第4話 デート

無言のまま歩き続ける。平日の夕方、ちょうどサラリーマンの帰宅時間で歩道は混んでいるのに、魔女の前は人混みが分かれて自然と道ができていく。道行く人はみな、しげしげと魔女を見ている。


しばらく歩き、魔女が急に立ち止まる。

「ここだ」

指し示す方を見るとファミレスがある。

「ここに入るの?」

「ハラが減った」

「でも、おカネ持ってない」

「前の財布に期待はしていない。カネなら私が持っている」

「どうして? まさか、盗んだの?」

「バカだな。それは犯罪だろ。本物の金を魔術で造ったんだよ。ほら」

服の中から一万円札を取り出してオレに見せる。

「この肖像画のホログラムにはさすがに苦労したよ」

「偽札ってこと? それも犯罪じゃん」と小声で、とがめるようにいった。

「バカ。偽札づくりは犯罪だが、私の造ったのは真正のカネだ。本物を造ったのだからなんの問題もない」

「ほえ~」

わかるような、わからないような、トンチ小僧みたいな説明だった。


オレの心配をよそに魔女は店内に入って案内されるままテーブルに着く。

メニューを開くといろんな料理が目に入ってくる。ハンバーグ、ビーフシチュー、エビフライ、蟹クリームコロッケ、ムニエル、グラタン、カレー、などなど。

魔女はあらかじめ注文するものを決めていたようで、タッチパネルで入力してそれをオレの方に寄こした。


普段、外食といえばうどん屋のかけうどんばかりなので、どれにしようか迷うし、そもそもタッチパネルでの注文の仕方がわからずにまごまごしていたら、しびれを切らした魔女が「私がやってやるよ」と勝手に注文していた。

オレよりもだんぜんファミレスのシステムに慣れていることに少し驚いた。


ドリンクバーでアイスココアを入れてこいといわれたので、ドリンクバーに行って、二人分のアイスココアを持ってテーブルに戻る。戻る途中、周りの客がチラチラと魔女を見ていることに気がついた。

魔女にアイスココアを渡し、差し向かいに座る。この魔女の登場からずっとテンパっていたけれど、ようやくここで一息つけた。1日のうちに、二度も初対面の女子と面と向かい合うことがあるなんてと思いながら、改めて銀髪の魔女を見ると、この世の人間とは思えないほどの美人なことに気づいた。

マリーネも相当な美人だと思ったけれども、この魔女を見たあとでは普通に思えるくらいだ。ここに来る途中で通行人が魔女を避けていたけど、民族衣装のような服と相まって、明らかに普通の人間じゃないオーラがある。


「ねえねえ、あの子、めっちゃかわいい」と近くのテーブルの女子高生がこっちを見ながら小声で話しているのが聞こえた。

「あれ、デートかな?」

「まさか、つつもたせってやつじゃない?」

「つつもたせ笑。せめて美女と野獣っていってあげなよ」

魔女が女子高生たちの方へ視線をやると、彼女たちは慌てて顔を逸らした。


「あの」とオレが恐る恐る口を開き、「としはいくつですか?」と尋ねる。

「普通はまず名前を聞くんじゃないのか?」

「あ、すみません。名前は?」

「忘れた。今はフラジィアと名乗っているが、人はみなフラーと呼ぶ。としは17だ」

「同い年なんだ。フラーはいつこっちに来たの?」

「3日前だけど」

「3日前!? それにしてはずいぶんとこっちになじんでない?」

「それは忌々しい転生者の魔術のせいだ」

「どういうこと?」


「ニルエム人からどこまで聞いたかは知らんが、転生者たちは膨大な魔力を使って、逆にタグラーンに住む者全員に日本語を覚えさせる魔術をつかった」

「そんなことができるの?」

「そんな魔術が可能なのかと私たちも驚いたよ。日本からの転生者は膨大な魔力量に加えて、その質も魔術の運用のセンスも我々の常識をはるかに凌駕りょうがする。彼らはタグラーンに来て言葉が通じず不便な思いをしたのだろう。普通は異国に来たのなら異国の言葉を覚えるのが筋だろうが、彼らは外国語を覚えるのが極端に苦手らしい。

ある日突然、まったく知らない言語体系が頭の中に組み込まれた。まったく初めての経験だった。それで初めて我々は、転生者の存在に気がついたのさ。その力の及ぶ範囲は広大で、人語を解すモンスターまで現れる始末だ。おかげで今となっては、日本語がタグラーン史上初の共通語になってしまったよ」


フラーはアイスココアを一口含む。

いわれてみると、確かにオレも小学校から8年くらい英語を勉強してきたけれど、会話できるのは簡単な挨拶と、“I am a student. Can you speak Japanese? ”くらいだ。日本語が共通語の世界とは、なんて素晴らしい世界なんだ。


そしてフラーは続ける。

「その魔術には、転生者が持っている日本の知識も含まれていて、タッチパネルでの注文方法も知識として知ることになった。もっとも転生者自身の人生に関するエピソード記憶などは含まれていないが、それは幸いだった。冴えない男の人生を頭に流し込まれるなど、死んでも嫌だからな」

「そうなんだ」

「ああ、それだけでも、転生者の厄介さがわかるだろう。大きすぎる力は、世界の有り様を破壊する。貴族たちは転生者の存在に戦々恐々としている。ニルエム公爵以外は転生者を嫌悪しているよ。いや、ニルエム公爵もおそらく毛嫌いしているだろうな」

「それで、転生者がこれ以上増えるのを阻止するために、転生する前の人間をどうにかしようとして、フラーが来たのか」

「まあ、そんなところだ。ふむ、料理が来たゾ」


フラーの視線を追うと、店員が両手いっぱいに料理を持っているのが見えた。

「お待たせしました。ミックスグリルとコーンスープ、パンのセットです」

「待ちかねたゾ。今日は人間が運んでいるんだな」

「は、はい。ネコチャンはメンテ中ですので。ごゆっくり、どうぞ」と店員はドギマギしていう。

「さて、私は食べながら話すのが嫌いなんだ。私が食べている間は、お前が話せ。ただし、こちらの料理につばを飛ばしてくれるなよ」

「やだよ。オレも熱いうちに食べたいもの」

二人で無言で同じメニューを食べ始める。


「なんか空気重くない?」とまた女子高生たちがなにかヒソヒソと話し始めた。

「やっぱ別れ話なんじゃないの?」

「別れ話ってことは、あの二人付き合ってるってこと?」

付き合ってはいない、けれど異世界転生ならそういう展開もあるかもしれない。いや、あるだろう。


オレの食べる速度が速いのか、それともフラーが遅いのか、オレが食べ終わってもフラーはまだ半分くらい残っている。

「ニルエム人の女は、お前になんといっていた?」とフラーが聞いてくるので、マリーネのしてくれた話をかいつまんで話す。もちろん、つばを飛ばさないように気をつけることを忘れなかった。


フラーは食べながらそれを聞いて、食べ終わってから「やはり、お前は騙されているゾ」といった。口の周りを拭いて続ける。

「ニルエム人のいったことのうち、半分は正しい。しかし、もう半分は嘘か、嘘とはいえないまでも意図的に隠していることが混ざっているな。まず、バングーハ山脈には、かなりの数のケクロット兵が潜んでいる。そいつらがモンスターを操ってニルエムにけしかけていることは正しい。それに対抗するため、ニルエムの連中は転生者をバングーハに送り込んでいるが、ニルエム側は転生者に気づかれないようにある魔術を使っている」

「ある魔術?」

「ああ。ケクロット兵を人型モンスターに見せる魔術だ。そのため転生者たちは、ケクロットの兵士とモンスターを見分けられない。というよりも、初めからモンスターしかいないと思い込まされ、なにも知らずにモンスターと一緒に相当数のケクロット兵を殺している。なぜ、そんな回りくどいことをしているかわかるか?」

オレは首を横に振った。話が違う。オレが聞いたのは、モンスター討伐で、殺人じゃない。


「ふむ。まさに今お前が感じたように、日本からの転生者が極端に殺人を嫌うからだ。モンスターは嬉々として殺せるのに、人間は殺さないのが彼らの主義なのだ。

私はずっとそれを不思議に思っていたが、こちらに来てその理由がよくわかったよ。ここでは死は遠いものだ。争いもなく、殺すとか殺されるとかの心配をしなくていい。生きるために家畜を殺す必要もない。ここで暮らしていたヤツにいきなり兵士を殺せといっても無理だな。異世界で活躍だなんて都合のいい嘘だってわかっただろ?」


「その話は、本当なのか? 証拠は?」

「証拠はないが、テュシーの密偵が調べ上げた内容だ。間違いない」

「証拠がないなら、どっちが嘘なのか、わからないじゃん。それにTFOのサーバーを壊したのはフラーなんだろ。そんなヤツのいうことを、はいそうですかって信じられると思うか?」

「壊したというよりも、完全に消した。アレは、転生者候補を選別するための諸悪の根源だ。消すのは当然だろう」


「そうか。でもオレは、タグラーンに行くよ。マリーネと約束したんだ。タグラーン・ファンタジー・オンラインは、フラーにとっては邪魔なものだったかもしれないけど、オレにとっては全身全霊をささげて打ち込めるものは、TFOだけだったんだ! でもマリーネが来てくれて、オレの本当にやるべきことがわかった。今のフラーの話がもし本当なら、他の転生者たちにかけられた魔術を解いて、殺し合いを止める。そのために、オレは転生する」

「それはダメだ。転生者の力はタグラーン全土に及ぶほど強大だ。騙されていたとはいえ、殺人をさせられていたことを知れば、どんな精神状態になるかもわからない。それはあまりにも危険だ」


「いや、問題ない。蘇生魔法を使って死んだ兵士を復活させる。それなら罪の意識もないだろ?」

「それもダメだ。蘇生魔法なんてものはないし、タグラーン神話では、死者蘇生は神のみに許された奇跡だ。もし、転生者が蘇生魔法を編み出してしまうことがあれば、転生者が神と同一視され、王権の維持が危うくなる」

「そんなのは、そっちの都合だろ!」

「そう熱くなるな。一つ笑える話をしてやろう」

「笑える話?」


「実はな、こちらの世界で役立たずなヤツであればあるほど、なぜか転生後の魔力が強い。テュシーの密偵の話によれば、転生者たちはみな、こちらの学院では落ちこぼれだったそうだ。学習やその他の競技に興味が持てなくなり、その結果、成績はふるわず、したがってなお興味を失う。かといって学院の外に居場所があるかといえばそうでもない。家に帰っても継ぐべき家業もなく、親は勉強しろというだけで、生きるのに必要な知識もスキルも教えることはない。そういう子どもがTFOに出会い、その中で役割を与えられ、頭角を現す。鬱屈した生活でため込んだものが、タグラーンへの転生時にエネルギーに変換されて魔力になるのではないかといわれている。笑えるだろう」

「多かれ少なかれ、みんなそんなもんだよ。でも、オレはエースだったんだ。昔はあの大西よりも速い球を投げられた。今はないけど、昔は活躍する場所があったんだ」

「なんの話かはわからんが、お前はそれから逃げたのだろう」

「逃げたんじゃない!」

自分でもびっくりするくらい大きな声が出た。女子高生たちが「ケンカじゃん」とかいうのが聞こえる。

「続けることができなかっただけなんだ。ユニフォーム代、道具代、親の当番、そんなことを考えると、とてもじゃないけど野球を続けたいとはいえなかった。無力な子どもになにができる? 子どもに働けっていうのか? 自称大魔術師様には、わからないだろうさ」

そこまでいうと、フラーにシャツをつかまれて、思いっきり引っぱられた。細い腕のどこにこんな力があるんだというくらい強い。


「私たちには子どもでいられる時間はほとんどなかった。物心ついたときから、毎朝の水くみに始まって、幼い兄弟や家畜の世話、水やりなど、日が暮れるまで働いた。ようやく迎えた収穫も、領主の収奪におびやかされた。いつも腹を空かせて満腹になった記憶などない。私は、口減らしのために家を出されたが、たまたま才能があったから魔術師に拾われた。もっとも、そこでの暮らしも決して楽なものではなかった」

「苦しい」とオレは涙目で訴えるが、フラーは手を緩めない。さらに引き寄せられる。鼻と鼻とが触れ合いそうだ。

「ああ、苦しいものだった。しかしタグラーン世界は今、奇跡的に均衡を保っている。ここ数年はレカ大陸では平和が続いている。それを崩しうる転生者は危険だ。実際、その力に魅入られてしまったニルエム公爵は、テュシー王国攻略までを視野に入れた、ケクロット帝国侵攻作戦を企てていると聞く。そうなれば当然、大勢が死ぬ。自分の活躍する場所がないという理由だけで、のほほんと生きられる世界を捨てて、タグラーンで好き勝手に暴れる転生者たちを私は許すことができない。それでもお前が転生するというのなら、いいだろう。必ずお前を殺す」


フラーはそういうと、手を離してオレを突き放した。そして服の中からスクロールと偽造の真正一万円札を取り出して投げて寄こした。

「私の目的はこれ以上日本から転生者を出さないことだが、お前を見ているとそれは不可能かもしれない。サーバーを消滅させるくらいでは足りないようだ。やり方を変えるしかないな。お前の顔を二度と見ずに済むことを願っているよ」

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