第12話 怒りの鉄拳


「死ねえ!」


 岩石ドラゴンは飛翔し、上空からルキア目掛けて突っ込んできた。

 重厚な外観からは想像もつかないほどに身軽で、そして俊敏であり……その姿はさながら、猛スピードで襲い来る戦闘機だった。

 速度と重量を備えた、空中からの急襲。喰らえば命などないのは明らかだった。

 しかし、ルキアは恐れなかった。その毅然とした面持ちを崩さないまま、彼女はただ横へと飛び退いた。

 わずか数秒後、彼女が立っていた位置に岩石ドラゴンが突っ込む。

 轟音とともに砂埃が舞い上がり、地震が起きたように周囲に振動が走り抜けた。


「すばしっこい奴が……!」


 岩石ドラゴンが繰り出した攻撃は、その見た目に違わぬ威力だった。しかし、所詮はただの体当たりだ。どれほどの威力を伴っていようとも、当たらなければ所詮意味はない。

 舞い上がった砂埃に視界が遮られ、彼はルキアを見失っていた。

 しかしルキアからは、敵の姿がはっきりと視認できる。というのも相手はドラゴンに変身しているから、視界が不明瞭な状況でもよく目立つのだ。

 身を隠しやすいこと。それは、人の姿で戦うことの利点だった。


「どこに消えた……?」


 岩石ドラゴンが周囲を見渡していた。自身の攻撃が仇となり、標的を見失ったのだ。

 ルキアは機を逃さず、不意を突いて反撃に出た。

 ダラダラと戦い続ける気など最初からなく、彼女はすぐに勝負を決めるつもりでいた。


「どっちを見てんのよ!」


 砂埃を打ち払う勢いで、ルキアは後方から岩石ドラゴンに急接近した。

 岩石ドラゴンが彼女に気づき、鋭利に発達した爪を振りかざして迎撃する。しかし、ルキアは自身の身長の何倍もの高さの位置まで跳躍し、それを回避した。

 続けざまに繰り出される攻撃も、ルキアは空中で身を翻して難なく避けてしまう。

 ルキアは人間の姿で戦っているが、スピードもジャンプ力も圧倒的だった。

 彼女の俊敏さに、もはや岩石ドラゴンが一方的に翻弄されていた。


「こざかしい!」


 岩石ドラゴンが、痺れを切らしたように言った。

 もちろん、ルキアはいつまでも回避に徹しているつもりはなかった。

 大振りな動作で繰り出された攻撃を、ルキアは前方に飛び込む形で回避する。背後に回り込むと、彼女は岩石ドラゴンの太くて長い尻尾を、腹部に抱え込むようにしてがっちりと鷲掴みにした。


「なっ!?」


 岩石ドラゴンが目を見張り、翼を羽ばたかせてその身を浮かせ、逃げようとする。

 しかしルキアはがっちりとその尻尾を掴んで、決して離さなかった。


「砕けるのは、どっちかしらね!」


 そう言い放った次の瞬間、ルキアは地上に振り下ろすようにして、岩石ドラゴンの体をアスファルトの地面へと思い切り叩き付けた。

 轟音と砂埃、それに振動が再び周囲に飛散した。


「が……あ……!」


 無意味な声が、岩石ドラゴンの口から漏れ出た。

 しかし、それで終わりではなかった。ルキアは再び尻尾を掴むと、まるでプロレス技のジャイアントスイングがごとく相手を振り回し、そして投げ飛ばした。

 ルキアの華奢な外見からは想像もできないほどの力が込められており、岩石ドラゴンは成す術もなく、アスファルトの地面を抉りながら転がりゆく。

 力の差は、歴然だった。

 

「ぐっ、くそが……!」


 自らの重量が仇となり、かなりのダメージを負ったようだ。

 立ち上がってくる様子がないことを確認して、ルキアは砂埃が舞う中、ゆっくりと歩み寄った。


「もう無駄よ、あんたの能力は自分の熱エネルギーを石などに蓄積させて爆弾に変えること……さっきも言ったけど、あの程度の爆発は私の翼なら余裕で防げる。それに、単純な肉弾戦でもあんたは私には敵わない。思い知ったでしょう?」


 ルキアの怪力を思い知らされた岩石ドラゴンは、もはや反論の余地もないようだった。

 勝敗は決していたが、終わりではなかった。


「あんた、何でこんなことをやったのよ。たまたま今回は負傷者が出ただけで済んだけど、一歩間違えれば大惨事になっていたわよ」


 険阻な眼差しで岩石ドラゴンを捉え、ルキアは質問した。

 爆弾を用いての、市民を狙った無差別攻撃。それはもはやテロに等しく、許されざる行為だった。

 なぜ、こんなことをしたのか。何が、この男を凶行に走らせたのか?


「思い知らせてやったのさ。俺がその気になれば、どれほどの脅威になる存在なのかを、人間どもにな……」


 ふてぶてしく笑みを浮かべながら、彼はルキアに語り始めた。


「俺もかつては人間と一緒に暮らしていた。だが、俺が寄宿した家の連中は、些細なことで俺にやかましく突っ掛かってきて、俺が少し手を出しただけで大袈裟に騒いで、龍界に訴えてドラゴンステイをキャンセルしやがったんだ!」


 吐き捨てるように語る男、ルキアは何も言わずに耳を傾けていた。

 ドラゴンを家庭に迎え入れるということは、新たな家族を迎えるということ。もちろん、時としてトラブルが起きることもある。今でこそ関係は改善されてはいるが、ルキアも当初は智とは険悪な仲だったのだから。

 人間とドラゴンのすれ違いは、時として事件に発展することもある。

 ドラゴン三原則が絶対の安全装置ではない以上、人間に手を出すドラゴンも存在するのだ。


「ましてや、あいつらは俺を追い出した後、俺より遥かに劣るドラゴンを迎え入れやがった……俺なんかより、ずっと軟弱で低級なドラゴンを! あんな屈辱は初めてだった……だから、復讐してやることにしたんだ!」


 ルキアはまだ黙ったまま、何も言おうとはしない。

 

「人間……いや、俺をコケにしやがった、あの『下等生物』どもにな!」


 岩石ドラゴンからは、怒りを通り越して狂気すら感じられた。

 それ以上、彼が言葉を続ける様子がないことを確認して、ルキアは呆れたようにため息をついた。

 

「あんたがホストファミリーとトラブルになった理由、何となく分かったわ」


 この数分のやり取りで、ルキアは目の前にいるドラゴンがどんな性格の持ち主なのかが理解できた。

 彼はプライドが高く、虚栄心が強く、被害妄想が激しい性格なのだ。ドラゴンステイの審査こそ通ったものの、いざ人間と一緒に過ごしてみると、結果的にうまくいかなかったのだろう。

 トラブルの果てに人間を傷つけて追い出された挙句、その後自分が寄宿していた家庭が迎えたのは、自らが『低級』と見下していたドラゴンだった……その事実に自尊心を完膚なきまでに砕かれ、腹いせにこんな事件を起こしたのだ。

 自業自得に端を発した、理不尽な逆恨み……ルキアには、そうとしか思えなかった。

 いや、今回は死者こそ出なかったものの、もしもあの爆発で誰かの命が奪われていたら、それでは済まないはずだった。


「どんな経緯があれど、ドラゴンの力を振りかざして人を傷つけていい理由になんかならない。あんたがやったことは『復讐』なんかじゃない、最低で下劣なただの『犯罪』よ!」


 彼が語った犯行の動機を一刀両断に否定すると、ルキアは拳を握り、歩み寄っていく。

 岩石ドラゴンは翼や尻尾をわずかに動かした。もしかしたら逃げようとしたのかもしれないが、やはり身動きが取れないようだ。

 

「ひっ、く、来るな……!」


 自信満々に語っていたさっきの様子が嘘のように、情けない声で制される。

 しかしもちろん、ルキアはその言葉を聞き入れはしなかった。


「それからもうひとつ、あんたがさっき口にした『下等生物』って言葉……私大嫌いなのよ!」


 人間がドラゴンを『オス・メス』呼ばわりすることが差別とされるように、ドラゴンから人間に対する差別用語も存在する。

 例えば『家畜』などが挙げられるが、中でも代表格とされるのが『下等生物』であり、放送禁止用語に指定され、口にすることはタブーとされているのだ。


「歯を、食いしばれ!」


 傷つけられた人々のことを思い出しながら、ルキアは叫んだ。

 直後、ルキアの怒りの鉄拳が岩石ドラゴンの顔面を捉え、鈍い音が響き渡った。





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