第5話 エピローグの続き

――現在

『えー、お急ぎのところ、誠に恐れ入ります。先ほど新谷駅で列車とお客様が接触したとの情報が入り、確認いたしましたが、接触したという事実はありませんでした。そのため、まもなく運転を再開いたしますので、ご乗車になってお待ちください』

間違いない。だれかが2000Jの転生呪文を発動させてタグラーンへ転生したのだ。いまだにタグラーンからの使者が暗躍していることを知って、まだ異世界はあるんだと思い、少しほっとする。と同時に、転生者に嫉妬もする。


結局、あの夜以来、フラーともマリーネとも再開することはなかった。もらったスクロールを使う勇気は出ず、机の鍵付きの抽斗ひきだしにしまっておいたけど、いつの間にか消えてなくなっていた。

あの日のことは全部夢だったと思うこともあるけれど、時々、今日みたいにそれらしき痕跡に出会うこともある。そんなときは決まって、もしあのとき転生していたら、マリーネと結婚して波瀾万丈の人生を送っていたのだろうかと複雑な気持ちになる。いや、オレは、マリーネよりもフラーの方に惹かれている。


波瀾万丈といえば、大西と浜野は高校を卒業したあとプロ野球選手になった。大西は四年目で肘の故障から戦力外通告を受けて潔く引退。故郷に帰って結婚したあとは家業の建設業を継ぐべく額に汗して働いている。プロに入団したときは盛大に祝った地元商店街もすっかり寂れてしまった。大西が買い物に行くと、みな気を遣って野球の話はしないそうだ。次のゴールデンウィークには地元のソフトボール大会に出るらしく、オレもチームに誘われたので、二つ返事で参加することにした。大西とプレーするのは何年ぶりだろう。

一方、浜野の方は、一軍と二軍を行ったりきたりしていたけれど、開幕早々、一軍の試合で代打起用されて、甲子園では打てなかったホームランを打ってチームに貢献し、ニュースになっていた。


オレの方は通信高校を卒業したあと、母親が進学のために貯金してくれていたので、専門学校へ通い、去年、ゲーム会社に就職した。世間からすれば、残業時間も長いし、休みも給料もボーナスも少ない部類だ。けれど、パワハラもなくて雰囲気のいい職場なので気に入っている。この前も、オレのアイデアを褒めてくれて、それが製品に実装されることになった。やりがいはそれなりに感じている。

でもやっぱり、今日みたいな日は、剣と魔法の異世界が気になって、再びフラーに会いたくなる。


そんな感傷的な気分のまま、駅の改札を抜け、会社の方へ向かう。

雑踏の中から「おい――、エクレール」と聞こえ、「フラーか?」と思わず立ち止まって振り返る。

「おいしいエクレアは、いかがですかぁ? エクレア専門店のエクレアでぇす。お土産、贈り物にもどうぞぉ。本日までお買い得価格でのご提供ですので、この機会にぜひ、お買い求めくださぁい」

なんてことない売店の売り口上だった。

残業のお供にエクレアを二つ買う。

今日も平凡な一日が始まる。了

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日本からの転生者が増えすぎて国が滅びそうなので、転生される前になんとかしたい 的矢幹弘 @dogu-kun

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