第14話 危機一髪
水のドラゴンの子にあの場を任せ、俺とルキアは屋上駐車場に向かった。
ルキアからは同行を反対された。女性が拘束されている場所には爆弾が仕掛けられており、危険を伴う状況であるからだ。
ドラゴンのルキアは身を守れるが、ただの人間の俺が爆発を受ければ、どうなるかなど考えるまでもない。
それでも、人の命が危険に晒されていると知って、黙って待ってなんかいられなくて……連れて行ってもらった。
捜索をするなら、人数は多いほうがいい。
そう諭したら、ルキアは承諾してくれたのだ。
「もし妙な物を見つけたら、絶対に触らないで、すぐ私を呼んで!」
羽交い絞めにするようにルキアは俺の身を抱え、飛んでいた。
ふたりで屋上駐車場に向かうには、これが最善かつ最短の方法だった。
「ああ、分かってる!」
ものの数秒で、屋上駐車場が見渡せる高度まで上昇する。
屋上駐車場に降り立った俺は周囲を見渡し、貯水タンクを探した。
「三つか……!」
ペントハウスに消火栓、フェンスで囲われた電気系統の設備が目に入るが、その中でも給水タンクは大型の設備であるため、よく目立っていた。
通行の妨げになるからなのか、それとも他に理由でもあるからなのかは分からない。しかしどれも駐車場の端に位置する場所に敷設されており、全部を調べて回るには手間が掛かりそうだ。
給水タンクの裏に女性を捕らえたと言っていたが、三つあるうちのどの給水タンクなのかは聞いていない。一刻も早く女性を助けなければならないこの状況で、戻って問いただしている時間はなかった。
つまり、三つの貯水タンク周辺を順に調べていくしかないのだ。
「二手に分かれましょう、私はあれ、あんたはあっちの給水タンクを調べて!」
俺が考えていた方法を先読みしたように、ルキアは言った。その背中には、ドラゴンの翼が出現したままだった。
「分かった!」
駆け出そうとした俺を、ルキアが引き留める。
「さっき言ったこと、忘れてないわね? もし妙な物を見つけても……」
「絶対に触らないで、すぐにお前のことを呼ぶ、だろ?」
ルキアが頷いた。
翼を羽ばたかせて飛び上がり、彼女は給水タンクのひとつへと向かっていく。それを確認して、俺も別の給水タンクへと走り寄った。
爆弾の場所も、どれほどの猶予があるのかも分からない今、ルキアと別行動を取るのは賢明ではないように思われた。そもそも、女性を拘束したというのが俺達を嵌めるための偽情報である可能もあるだろう。だが少なくとも、人の命が危険に晒されているかもしれない状況で、尻込みしている気はなかった。
間に合ってくれ……! そう思いつつ給水タンクへ駆け寄り、そして俺はすぐに見つけた。
円筒状のタンクの陰から、何かが覗いていたのだ。
カーキ色のタフタマキシスカートに、ベージュのバブーシュ……女性だ! 幸運にも、最初に調べた給水タンクが当たりだったのだ。
俺はすぐに振り返って、ルキアを呼んだ。
「ルキア!」
思い切り声を張り上げて、手を振って合図を送る。
離れた場所にいたけれど、ルキアは反応してくれた。彼女がこちらへ向かうのを確認した俺は、女性に駆け寄った。
三十代半ばくらいに見える彼女は、足首と両手首を縛られて拘束され、声を出せないように猿轡までされていた。こちらを向いて「んんっ、んんっ!」と声を発しており、見たところ怪我はないようだ。
あの岩石ドラゴンの仕業と見て間違いなかった。
動機は知らないが、ひでえことをしやがる……! とにかく拘束を解いてあげようと、女性の手首に手を伸ばそうとした、その時だった。
近くに落ちていたその物体に気づき、俺は息をのんだ。
「っ!」
石……というよりは、コンクリートを強引に削り取った物に見えた。
だが、単なるコンクリの欠片ではないのは一目瞭然だった。それがオレンジ色の光を放ち、点滅していたからだ。
何だこりゃ、と一瞬思った。だが、俺はすぐにこの事件を構成する事柄を思い返し、これが何なのかを悟った。
岩石ドラゴンが引き起こした無差別爆破事件、あいつの爆弾で女性を吹き飛ばすという発言、そして彼女の近くに落ちていた、この得体の知れないコンクリート片。
恐らく、というか確実に……これは爆弾だった。
「どうしたの……ってあんた、それ爆弾よ!」
俺が手にしたこれを見るなり、ルキアが目を見張って叫んだ。
状況から考えて、これが爆弾であることは明白だったが、彼女の発言で確定事項となった。
コンクリート片が放つオレンジの光、その点滅の間隔が徐々に短くなっていく。どう考えても、爆発へのカウントダウンが迫っていることの証だった。
「何やってんのよ、変な物を見つけても触るなって言ったでしょ!」
「んなこと言ってる場合か、とにかくこれ何とかしないと……!」
まず考え付いたのが、爆弾をこの屋上駐車場のどこかに捨てて逃げるという選択肢だった。しかし、それは早々に却下した。そんなことをすれば、ここが崩れ落ちてスーパーの中にまで被害が及びかねない。店員によって避難誘導が行われたとはいえ、まだ店内に人が残っている可能性はゼロではない。
ならば、どうすればいいか……爆発の恐怖と焦燥感で頭がおかしくなりそうだったが、いいアイデアが思い浮かんだ。
そうだ、この方法ならば被害は出ないだろうし、いつ爆発するかも分からない爆弾を安全かつ確実に処理できる。
しかしもちろん、成功すればの話だ。
「ルキア!」
再び俺は、彼女を呼んだ。
そして空を指差す。焦りのせいで、考え付いた策をルキアに説明することすらできなかった。
「なるほど、分かった!」
最初こそ怪訝な表情を浮かべていたが、ルキアは俺の意図を理解してくれたようだった。
俺は大きく振りかぶり、そして全身の力を込めて、オレンジ色の光を放ち続けるコンクリート片を空に向けて放り投げた。
もうじき爆発するという確信があったのであれば、それだけで十分だっただろう。しかし、いつ爆発するかなどもちろん分からない。爆弾を空に投げても、結局爆発せず落ちてきてしまったら何の意味もない。
だから俺は、ルキアの力を借りることにしたのだ。
「よし、伏せて!」
ルキアは、俺が空に向けて放ったコンクリート片を見上げながら、思い切り息を吸い込んだ。
彼女の指示に従い、俺はその場にしゃがみ込む。
次の瞬間、ルキアは炎を吐き出した。
火災現場で俺と女の子を崩れる天井から救ってくれた時のように、ドラゴンである彼女は人間の姿でいる時も炎が吐ける。
オレンジ色のそれが、コンクリートの欠片を包み込んだ次の瞬間――空を覆い尽くさんばかりの、大きな爆発が起きた。
「うっ!」
衝撃波と熱気が伝わってきて、俺は思わず頭を抱え込んだ。
どうにか間に合ったようだ。ルキアの炎の熱で誘爆させること、それが土壇場で考え付いた、爆弾を安全に処理する方法だった。
成功するかどうかは賭けだった。それなりに大きさのあるコンクリート片をかなりの高さまで放り投げなければならなかったし、もし熱で誘爆できなかったら、万事休すだっただろう。
とりあえず安堵したが、まだ終わりではなかった。
「ちょっと、怪我はない?」
「大丈夫さ、それより早く、あの女の人を……!」
爆弾の処理以上に、拘束された女性を助けることが重要だった。
俺達は改めて、彼女に駆け寄った。
「んんんっ、んんっ!」
もう爆発の心配はない、それなのに彼女は、焦るような声を発し続けていた。
言いたいことがあるらしい。ルキアもそう感じたらしく、手足の拘束を解く前に、猿轡を外しにかかった。
「ちょっと待って、今外すから……」
彼女の後頭部で縛られていた猿轡を、ルキアが解いた。
すると間髪入れず、女性が叫んだ。
「娘も助けて、あの車の中に閉じ込められて……! 近くに爆弾が仕掛けられているの!」
俺もルキアも、弾かれるように振り返った。
気を抜いている余裕などなかった。ここにはあの女性の他にも人質がいて、爆弾もまだ仕掛けられていたのだ。
女性の視線の先には、一台の車が停まっていた。窓ガラス越しに、ひとりの女の子の姿が見えた。女性と同様に猿轡をされて、手足も拘束されているようだ。
その子はこちらを向いていた。猿轡ではっきりとは見えないが、その表情には恐怖が浮かんでいて、『助けて!』という声が今にも聞こえてきそうだった。
さらにタイヤの陰からオレンジ色の光が覗いていて、そこにも爆弾が仕掛けられていることを示していた。
ほんの数秒前までの安心感は、もう消え失せていた。
「くっ!」
俺とルキアが駆け寄ろうとした、その時だった。
爆弾が爆発し、轟音と衝撃波に俺もルキアも目を背ける。
威力は、車を直接吹き飛ばすほどではなかった。それでも無意味なはずはなく、屋上駐車場の端が破壊され、女の子の乗った車がぐらりとバランスを崩し、後方に傾いていく。
爆発で殺害するのではなく、ここを崩落させ、車もろとも女の子を転落させることが狙いだったのだ。
「っ、まずい!」
やがて重力に従い、車は落下していった。
成す術などなく、俺は窓ガラス越しに見える女の子を、あの子の恐怖と絶望に染まった表情を見つめていることしかできなかった――。
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