第5話

人力車で3日。

海崎邸にここまでかかった時間である。

3日以上もかかることも驚きポイントではあるが、何としても人力車。

皆の服装と言い、邸宅の建築技術と言い、一体今はいつなのだろうか。

最初はそういう地域なのだろうと思っていたのだが、話し方も少しずれているしこの建物の少なさは異常である。

小さな町があったとしても直ぐに街を通り過ぎ、また山や森や林の中に入る。

しかし私には記憶がないが、記憶がない以外には何の問題もなく目を覚ましている。

周囲の人達の言動など見ても特に異常な点はない。

このまま普通に隣に座っている昭光様に質問などしたら、おかしな子だと思われてしまうかもしれない。

この世界に居場所がないどころか、この状況についていけていないのだから追い出されて文無しになったら、どうしようもない。

生きていけない。

どうしようかと考えに耽っていると、昭光様が唐突に口を開いた。


「覚えているかな…。」

「ふぇっ。」


突然声を出したので、思わず変な声を出してしまった。

あー、びっくりした…。


「ごめんなさい。な、な、な、何でしょうか。」

「ごめんごめん、そんなに慌てなくて大丈夫だよ。」

「…はい。」

「覚えているかい。前にもこの道を通ったことがあるんだよ。」

「ここは…」

「ん?」

「ごめんなさい。分からないです。」

「そうか…」


少し気まずい空気が流れた。

それは確実に私のせいである。

質問した張本人である昭光様がそう思っていなかったとしても、確実に私のせいなのである。

恐らく、私に記憶が残っていれば、こうはならなかった。

これは、やはり本当のことを話さなければ罪悪感が残る…。


「あ、あの…、お話しておかなければならないことがあります。」

「どうしたの。何かな。」

「実は私。3日前に朝起きる以前の記憶がないのです…。」

「記憶がないか…。なるほど。」


昭光様は突然の告白にもあまり驚きを見せなかった。

しかし少しショックを受けたような表情を隠しきれていなかった。


「君は、私のことが嫌いだったかな。」

「違います。それはないです。昭光様のお隣に座って、こんなにも距離が近くても嫌な感じがしないので、それは絶対にないです。断固としてないです。しかしながら、私にもよく分からないのですが、何一つ覚えていないのです。」

「…」


ややあって、昭光様はまた口を開いた。


「怖かったな。君は、元の邸宅に戻りたいか。」

「いえいえ、滅相もないです。この状況はちょっと把握しきれていませんが、このままで大丈夫です。」

「まぁ、ちょっとおかしいと思っていたのだよ。以前の君は、お転婆と言うか、大層賑やかで人力車になど乗ったら大はしゃぎ。今の君のように落ち着いてなどいなかったからね。そうかそうか…。」

「私について、この状況について教えて頂けますでしょうか。全て知りたくて…。」

「良いよ、良いよ。まだちょっとあるから、お話ししようじゃないか。」

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