第7話

邸宅の中は実に広い。

外観からもかなり広そうに見えたが、実際に中へ入って紹介されるとそれは私の想像など追いつかないものであった。

平安の名に恥じぬような豪華な日本庭園、和風形式の建物ではあるが、部屋の配置や庭の形は実に単純なものであった。

邸宅の正面真ん中に玄関があり、玄関を入ると広間になっている(つまりはとても大きな玄関みたいな…)。

広間は横と縦の廊下に続いている。

邸宅の正面側にある部屋は左から、使用人の部屋、客間、広間、客間、台所である。

そこから廊下を隔て、一番左側の部屋の列は5つあり、どれも使用人用の部屋である。

使用人達の部屋の外に廊下があり、その向かい側は昭光の弟の天光の部屋、廊下、稽古部屋、廊下、稽古部屋と並んでいる。

邸宅の正面から見て右側はどこも基本的に広く使われており、一番奥に主人室がある。

その隣に私の部屋と、その手前に物置部屋、廊下を隔てた先に風呂・便所、食事処がある。


しかし、廊下が沢山あるせいか、とても迷子になりやすい。

なんとか、主人室の場所は覚えることが出来たので迷子になる度に、昭光様の元へ行くことになってしまった。


「昭光様…。」

「ん?」


邸宅に着いて、私に邸内を案内した後、昭光様は主人室にこもって忙しそうにしていた。

忙しそうな昭光様のお手を煩わせるのはとても気まずいことなのだが、他に頼れる人がいないので、結局昭光様頼りになってしまう。

何やら書類か何かを漁っている様子であったが、私がそっと話しかけると昭光様は直ぐに顔を上げてくれた。


「どうした?」

「実は、少し前から喉が渇いてしまって、台所へ行きたいのですが場所が分からず。」

「ああ、この家は広いからな。ついてくると良い。もう少しでお夕食の時間だろう。食事室に行こう。」

「ありがとうございます。」


食事もまた豪勢であった。


「前はカップ麺ばかりだったのに…」

「カップ…、なに?」

「え、私何か言いましたか?」

「ああ、何か言ったけど、よく聞き取れなかった。もう一度聞いても良いか?」

「いえいえ、自分でも分からないので…」

「そうか…」


自分自身、一体何を言ったのかよく分からなかった。

『カップ麺』と言った気がするが、それが一体何なのか分からない。

それは一旦置いておいて、食事は豪勢であった。

5つくらい食器があり、2つの小鉢にはそれぞれお漬物と海藻の何かが盛り付けてあった。

1つは味噌汁、1つは白米、最後の1つには大きなとんかつと千切りにした葉野菜が盛り付けてあった。

余りにも温かな光景、余りにも美味しそうな食卓、余りにも美しい盛り付け方、余りにも…。

気付いた時には既に時遅し。


「お花?」

「…ごめんなさい。」

「あらあら。」


私は涙を流していた。

ここで「目から汗」などと苦し紛れの滑稽な言い訳も出来なくはないが、それこそ恥なので、素直になろう。

私は感動の余り、涙を流している。

この食卓の温かみが不安な私の胸を温めていく。


「私ずっと不安で。もしかしたら、知らない地で、知らない人しかいないのにその辺に放り出されたりはしないかと…」

「そんなことしないよ。私は君のことが気に入ったから、君を嫁に迎えたのだよ。」

「…ごめんなさい。」

「さぁさぁ、もう謝らないで下さいな。花姫様。」

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