第1章 最強のドラゴン少女との出会い

第1話 最悪のファーストコンタクト


 原則一


 ドラゴンは常に勤勉・実直にあり、人間の良き仲間とならなければならない。



 原則二


 ドラゴンは、その力を人間を傷つけるために振るってはならない。

 ただし、命の危機にある人間を救う場合や罪を犯した人間を拘束する場合など、正当な理由が存在すると判断される状況においてはこの限りではない。



 原則三


 ドラゴンは、人間の奴隷となってはならない。



 ◇ ◇ ◇



 騎乗免許を取り、生涯の相棒となるドラゴンと出会い、その背中に乗って空を駆ること。それが俺の小さい頃からの夢だった。

 ほんの数日前まで、俺は十五歳にしてようやくその夢が叶うと信じて疑っていなかった。

 二度落ちた実技試験にやっと合格して、騎乗免許を取得できて……母さんと一緒にウキウキ気分でドラゴン紹介所に赴いたまでは順調だった。

 そこで、問題が起きた。俺がちょっとトイレに行っているあいだに……なんと母さんが勝手に我が家へ迎え入れるドラゴンを決めてしまったのだ。

 性別は男で、大柄でがっしりとしたフォルム。情に厚い性格を備えていて、体色は青系統。母さんが選んだのは、そんな俺の希望とはことごとくかけ離れたドラゴンだったのだ。

 俺が視線を向けると、『彼女』はいかにも不機嫌そうな眼差しを向けてきた。


「ちょっと、何見てんのよ?」


 大きな翼でその身を覆い、居間にうずくまるようにしているこのドラゴン。

 真っ白なその体や、頭部の一対の金色の角が、LED照明の明かりを受けて輝いているのが見えた。

 ……綺麗だとは思った。でも違うんだ、俺が求めていたドラゴンとは全然違うんだっ……!


「別に、見てなんかいねーし……」


 露骨に視線を逸らせて、イヤミったらしく言ってやった。


「はあ?」


 ドスの効いた声とともに、青い瞳で睨まれる。

 その威圧感に、思わずビビってしまった。これで女だってんだから恐ろしいもんだ。


「こらこら智(さとし)、ルキアちゃんと喧嘩しちゃだめよ。これから一緒に過ごす家族なんだから」


 台所から顔を覗かせて、母さんが言った。

 いつも通りニコニコしたその表情からは、勝手にドラゴンを選んだことへの罪悪感など微塵も感じられない。

 くそ、文句言ってやんなきゃ気が済まない……! 俺は母さんに歩み寄った。


「なあ母さん、何で勝手に決めちゃうんだよ。俺に相談もなしに……!」


「あら、ルキアちゃんは良い子よ? 龍界のお屋敷でお手伝いさんをやってた私が言うんだもの。間違いないわ」


 俺の抗議を軽くあしらい、ピンク色のエプロンを着た母さんは呑気に野菜を刻んでいた。

 理解できん。一体どんな根拠があってそんなことを言うんだか……と思っていると、


「お母様、お手伝いしますわ」


 そう言ったのは、真っ白なワンピースを着た少女だった。

 さらさらの銀髪に青い瞳が印象深い、いかにも活発そうで綺麗な女の子……誰だ、いきなり現れたこいつは? と思った人に説明しよう。

 この少女は、さっき俺に睨みを利かせたあのドラゴンだ。……いや、冗談とかじゃなくて。

 無駄を省いて説明すると、あのドラゴン……ルキアは人間の少女に姿を変えられるのだ。

 さっきまでのが本来の姿なんだが、家の中を動く時はこっちのほうが便利らしい。一応うちはドラゴン建築、つまりエックスブレイン製の強化建材が使われたドラゴンステイ御用達の家だ。それでも彼女からすれば、大きな翼や長い尻尾が壁にぶつからないようにするの、気を遣いそうだしな。


「まあ、ありがとうルキアちゃん。助かるわ」


「わ、野菜炒めですか?」


 溌溂とした表情で母さんに問うルキア、俺と話す時とはまるで別人のようだ。


「そう。それじゃルキアちゃん、下準備をするから……そこの戸棚から調味料を出してもらってもいい?」


「分かりました!」


 これまた溌溂とした返事をするルキア。

 具体的に、どの調味料を出すのかを訊かなくていいのか。と俺は思った。


「ええと野菜炒めだから、使う調味料は……」


 顎に人差し指の先をあてて考え込む母さん……とそこに、


「はいお母様、お醬油に料理酒にみりんにオイスターソースに鶏がらスープの素、それにブラックペッパーです!」


 母さんの指示を受ける必要もなく、ルキアはそれらの調味料の入った容器や瓶を全部両手に抱え込んでいた。

 

「まあ……」


 手を止めて、ポカンとする母さん。

 しかし、ルキアの野菜炒めに関する知識網はそれだけに留まらなかった。


「下準備も私、やりますね。オイスターソースが大さじ一杯半、料理酒と鶏がらスープの素が大さじ一杯、醤油とみりんは大さじ半分、ブラックペッパーは仕上げの時に適量……って、お母様、どうかされましたか?」


「ううん、ルキアちゃん、よく知っているのね。それに、うちに来たばかりなのに手伝ってくれて……ちょっと、申し訳なく思えてくるわ」


 ルキアは微笑みながら、首を横に振った。


「これくらい普通ですよ。私、ずっと日本の家庭にドラゴンステイしたいって思っていたんです。だから、私を迎えてくださったお母様には本当に感謝していて……お手伝いできることがあれば、何でもおっしゃってくださいね」


「まあ嬉しいわ、娘ができたみたい」

 

 両手を合わせて、無邪気に笑う母さん。……何だか俺、蚊帳の外だな。

 と思っていた矢先、母さんが流し目で俺を見た。


「智も少しは、ルキアちゃんを見習ったほうがいいんじゃない?」


「んなっ!?」


 突然の母さんの言葉に、面食らってしまう。

 するとルキアも俺に視線を流した。


「ふんっ」


 と思いきや、眉の両端を吊り上げて、いかにも不機嫌そうな声を出しつつそっぽを向いた。


「なっ、この……!」


 カチンときた俺は、思わず口走る。


「あ? 何なのよ、言いたいことでもあるの?」


 また睨まれて、さっきと同じように黙らされてしまった。

 同一人物とは思えない態度の差だ。もはや、多重人格の領域だろう。

 ……そろそろ、気になってきた頃だろうか。何でこのドラゴン少女、ルキアが俺に対してはやたら当たりが強いのか。

 その理由はズバリ、『最悪のファーストコンタクト』をしてしまったせいなのだ。

 昨日、ルキアと初めて対面した俺は、希望と全然違うドラゴンが家にやってきたことに驚いてしまった。そして思わず……彼女の目の前で、『母さん、どうしてこんなメスドラゴン選んだんだよ!』と叫んでしまったのだ。しかも、ルキアを指差しながら。

 動物扱いされたり、オス・メス呼ばわりされることを嫌うドラゴンは多い。ルキアのように、人間の姿に変身する能力を持つドラゴンならなおさらだ。

 俺の発言に、あの時ルキアは『メスドラゴン……!?』と発した。ほんの数秒前まではにこやかだった彼女の表情が、不機嫌な色に染まっていく様子が忘れられない。

 その出来事が端を発し、以降俺とルキアはまさに犬猿の仲になっているわけだ。

 ――メスドラゴンだなんて言って、悪かった。

 そう一言謝ればいい話だってのは分かってる。でも、俺はそれができずにいた。


 小さい頃から見ていた、ドラゴンと一緒に暮らす夢……一応は叶ったんだが、『先が思いやられる』という言葉を絵に描いたような状況となってしまった。





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