えぴそーど9

昭光様は直ぐに帰って来た。


(そんなに早く帰ってこなくてもいいのに…)


花姫はこれから起きることへの覚悟が出来ていなかった。

処女である彼女は、『あなたは100日後に結婚します』と予告されていたのならば覚悟は出来たであろう。

しかし実際は(元々いた花姫は勿論、予告されていたが…)、何の予告もなしに起きた出来事である。

処女どころか、男性と近距離にいることすらままならないのに、これからどうするれば良いのか、花姫には見当もつかなかった。


「待たせたな。」

「いえ、とんでもございません。私はいつまでも待ちますよ。」


(と言うか、いつまでもこの時が来ないで欲しかった。)


「お花。」

「…はい。」


昭光様は花姫の名を読んで、一呼吸おいてからまた口を開いた。


「お花、部屋の端っこに何か落ちておるのか?」

「へっ⁉いえ、何も…ないですが…。えっとえっと」

「ならば、こちらに来なさい。君も風呂上がりだ。そんな薄い格好で布団にも入らずにいたら冷えてしまう。」

「いえ、でも…、えっと、でも、あの…」

「ふっ」


出会ってから数日の間では見ることがなかった花姫の狼狽ぶりに、昭光様は思わず面白くなってしまった。

そして、この状況に困り果てている花姫を愛おしく思った。


(何て、可愛らしいのだ…)


結婚前に昭光が立てていた予定では、結婚初夜に花姫の全てを自分の物にするはずであった。

しかし花姫の可愛らしく狼狽する姿を前に、昭光は予定を変更せざるを得なかった。

花姫と昭光がこれから共にする夜はいくつも巡ってくる。

それならば焦って今夜、事を行う必要など一切ない。

このお花はゆっくりじっくりと、優しく育て上げる必要があるのである。


(愛らしい花を美しい華に育て上げるには、大切に大切に触れる必要がある。)


花姫はゆっくりと、そっと近付いてくる昭光様を傍目に狼狽している。

そんな花姫を昭光様は温かな目で見つめている。

昭光様が近付いて行けば行く程、花姫の身体の震えは大きくなっていった。


「お花。大丈夫。」


昭光様は花姫に近付き、彼女が怖がらないようにそっとその背中を抱きしめた。

これは、昭光様の花姫への見極めでもあった。

ここで花姫が昭光様を払いのけるようなことをしなければ、この先可能性がある。

そうでなければ、この結婚は花姫の為に終わりにしようと言うことである。

花姫は怯えてはいるものの、昭光様を払いのけようとはしなかった。

昭光様はまた、花姫を抱きしめながら、頭を優しくなでながら言った。


「大丈夫、君が恐れていることは今夜は起きない。今夜は一緒に寝るだけ。ただそれだけだ。」

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