第4話

橋から落ちる途中で気を失ったのだろう。

気付いて目を開けると知らないところにいた。

知らない天井、現実では見たこともない。

年季の入った、それは有名な日本の世界遺産とかで見ることができるような木造建築のそれである。

時代劇などでよく観られるようなその天井は、今私の目の中にある。


「ここは一体…」

「姫様。やっと起きたのですか。もうすぐ支度をしないと遅刻ですよ。」

「…」


40歳くらいの重そうな着物の男性が突然目の前に現れた。

彼は私を『姫様』と呼び、『支度をするように』と私を促した。

ここが一体どこなのか分からないのに、私は私が誰なのかも分からないし、この男性が誰なのかも分からない。

言葉の意味は分かるのに、状況を理解することが出来ない。


「えっと、ここはどこで、私は誰で、あなたは誰で、この状況は何なのですか。」

「おっと、花姫様。お冗談がお上手なのだから。でもそんな暇はないですよ。今日からはその相手はしてあげられないのですから。直ぐに侍女が来ます。さっさと顔を洗って待っていて下さいな。」


どうやら、突然現れた着物のおじさんには冗談だと思われてしまったらしい。

これでは、状況的情報が何も得られない。

しかし得られた情報が全くないわけではない。

私は『姫様』であり、『高価な衣』を身に着けていると言うこと。

そして、これから何らかのイベントが発生するということである。

全く知らないこの建物のどこに洗顔できるものがあるのか分からないので、迷子になっても嫌だしその場を動くことが出来ない。

どうすれば良いのか分からないでいると、バタバタと3人程の着物の女性が入って来た。


「あらあら姫様ったら、まだ何の支度もしていらっしゃらないのですか。」

「顔も洗わないで…」

「お布団の中だなんて…」

「さぁさぁ、起き上がって、取り敢えず顔を拭きましょう。」

「えっと…、あの…」


間髪入れずに、3人の侍女とやらに支度を進められ、何も聞くことが出来ないままに、ことは終わってしまった。

私は侍女達に身を任せることしかできず、化粧も着替えも全て侍女達が行った。

侍女達は何もしない、と言うか出来ない私を不思議がらずに自分の持ち場の作業を進めて行った。

どうやら侍女達にとっての私は、これが『普通』なのらしい。


「では姫様。昨晩の内に荷物はまとめましたね。」

「ええ、ええ、ちゃんと出来ていますね。」

「これはちゃんと出来ているのですね。」

「珍しい、どうせ出来ていないと思っていましたよ。」

「それではもう、お迎えが来ているのですから。」

「向かわないと、向かわないと。」

「さぁさぁ、行きますよ姫様。」


それから、侍女達に半ば強制的に連れてこられたのは建物の玄関と思わしき場所。

私の手にはいつの間にか、何かがパンパンに詰め込まれている風呂敷が持たされていた。

玄関には気の良さそうな、青年と周りに30代から40代くらいのおじ様方がいた。

それに隠れるように、小柄な女性が一人だけ。

女性は静かに前へ出てくると言った。


「花姫様。これから世話役になる、菊と申します。」

「花姫…」

「姫様、しっかりして下さいな。」

「あ、はいっ。…宜しくお願いします。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る