第13話
母親の部屋で丈二と麗奈は床に座り目の前のちゃぶ台に置かれたコーヒーに口をつけた。
「それで何なの話って、まぁ大体想像つくけどねぇ~」
麗奈の方を見ながらニヤニヤしている母親。
恐らく結婚か何かだと思っているのだろう。
「それなんだけど……」
まだ緊張している丈二だが母親は完全に勘違いしている。
「良いのよ緊張しなくて、せっかく見つけた天使を追い出すなんてしないから!」
麗奈の事を天使と言う母親。
その言葉に当然疑問を抱く。
「天使ですか……?」
「母さんは一番大切な人の事をその人にとっての“天使”って言うんだ」
「そう、私の天使はもちろんこの子! お父さんが出てっちゃった今この子だけが希望なのよ~」
そう言って棚から丈二の子供の頃の写真を取り出して見せる母親。
小学校の受験に合格し入学した時のものだった。
「そうなんですね……」
あまりの溺愛っぷりに麗奈は若干引いていた。
しかし引いた理由はそれだけでなく、聞いていた通り丈二に理想を見出し依存している風だったから。
これは逆らえない訳だと納得してしまう。
「ごめん、話逸らしちゃったね」
無理やり話を戻す母親。
丈二は覚悟を決めて深呼吸する。
「ふぅぅぅ、大丈夫……」
そして伝えるのだ、自らの真相を。
「母さん、驚かないで聞いて欲しいんだ」
「えぇ何かしこまって、そんな驚かないよ~」
まだ彼女は何も分かっていない、だからこそ怖いが向き合うのだ。
「ごめんっ!!」
思い切り頭を下げる丈二。
流石にそれは予想外だったようで母親は驚いてしまう。
「え、どうしたの謝って……?」
「俺、ずっと嘘ついてた……」
向き合うのだ、心から向き合えばきっと想いは伝わるはず。
「大企業に勤めてるなんて嘘、本当はフリーターで友達のアパートにお情けで住ませてもらってた……!」
「え……?」
「しかも今はそれすら投げ出して車盗んで逃げたんだ、警察にも追われてる……!」
「え、え……?」
状況が理解できない母親。
麗奈が協力しスマホでニュース画面を見せる。
「これ、私たちのニュースです」
「誘拐って、えぇ……?」
「あっ、誘拐は誤解なんですけどねっ」
必死に弁明する麗奈。
しかし母親はあまりのショックでまだ事実を呑み込めていない。
「ちょっと待って、揶揄ってるの?」
「いや、本当なんだ」
しかし丈二はようやく向き合う事の意味に気付いた。
その事実もしっかり伝える。
麗奈も相槌をして心から応援した。
「でもコイツと出会って向き合わなきゃって思えたんだ、ちゃんと現実を見て逃げずに乗り越えて初めて自由になれるって分かったから……!」
「うん……!」
「俺が本当に頑張るべき方向はこっちだったんだよ、母さん!」
母親の顔をしっかり見て伝える丈二。
しかし当の母親は目が完全に死んでいた。
「じゃあ大企業で出世したのも可愛い彼女がいるのも……?」
「ごめん、嘘ついてた」
「~~~っ」
次の瞬間、母親はテレビのリモコンを拾い上げ思い切り投げつけた。
二人の間をすり抜け背後の扉に強くぶつかる。
「出ていけぇ! この疫病神がぁ! アンタは私を幸せにしてくれると思ったのに!」
喚き散らしながら手あたり次第ものを投げつけてくる。
「アンタが生まれてから全部ダメになった! 何も出来ないからお父さんにも出ていかれたし!!」
そして遂に入学式の写真も構わず投げつけた。
「ふざけるなぁっ!!!」
その写真立てはなんと麗奈の頭に思い切り命中した。
勢いよく尻もちをついてしまう。
「あぁっ……」
「おいっ!」
額からは血が流れている。
丈二はすぐさま駆け寄った。
「大丈夫か⁈」
「大丈夫、そんな深くないだろうしビックリしただけだから……」
頭を押さえながら立ち上がる麗奈を丈二はずっと支えていた。
「母さん! もうやめてくれ!」
悲痛な声をぶつける。
母親も流血を見て少し冷静になったようだ。
「俺ちゃんと頑張るからさぁ、その覚悟だって決めたんだ! 逃げずに現実に向き合って変わろうとしたのに……!」
「私は逃げたままで良かった、辛い現実から死ぬまで逃げおおせれば良かった……っ!」
「それじゃあ俺がっ……」
“俺が辛いままじゃないか”。
そう言いかけて思わず躊躇ってしまう。
もう母親には何を言っても無駄だと思ってしまったのだ。
正論は逆効果だろう、こうなれば選択肢は一つ。
「行こう……」
麗奈の手を引き丈二は部屋を後にした。
手を引かれる麗奈も辛そうにしていた。
「二度と来るなぁ!」
最後まで母親は怒号を浴びせてきた。
扉を閉めても泣き叫ぶ声が聞こえてくる。
それに気付いたスタッフが慌てて向かって来る、二人とすれ違い彼女らは母親の部屋に直行した。
☆
丈二と麗奈の二人は一度外へ出てグループホームの玄関前にある段差に腰かけた。
お互い無言で、丈二は震えた手を使い煙草に火を点けた。
「俺さ、頑張ったよ」
一口吸うとポツリと呟いた。
「頑張ったんだよ沢山、母さんのために」
これまでの母親に捧げてきた人生を思い出して苦しくなる。
瞳も潤み徐々に零れ落ちてしまいそうだ。
「本当にさぁっ、頑張ったんだって……っ! なのに何でこんな報われねぇんだ……⁈」
とうとう涙がポロポロと零れ落ちてしまう。
“頑張った”と何度も連呼している、まるで認めてもらいたいかのように。
「お兄さん……」
麗奈は何も言わずそっと丈二の肩を抱き寄せた。
丈二もそれを受け入れ身を委ねる。
震える丈二の背中を麗奈は優しく摩っていた。
「よく頑張ったね、本当によく頑張ったよ……」
その言葉に丈二はハッとする。
これだ、自分がずっと求めていたもの。
結果なんて要らなかった、ずっと母にこう言って欲しかったのだ。
「あぁ、頑張った……」
最後にそう言って丈二は麗奈から離れる。
まだ完全に傷が癒えた訳ではない。
「分かるよ、お兄さんの気持ち」
「え……?」
「私も一個嘘ついてた、本当は家出じゃなくて追い出されたの。“出ていけ”って今のお兄さんみたいに」
「そうか……」
尚更麗奈の事が愛おしく感じてしまう。
「お兄さんはちゃんと向き合えて偉いね、私と違って……」
「……っ」
麗奈に尚更同情してしまう。
彼女はずっと今の丈二と同じ気持ちだったのだ、それに気付けなかった。
「俺ら、何で生まれて来たんだろうな……?」
「お兄さん……」
するとそのタイミングで目の前に一台の車が停まった。
「っ⁈」
その車とはパトカーだった。
窓から丈二を見て無線で連絡する様子が見える。
「もしかしてここのスタッフが……?」
恐らく事情を知ったスタッフが警察に通報したのだろう。
最悪のタイミングでの到着だ。
そして降りてきた警察官が丈二に迫る。
「岬 丈二だな、逮捕する」
手錠を持って迫ってくる警察官を見て丈二は決心した。
「何も分かんなくなっちまった、このままで……」
背後の麗奈の顔を見てある行動に出る。
「このままで終わってたまるか……っ!」
丈二は急いで麗奈のデニムジャケットのポケットに手を突っ込む。
その中に仕舞ってあったあるものを取り出した。
「え、お兄さん⁈」
それは遊園地の射的で獲ったモデルガンだった。
本物ソックリのモデルガンを麗奈のこめかみに当てて人質にとるような体勢になる。
「近づくなっ、コイツを撃つ!」
麗奈も驚愕している。
当然警察官も驚いて一歩下がってしまった。
「動くなよっ」
自分でも何をしているのか分からなかった。
ただこのまま終われない、その思いだけで丈二は麗奈を人質にとる演技をしたのだ。
つづく
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