第11話 爆発する石礫


「はっ、何の話だかさっぱり……」


 ルキアはすでに、目の前にいる男が爆破を仕掛けた犯人であると見抜いていた。

 被害者の救護活動から離脱する形でこの場に来てしまったが、犯人の拘束も重要事項であることは間違いない。そして、警察も来ていない現時点では、それを遂行できるのは自分だけだと判断した。

 能力こそ不明であるものの、あの男はドラゴンだとルキアは確信していた。ドラゴンに立ち向かえるのは、おそらくドラゴンだけだ。

 

「この後に及んでとぼけてんじゃないわよ。あんたの体から漂ってんのよ、焼け焦げるようなにおい……人間の起こす炎ではありえない、それに人間の鼻では嗅ぎ取れない、ドラゴン独特のにおいがね」


 男は何も言わなかった。ただ、ふてぶてしく鼻で笑った。


「シラを切るんだったら……もし自分が無関係だって言い張るなら、ここに来る警察の職務質問、もちろん堂々と胸を張って受けられるわよね?」

 

 男は俯くようにして、不気味に顔を歪めて笑みを浮かべた。

 

「くくく、変なことを言うなあ……」


 再び顔を上げた男の顔に、もう笑みはなかった。

 メタルフレームの眼鏡が日光を反射して、ギラリと輝いた。


「おかげで……お前のこともバラバラにしなくちゃいけなくなったじゃないか」


 抑揚を欠いた、とても低く聞き取りづらい声で、男は言った。

 その言葉はもはや自白と同義、ルキアの見立て通り、この男こそがスーパー爆破事件の犯人、つまり『爆弾魔ドラゴン』である証拠だった。

 ルキアは身構えた。この時点で彼女の役目は、『自白を引き出す』ことから『この男を拘束する』ことに変わったのだ。

 黙って捕まる気などないのは、明らかだった。

 男が後ろポケットに手を突っ込んだと思った瞬間、


「らあッ!」


 叫び声が発せられたと同時に、何かがルキアに向けて投げつけられた。

 反射的に左手を出して受け止め、ルキアは手の中にあるそれを見つめる。


(何よこれ、ただの石……? 石礫(いしつぶて)なんて、こんな稚拙な攻撃……)


 それは、道端のどこにでも転がっているような、何の変哲もない石ころだった。

 石を投げる。男が仕掛けたのは、とてつもなく単純で戦略性など微塵もない、幼稚さすら感じられる攻撃だった。いや、もはや攻撃と呼べた行為ですらなく、牽制にもならなかった。

 こんな攻撃しかできないような、無能で無力なドラゴンなのか、あるいは女だと思って侮っているのか……そう思った時だった。


「っ!」


 ルキアは息をのんだ。

 彼女の表情に浮かんでいた余裕が、一瞬にして消え去った。

 男が先程投げつけた、ルキアが手にしていた石ころが突如、オレンジ色の光を放ち始めたからだ。


(まさか!)


 次に何が起きるのかは用意に想像がついた。

 逃げる猶予などあるはずがなく、ルキアは目の前で石ころ、つまり爆弾が炸裂するのを見た。

 轟音とともに爆風が広がり――ルキアはそれを間近で受けることとなった。



 ◇ ◇ ◇


 

「!」


 この場に居合わせた者の義務として、救護活動に助力していた時だった。

 外のほうから聞こえた爆音に、俺は思わず振り返った。


「今のは、また爆発……!?」


 そう言ったのは、水を操る力を持つあの女の子だ。

 火傷を負った人をどう手当てすればいいのか、何もわからない俺やスーパーの店員達に、冷静かつ的確な指示を与え、救護活動のリーダー的な存在になっていた彼女。

 さっきも感じたが、あの子はこういう現場に慣れている様子だった。人命救助の仕事にでも従事しているのか……彼女の指揮があったお陰で、俺達はどうにか爆発の被害を受けた人全員へ応急処置を施すことができた。

 火傷を負った部位に水をかけ、冷やすこと。結局俺達がやったのはそれだけなのだが、それは早く治すことにも、傷を残さないことにも繋がる重要な処置なのだという。


「まさか、他にも爆弾が……?」


 爆音が発生したほうを見つめつつ言ったのは、スーパーの店員の人だ。

 火傷を負った人の腕にペットボトルの水を流しながら、俺も彼の視線を追った。

 患部に直接水を流さず、目安として少し上の部分に当てること。それから、服は脱がさずにその上から水を流すこと(無理に服を脱がせようとするのは、皮膚がはがれる危険があるので絶対にやってはいけないらしい)、あの子がそう教えてくれたのだ。

 空になったペットボトルを置いて、俺はこの現場を今一度見渡した。 

 ――俺が手伝えるのはここまでで、あとは救急隊に任せるしかない。そう判断した。


(ルキア……!)


 さっき、彼女が何かを見つけたような様子で、急遽この場を離れたのを思い出した。

 放火事件の時、その鋭い感覚で犯人を見つけ出した彼女。さっきの様子を考えると、この爆破を仕掛けた奴の存在に気づいたのかも……だとしたら、あいつは今まさに、犯人と戦っているのかもしれない。

 胸騒ぎがした。

 ルキアがとんでもなく強いドラゴンだってのは知ってる。簡単にやられるとはとても思えないが、決して『無敵』ではないはずだ。

 どこからともなく、救急車のサイレンの音が聞こえた。それはどんどん近づいてきて、次第に大きくなり……やがて、止まった。

 救急隊が、到着したのだ。

 それを確認して、俺はあの子を振り向く。


「ごめん、ちょっと行かなきゃならないから……あとは頼んでもいいかな?」


「えっ、大丈夫ですけど……どこに?」


 水を操るドラゴンである彼女が、問い返してくる。


「もしかしたら、ルキアが危ない目に遭ってるかもしれないからさ」


 そう応じて、俺は駆け出した。

 後ろから、「あっ、君!」と引き留める声がしたけれど、応じなかった。



 ◇ ◇ ◇



「なっ、まさか……?」


 巻き上がった煙が晴れた時、爆弾魔ドラゴンたる男は驚いた様子で言った。

 あの爆発を受けて、立っていられるはずがない……そう言いたげに、ルキアには思えた。

 しかしながら、間一髪だったのは確かだ。

 男が仕掛けた攻撃を単なる石礫だと誤認し、気を抜いていたルキア。しかし、爆弾だと気づいた瞬間、ルキアはそれを前方へと投げ捨て、翼を出現させた。

 ドラゴンたる彼女が有する、純白の巨大な翼。ルキアはそれで自分自身を覆い、爆風を防ぐ盾とした。とっさの行動が功を奏し、結果的に彼女は爆風を無傷で防いだ。

 回避は間に合わないと判断した彼女が選んだ行動は、『防御』だったのだ。


「油断したけど、それはもう二度と喰らわないわよ」


 翼を羽ばたかせて、ルキアは爆風を払った。

 忌々しさを噴出させるような声を出しつつ、男が表情を歪めた。


「あの爆風を防ぐとは……お前、単なるドラゴンじゃないな……!?」


「さあ、どうかしらね」


 さらりと言うルキアの背中で、翼が消失していく。


「ひょっとして、今のがあんたの切り札ってやつ? もしそうなら、降参するのを薦めるわよ。手の内がバレた以上、あんたは私には勝てないわ」


「ふざけるな!」


 男は声を荒げた。攻撃を防がれたことへの驚き、それに焦りも相まっているようだった。

 本気でルキアに襲い掛かる選択肢を決したらしく、男の体が光に包まれていく。

 光は翼を、尻尾を、それに角を形作っていき……やがて、彼は真の姿を現した。

 全身が岩石のごとき外殻に覆われた、見るからに重そうな灰色のドラゴンだ。前脚が翼と同化していないところを見るに、分類的にはドレイクなのだろう。

 体格としては、ドラゴンに変身した時のルキアと同等か、少し大きいくらいだった。

 サイズとしては中型クラスだろうが、それでも人間の姿でいる今のルキアよりは、はるかに大きい。


「粉々に打ち砕いてやる!」


 物騒なセリフを吐く岩石ドラゴン、しかしルキアは恐れるどころか、鼻で笑った。


「変身するまでもないわね」


 岩石ドラゴンが咆哮を上げる。

 対するルキアはただ、拳を構えた。

 自分よりも何倍も大きな体格を持つ相手だが、素手で充分だと確信していたのだ。


「さあ、どこからでもかかってきなさいよ!」





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