第14話 一糸纏わず
廊下から、少し小走りで近づいてくる足音。
神斗君の部屋の前で足音がピタッと止まった。
おおおぅ……、止まった……よ。
コンコンとドアがノックされる。
あわわわわわっ! やっぱり誰か来た!
ガチャッと入室の許可を得ずに誰かが入ってきたようだ。
え? プライバシー……。
一足遅かったら、やばかった。
こっちは準備万端、モジモジしていたが『時間がないよ』と言われ、指示されるまま私は寝たふりしている。
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
今から5分ほど前。
ううぅぅ、恥ずかしい……。
意を決して、キルトケットの中に滑りこみ、巻いていたバスタオルを外に追い出した。
「神斗君は中に入らないの?」
てっきり、横になって寝るとばかり思っていたんだけど。
ヘッドボードに寄りかかった神斗君が言った。
「俺は横でもたれて受け答えしますので、ヴィヴィオラさんは寝たふりしてください」
「ええぇ……、そんなの悪いよ」
神斗君の一言。
「でも、問い詰められますよ?」
問い詰められる? 嫌だーー! と大人しくなった私であった。
「ええぃ! もう、任せた!」
「任せてください」
私は、滑らかな素材のキルトケットを頭からかぶって、ピタリと座っている神斗君に寄り添った。
キルトケットの厚みがないので、神斗君の横に人がいるのが形でわかるだろう。
神斗君はピクッと小さく反応した。
「あ、ごめん。手が冷たいよね」
「い、いえ、大丈夫です」
指先が、熱をまったく帯びてない。
かなり緊張しているようだ。
この部屋にいたと偽装したのがバレた時、神斗君に迷惑かかるんじゃぁ……
神斗君は大丈夫って言うけど、今更ながら不安が押し寄せてきた。
出来れば、探しに来ませんように
ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー・ー
残念ながら、探しに来ちゃったか。
まだ、探し物が私とは限らない!
絨毯に音が吸収されているが、軽めの足音とのしのしと重めな多数の足音が聞こえる。
足音の数からすると5人ぐらいだろうか。
一人は女性、あとは男性ーー騎士かな?
部屋の中ほどまでに入ってきたみたいだ。
キルトケットを頭からかぶっているので、どんな状況かわからない。
「失礼します、神斗様」
この声は、メイド長さん!
何をみんなで探しているんですか?
違いますよね? 私じゃないですよね?
「……物々しいですね」
「何かおかわりはございませんか?」
「……いや、別にないですけど。騒がしいねって話はしていましたね。ヴィヴィオラと」
空気がざわついた。
神斗君が私の名前を出したこと、そして、神斗君の隣に誰かが寝ていることに気が付いたからだろう。
神斗君はそう言うと、ヴィヴィオラがここにいるとアピールするように私の頭を撫で始めた。
突然撫でるのでビクっとしたが次第に落ち着いてきた……。
猫だからなのか?
やだ、尻尾が意に反して動こうとする。
猫だからなのか?
あかん、リラックスしちゃう。
猫だからなのか?
「……! あっこれは失礼しました……そちらにいらしゃいますのはヴィヴィオラ様でしょうか?」
「ヴィヴィオラは寝ています。どうかしましたか?」
「いえ、あっ、少しヴィヴィオラ様を確認してもよろしいでしょうか?」
「確認ですか? 何でかわかりませんけど……どうぞ。でも、起こさないでくださいね」
神斗君はキルトケットをめくり、私の頭をだした。
ピアスが監視装置なら、私がここにいる今、ピアスの有無を確認するだろうと踏んだから……神斗君がそう言ってたから。
今、メイド長さんはベッドに近づいて私を凝視しているんだろうな。
実際は顔を片腕で隠し、さらに目をつぶっているからわからないけど。
人が近づいているのはわかる。
想像通りに事が運ぶって凄いね。
私の仕事は、完璧な寝てる振りをすること。
心を無に無に無にーー、呼吸を一定に。
「いたか?」
「ヴィヴィオラ様でした。寝ていらっしゃいます」
他の人と相談をしているみたい。
相談先の人は男性だね。
メイド長さんの2日前の訪問は、やはり狼脱走問題で来たわけではなかったんだ。
信じたかった、監視でなく本当に狼が脱走した事件を。
いや、狼も困るけどさ。
「壊れているのか?」
「先ほど、反応が戻ってからは正常でございます」
「フム、問題ないのであれば……。しかし、2回目か。明日新しいものと交換するように。…………それにしても勇者殿は好き者だな」
「魔人族でなければ、素晴らしい身体ですからね。いやー、残念ですよ」
ええ、そうでしょう、そうでしょう。
神絵師であるイラストレーターさんのイラストが元ですからね。
私の身体が素晴らしいのは認めるよ!
維持は、これからの私にかかってるのかもだけどね!
今となっては、奇をてらったエイリアンとか食物のアバターでなくてよかった。
多分、その場合召喚されたその場で始末されたんじゃないかな……。
想像するとブルっと身体が震えた。
あ、駄目駄目。
寝たふりしなきゃ。
やはりピアスが監視装置なのか……。
聞こえるぐらいの声でしゃべっているので、私達は何もわかってないと思っているんだろうな。
「神斗様、お身体を拭くタオルをご用意いたしますね」
「大丈夫です。疲れて寝てしまったヴィヴィオラを起こしたくないので。起きたときに浴室から借りますよ。」
どこまでも優しい甘い声でいう。
ぐわぁーー。聞いている方がハズイ。死にそう。
プルプルと震えだす私。
撫でる手がぐっと力強くなった。
あっ、痛い、痛い、ごめん、ごめん、ごめん、頭鷲掴みはやめて。
「俺も明日の為に寝るんで」
遠回しに早く帰れと促す、神斗君。
メイド長さんは、脱ぎ散らかした服や下着を拾い、ソファに置いてくれたみたい。
ごめん、無駄に広範囲に脱ぎ散らかしたんだ。
あれ?
もしかして、考えてみると他の男性に私の散らばった下着を見られてるんじゃぁ!?
いや、それ以上に偽装だけど、二人で、ふたりで、フタリで! 何かをしていた、この状況の方が恥ずかしいじゃん。
あ~~~~! 若い子を誑かした獣になっちゃった!!
「……承知しました。では何かございましたら、ベルでご用命くださいませ」
男性と何やら話をして、ではごゆっくりと言い部屋から出て行った。
暫し、沈黙が続く。
沈黙体感10分。
実際3分。
過ぎたところで神斗君の腰骨に当てていた手をパッと離す、が。
「もう少しだけこのままでいましょう」
小声でささやかれた。
まだ、外に誰かいる気配がするのかな。
「あっ、はい……」
ビーストの耳を信じて、集中して聞き耳してみる。
確かに誰かがヒソヒソと話をしている。
もう、早く戻ってよ!
この状況での部屋の沈黙が耐えられない。
確かに言い訳とかしなくて楽だったけど、時間がたてばたつほどこれは恥ずかしい。
裸の男女が……神斗君は、その~、素っ裸になる必要なくない?
「これは、そう筋肉。筋肉を触っているだけ」
「ンククッ、ヴィヴィオラさん、筋肉が好きなんですか?」
「ま、まぁね。無いものねだりっていうか。逞しさにーーーじゃなくて、よくこんな方法考えたね。お姉さんびっくりだよ」
「アハッ、よっぽどでなければこの状況をみて問い詰めるなんて無粋な真似しませんよ」
「まぁ、そうよね……」
「召喚者同士、交際してはいけないなんて、言われてないからイケルと思って」
ニカッと笑う。
やはり、今どきの高校生は逞しいね。
「この状況でも空気読めない人だったら、地獄だね。このままベッドから引きずり出されるんでしょ?」
「でも、裸だからさ。さほど、問い詰めることはしないんじゃない? そしたら、ヴィヴィオラさんが隠したいことは守れるでしょ?」
「まぁ、別の何かを失うけどね。いや、もうちょっと失ってるわ」
流石に噂が広まるってことないよね? 二人は付き合っているとかさ……。
なんか一人、軽薄そうなやつがいたな。
男性の声で『魔人族でなければ、素晴らしい身体ですからね。いやー、残念ですよ』って言っていた人。
「あのミカさんとかマナミさんとか、今日の事聞いたら……」
「アハハハハハ、ミカとマナミですか? うーん、そうですね……ミカは幼馴染ですが、ミカと一緒にいたのは母さんの為なんです。ですから、別に問題ないですよ」
「あぁ、そうなの? 問題ないならよかった! よかった?」
それは、そうと実際どうだったのだろう。
やっぱり、ピアスが監視装置だったのだろうか。
「ピアス見てた?」
「見てましたね。何も言わなかったことを考えるとちょっとした不具合と思ったんじゃないかな。明日、ピアスを交換するって言っていたし」
「そっか。神斗君はピアス開けてないよね? 何か貰った?」
多分、これですねと手首のバングルを見せてくれた。
細身のシルバーのバングル、こちらにも私のピアスと同じ赤い石が埋め込まれている。
外してもらったバングルを眺めるが、やはり何もわからない。
この宝石・魔石かわからない石に魔法がかけてあるのかな?
魔法ってよくわからないや。
「神斗君は、これがなんで監視装置と思ったの?」
「うーん、そうですね。訓練で少し魔力の流れがわかるようになったからですかね」
「魔力の流れかぁ。訓練進んでるんだね。これ、ありがと……。逃げるとか思ってるのかな?」
どうなんでしょうねと神斗君は笑って、バングルをはめ直した。
召喚された5人、それぞれ監視のアクセサリーがついていると思っていいだろうね。
「そうだ、こんな状況なんだけど、私日本人なんだって伝えておくね」
「えぇぇ? ……そうなんですか? なんか猫耳はえてますけど」
神斗君は困惑しながらも私の猫耳を優しく触る、くすぐったい。
猫が好きなのかな?
「本物ですね、耳。ま、魔人族でしたっけ?」
「ホレホレ、尻尾も本物だぞ」
キルトケットから尻尾だけを出し、フリフリしてみせる。
「触ってーー」
「神斗君、ラーソン99周年記念覚えてる? あの場所、コンビニエンスストアにいたでしょ。私、ミカさんとぶつかって神斗君に起こしてもらった人だよ。あっ、魔人族って人族以外を指しているみたいだよ」
「あぁ、思い出しました。あの人がヴィヴィオラさん……。ミカがすみませんでした……」
彼女の代わりにまた謝るとは良い子だね、神斗君。
尻尾に目が釘付けだけど、これは猫好きか動物好きか。
「突然この姿になっていたの」
突然この姿になった、間違ったことは言っていない。
私は「しょうがないにゃー」と猫らしく言って、尻尾を触らせてあげた。
すぐさま神斗君が尻尾を優しく包み撫でる。
この人猫好きだ。
「突然? 姿が魔人族に? 何かきっかけとかなかったんです?」
「きっかけかぁ…………、神斗君はコンビニエンスストアからここに来るまでに覚えていることってある?」
「そうですねぇ? うーん、凄い風で気が付いたら地下のあの場所にみんなと立っていた感じですね」
フム、まったく何も覚えていないということはわかった。
私がこの姿になったきっかけは、虎さまが関係しているだろう事はわかるけど、あのジョブを選んだ時間を覚えていないと思うので詳しく伝えるのは今はやめた。
「私、召喚される前に神様のような人にあったんだ。多分、そこで何かあったんだと思う」
虎さまが私をコネコネしてたなぁ。
今考えると、あの時に作り変えていたのかな。
「私は、いずれこの国から逃げるつもりだよ」
騒ぎの理由も知らないのに助けてくれた恩人の神斗君を、黙ってこの国に残していくのは気が引けて「神斗君はどうする?」とさらに聞いてみる。
「そんなことカミングアウトしてよかったんですか?」
「いずれ……だからね」
「そうですね、いずれですね。その時は一緒に行きましょう」
神斗君の目に少し光が灯った気がした。
「でも、私といても役に立たないというか足手まといだと思うよ?」
「役割分担すればいいんですよ」
「私の分担って何よ。ホラ言え!」
こちょこちょと脇腹をくすぐる。
神斗君は「やめてくださいよー! あはは! ーー癒し担当とか??」と笑う。
一緒に逃げてくれる仲間が見つかってよかったと心から思う。
やっぱり、異世界で独りぼっち旅は寂しかったもん。
「神様のような人がね。自由に生きていいってさ。子供もできない身体みたいだし。幸せな家庭っていうのは無理っぽいから、旅で楽しく自由に生きるのが今の目標かな?」
「自由に! いいですね。でも……子供ができないんですか? ……え、なんていうか、大丈夫です?」
「大丈夫っていうか、どうにもならないしね。まぁ、なんとかなるでしょ!」
それから1時間後、そそくさとお互い寝間着を着、私は部屋に戻って自分のベッドで寝た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます