第12話

 演奏を終えた後、丈二は楽屋前で酔った麗奈にダルがらみされていた。


「あれだけ出来るなら言ってよぉ!」


「いやだからさ……っ」


 すると片づけを終えたメンバー達が出てきて二人に声を掛けた。


「相変わらず凄いな、どっかでやってんの?」


「いや、もう音楽はやってない……」


「マジで? じゃあ大学時代の完全復活だな!」


 嬉しそうに丈二の肩を叩くリーダー。

 しかし酔った麗奈が思い切り睨んでいたためすぐさまその手を離す。


「一応こいつのお陰なんだ」


 麗奈の頭をポンと叩いて言う丈二。

 当の麗奈は驚いていた。


「俺をしっかり見てくれてさ、それに応えたいって心から思えたんだ」


 演奏中の麗奈の顔を思い出す。


「だからあんな風に出来た、俺の力じゃない」


 優しく微笑む丈二を見た一同は驚いて少し沈黙するがすぐに麗奈が反応する。


「何それ恥ずかしいじゃん~!」


 丈二の背中を思い切り叩きながら言う。

 それでも丈二は嬉しそうだった。


「何、ドⅯ?」


「そうじゃねぇっ!」


 お互いを想っているように見える二人を見たリーダーは微笑む。


「いいな、なんか」


「え?」


「ドデカいファン、大事にしろよ」


 丈二はその言葉を噛み締める。

 麗奈は酔っていて意味があまり理解できなかったようだが。


「あぁ、ありがとな」


 最初は嫌だったが結果的にはここに来て良かった。

 丈二は心からそう思い酔った麗奈を連れて車に戻った。



 ☆



 深夜の道を二人を乗せたスポーツカーは走る。

 静かに運転する丈二に対し、麗奈は助手席で眠っていた。

 酒の影響もあるだろうが一日中新鮮な事だらけで疲れたのだろう。

 相変わらずロックは流れていたが麗奈が寝ているため丈二は曲を止めようとする。


「止めないで……」


 すると寝言のように麗奈は阻止した。

 その声で考えを改めた丈二はある曲を選んで流す。

 それは伝説的なバンドが出したバラードナンバーだった、静かで美しい旋律と声が麗奈の眠りを包み込む。


「ふふっ」


 そんな彼女の寝顔を見て丈二は微笑んだ。

 昨日は寝ながら泣いていたが今日は嬉しそうに眠っている。

 そしてまたしばらく車を走らせていると近くに海がある事に気付く。

 カーナビに表示されていたためだ。


「ん……」


 すると朝日が昇り車の中にも陽が差し込む。

 その影響で麗奈は目を覚ます、すっかり酔いからも覚めていた。


「わぁ、海!」


 助手席から朝日に照らされて赤く染まる海が見えた。

 それに気付いた麗奈は勢いよく起き上がり大声を上げた。


 「起きたか。おぉ、すげぇな」


 丈二からも海は見えた。

 すると近くに浜辺がある事も知る。


「ねぇお兄さん!」


「あぁ」


 もう麗奈が何を望んでいるのか言わなくても分かった。

 ハンドルを回し車を浜辺の近くに停めた。


「わぁー!」


 浜辺に出た瞬間、麗奈は靴を脱いで裸足になり海へ直行する。

 そんな彼女の様子を見ながら丈二は岩場に腰掛け煙草に火を点けた。


「転ぶなよー」


 心地よい潮風と朝日を浴びながら吸う煙草は格別だった。

 しかしそれも麗奈により心が晴れたというのもあるだろう。


「あははっ、冷たーい!」


 浅瀬に足だけ漬かりながらはしゃぐ麗奈を見て丈二は気付く。

 自分が逃げていた理由、現実逃避の意味に。


「そろそろ現実と向き合わなきゃな……」


 麗奈を見ながら一人で呟いた丈二はスマホを取り出しある番号へ電話を掛けた。

 その相手は眠そうに応答する。


『丈二……? 何こんな早く……?』


 その相手とは母親だった。

 丈二は自ら電話を掛け真剣に伝える。


「母さん、今日そっち行っていいかな?」


『え? 良いけど何で?』


「話したい事があるんだ」


 それだけ伝えて丈二は煙草の火を消した。

 そしてもう少し、麗奈が満足するまで彼女が海で遊ぶのを見つめていたのだ。



 ☆



 車の中で麗奈は少し心配する。

 丈二が母親に真実を話すと言うのだ。


「大丈夫?」 


「あぁ、緊張はするけど」


 顔は少し引き攣り手も震えている。


「あんま無理しない方が……」


 それでも丈二には分かった事がある。


「いや、俺分かったんだよ。最終的に向き合うために一旦目を背けるんだ」


 現実逃避の意味を解く。


「外に目を向けて大事な事に気付けたから、そろそろ向き合わないと」


 一生懸命な姿を見て心配はするが応援もしたくなる麗奈だった。

 そして遂に車は母親の暮らすグループホームへ、駐車場に車を停めて降りる。


「はぁ……っ」


 入口のインターホンを押すのに少し覚悟が必要だった、指を構えながら静止してしまう。


「私が押そうか?」


「いや、俺がやらなきゃ」


 母親からの電話に応答した時のように麗奈が手伝おうとするが丈二は拒否し自分で向き合う事を選ぶ。


「心から向き合えば伝わるって信じてるから……!」


 そして遂にインターホンを押した、すると受付のスタッフが案内してくれる。


『お話は伺ってます、どうぞ』


 そして玄関の扉は開かれ中へ入る。

 スタッフが母親の部屋まで案内してくれた。


「こちらです」


 覚悟を決めて丈二は扉をノックする。

 すると聞き慣れた声が聞こえた。


「はーい」


 そして扉が開かれると母親が姿を現す。


「丈二ぃ、よく来たねぇ」


 酷く痩せこけた母の姿を見て驚く丈二と麗奈だった。

 二人は部屋の中に案内される。






 つづく

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