弁護官の追及は止まらない♡]って題名なんだけど……。

 それを読み継いでいくんだ……。

 

「あ~、この本かい? [ある検察官]シリーズ。人気過ぎて市場にでてこないんさね。これは取り置きさね」


 気になるかい? と言わんばかりに目くばせしてくる。

 いや……、そっちの趣味はまだ私には早いと思います。

 

「ちょうど、検察官はにいちゃん。後ろ向いているちょっと調子よさそうなのが弁護官のイメージピッタリだねぇ」


 や、や、やめて~。

 なんで当てはめるの! 聞きたくない。

 聞いちゃうと二人揃う度に浮かんじゃう、[ある検察官]シリーズを。

 ランドルーさんは手で顔を覆って天井を見ている。

 ジェイクさんは神斗君と話をしていて気づいていないけど。

 小さい店舗、天井近くまである棚にギッシリと本が入っている。

 丁寧に近くにあった本を開いて中を見てみると手書き、そりゃ高いはずだ。

 新しめの表紙本は、活版印刷っぽい。

 そういえば、応接室の本見てなかったな。


「地図とかありますか? 世界を知りたくて」

「地図ね。古地図ならあるさね。でも、新しいのが欲しいんだろう? それならば、冒険者ギルドで買えるさね」


 冒険者ギルドに地図、覚えた。

 

「ありがとうございます、またきますね」と店を後にした。

 関わる必要のないと言われた冒険者ギルドへどうやって行こうかな?

 

「ヴィヴィオラ様、もうそろそろ帰らないといけない時間です。地図は城にもありますのでお渡しできるようにお伝えします」


 ランドルーさんが懐中時計を見る。

 地図を買いに行くついでに冒険者ギルドの中を見たかったのに。

 あっ、お金なかったんだった……。

 あまり、城の人に世界を知ろうとしているのはバレたくないのだけど仕方がない。

 

「もう帰りの時間なのかぁ。地図はお願いしてもいいですか?」

「リーナさんに渡しておきます」


 帰る、また、馬かぁ……。

 馬に乗る訓練は必ず追加してもらわないと。

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