第2話

平安の世は美しいと、どこかの未来では言われるのでしょうか。

私から見える平安の世は、昔々の弥生や古墳の時代の方が余程綺麗に見えるものでしょう。

しかしその世に生きていたのならば、結局はそれ以前の石器や縄文の時代が良く見えるのでしょう。

私は巷では『耳島の花姫』と呼ばれていて、『5世紀も現れない美人』との異名もあるらしいのです。

そして、私を娶りたいと言っている隣国の領主様がおられるとのこと。

その名を海崎の昭光と言うらしいのです。

彼は若干20歳にして、その父の死を経て領主になったのです。

この世界のこの国の情勢など毛頭理解に及ばないのですが、彼の国は彼が領主になっても平和が保たれていると言われているのでしょう。


「姫様!姫様!」

「…」


この目付け役のお仁さんは私を叱る時には大きな声で『姫様!』と呼ぶ。

面倒臭いのが分かっているので、少しの間聴こえていないフリをするとしましょう。


「は・な・ひ・め・さ・ま!」

「…、もう。何なのでしょう!」

「全く。また一人で街へ出て行きましたね!」

「良いじゃないのよ。もう私も子供ではないのですよ。」

「子供か否かの問題ではないのですよ。姫様はこの国の『姫』でこの世の要人なのですよ。そんなお方がたったお一人で誰の護衛をなしにお出かけになられるとどんなことが起こるのか、子供でもあるまいに分からなくないでのすよね!」

「はいはい、分かっています。今度からは誰かを呼びますから。」


そうなのです。

私は和の国の北に位置する興の国のお嬢様、つまりはお姫様なのです。

母上や父上は私を姫として育て上げ、私が成人し立派なお姫様になった暁には隣国のどこかの国へ嫁がせたいと思っているのです。

それが一族の仕来りであり、この世のお決まり事なのです。

しかし私自身は大和撫子のように振る舞うことなど出来ないのです。

母上は私に女性が美しく見える振る舞いを教え、琴を美しく弾けるように稽古させ、父上は私が邸を走り回っていると叱りました。

それでも私はお淑やかに琴を弾いたり、髪を伸ばして化粧をするよりも、泥にまみれて外を駆ける方が好きなのです。


お目付け役のお仁さんの気持ちも、母上や父上の気持ちも分からなくはないのです。

本当は、大和撫子のように落ち着いた雰囲気の、美しい大人の女性を演じるべきなのでしょう。

しかしお食事の時には余りにもその場が静かすぎて、空気を茶化したくなってしまうのです。

誰かが真剣な顔をしているのを見ると、なぜだか面白くなってしまうのです。

純白の布があったのならば、そこに墨を垂らしてやりたくなるのです。


「ああ、なぜでしょうか。私はもっと自由になりたいのです…」

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