第11話

 指定のライブハウスへやって来た二人。

 幸いまだ演奏は始まっていなかった、客入りのタイミングだったようだ。


「お、今日の出演バンドだって!」


 ポスターで今回のライブの詳細を確認する麗奈。

 出演するバンドの名前を読み上げて丈二は驚愕した。


「えっと、"√66"! いい名前じゃん!」


「マジかよ……」


 何処か怯えるような表情を浮かべる丈二。

 しかしそれに麗奈は気付かなかった。


「早く行こ!」


 中へ入る二人。

 小さなライブハウスだがそこには客が割と多めに入っていた。


「おぉこれがライブハウス! わぁ、本当に来たんだ」


 喜んでいる麗奈と対象にソワソワしている丈二。


「凄い、バーもあるよ! お酒も飲めるんだ!」


 発見をしては丈二に伝えるが全く聞いていない。


「ねぇ聞いてるの〜?」


「あっ、ごめん……」


「さっきからボーッとして、もしかしてトラウマでも蘇った?」


「やめろっ……」


 ニヤニヤしながら脇腹を突いて来る麗奈をあしらっていると声を掛けられた。


「あれ? 岬じゃん、来てくれたの?」


 声の方へ振り返ると金髪の派手な男たちが三人。

 丈二は一気に冷や汗が流れた。


「もしかして出演する人? お兄さん知り合いなの⁈」


 麗奈は明らかに喜びを見せるが丈二の血の気の引いた顔を見て状況を察した。


「もしかして……」


「あぁ、俺が作ったバンドだよ……」


 その言葉を聞いたメンバーは笑って言った。


「このメンバーに会わせてくれて感謝してるよ。そうだ、アンコールとかでまた一緒にやらないか? 限定でさ」


 “このメンバー”の中に恐らく丈二は入っていないだろう。

 現リーダーの男は背後にいる他のメンバーたちと肩を組んで言った。


「えっと、まぁ……考えておくよ」


「マジで! PAさんにも言っとくから、お前のこと覚えてるかもだしな!」


 半ば強引な形で丈二は演奏に参加させられる可能性に巻き込まれた。

 明らかに嫌そうな丈二の様子を見た麗奈はリーダーに文句を言おうとしたが彼らは既に準備に向かってしまった。


「はぁ……」


 大きな溜息を吐く丈二に麗奈は同情してしまうのだった。



 ☆



 そしてライブが始まる。

 辺りが暗くなり明るい音楽と共に先程のメンバーが現れる。


『来たぜホーム!』


 ギターボーカルのリーダーが叫ぶと客も歓声を上げる。

 しかし丈二はそれに比例して気分を落としていた、麗奈もそんな彼を心配する。

 当然だ、自分が抜けて路線変更した事で人気が出始めたのを目の当たりにしたのだから、自分の存在意義を疑ってしまう。


『十字路の真ん中で迷う僕を見つけて~』


 二人の好きなロックとは程遠いJ-POPに近いサウンドの曲に周囲は盛り上がっている。

 疎外感すら覚える二人は居心地の悪さも感じていた。


「っ……」


 とうとう我慢できなくなったのか麗奈は一度その場を離れる。

 取り残された丈二は更に孤独になった。


『ありがとー!』


 そしてライブは終盤、最後のMCの時間となった。


『今日は皆さんに報告があります!』


 ザワザワする客席の声を聞いてからリーダーは応えるようにマイクに向かった。

 そして大声で報告を叫ぶ。


『メジャーデビュー決定しましたぁー!』


 その声と共に客席は大いに沸く。

 待ち望んだファンが多かったのだろう。

 しかし丈二は麗奈もいない事もあってか更に気を落としてしまった。


『紆余曲折ありましたがお陰様でここまで来れました……!』


 ここまで来れた経緯などを語り始める。

 そして話題は遂に。


『この最高のメンバー達と出会わせてくれた影の立役者が来てくれてます!』


 その声と共に客席の丈二にスポットライトが当たる。

 他の観客も一斉にそちらを向いた。


『創設者にして初代リーダーの丈二くんです! ホラ、上がって!』


 手招きされて仕方なく重い足取りで丈二はステージに上がる。

 そこから客席を見て久々の景色に少し圧倒されてしまった。


『えっと、こんばんは……』


 マイクを渡され少し喋るが緊張などあり上手く話せない。

 見兼ねたリーダーはマイクを返してもらい話を続けた。


『今日はね、特別に最初期のスタイルで一曲やっちゃおうかな⁈』


 その言葉で客席は更に沸く。

 恐らく今のスタイルになってからのファンのものであろう声が聞こえる。


「昔のサウンド聞きたーい!」


 プレッシャーが丈二を襲う。

 恐らく今の状態のファンが丈二の演奏を見ても何も響かないだろう。

 J-POP風のサウンドが好きな人がいきなりロックを聞かされてどう思うだろうか。


『ホラ、ギターも用意してるぜ?』


 リーダーはそう言ってギターを渡して来る。

 仕方なく受け取りサウンドチェックに入るが久々なのと恐怖から手が震えてしまい上手く弾けない。

 その様子を見た客席の盛り上がりが小さくなっていくのを感じる、期待外れもいいところだろう。


『はは、久々で緊張してんのかな……っ?』


 リーダーもこのままではマズいと焦り始める。

 当然丈二にも伝わっていた。


「はぁ、はぁっ……」


 どんどん呼吸が荒くなっていく丈二。

 このまま恥を晒して終わってしまうのか。

 そう思った時、客席から声が響く。


「お兄さんっ!」


 麗奈の声が静まり返ったライブハウス内に響く。

 一同は一斉にそちらを向いた。


「お前っ……⁈」


 よく見ると麗奈は片手にバーで買ったであろう酒瓶を持っており酔っているようだった。

 顔は真っ赤で目は虚ろである。

 そのまま更にグビッと飲んで丈二に伝えた。


「私のために頑張るって言ったでしょ⁈ だったら見せてよ、自由なロック!」


 酒癖の悪かったような麗奈に一同は少し引いているが丈二の魂には響くものがあった。


「ビビってないでっ、私のためだけに魅せてっ!!」


 その声を聞いた丈二は冷静さを取り戻す。

 そしてリーダーに覚悟を伝えたのだ。


「準備いいぞ、曲は“アレ”でいいな?」


「お、いいね」


 そしてライブハウスは静まり返る。

 丈二は準備を完了させ演奏を始めるのだった。


「すぅぅぅ、カマすぜ」


 そして思い切り叫んで重低音のギターをかき鳴らした。



 ☆



 響く重低音のパワーコード。

 先程までとは遥かに違うサウンドに客は驚いていた。

 麗奈は圧倒されている、始まった瞬間に鳥肌が立ってしまうほど。


 この曲はインストゥルメンタル、歌のない楽器演奏だけの楽曲だ。

 丈二の激しいギターリフが刻まれ段々とボルテージを上げていく。

 そして先程からは想像も出来ないほどテクニカルなギターソロに入る。


 あまりにも丈二の独壇場だったため他のメンバーのファンたちはポカンと口を開けていたが麗奈の口角は確実に上がっている。

 少し手クセでアドリブを入れたりして丈二も掴んでいく。

 速弾きも完璧で他のメンバーには到底弾けたものではないだろう。


 しかしそこで一度ギターソロは終わりベースとドラムのターンへ。

 丈二の独壇場に正直飽き飽きしていた客は次々と歓声を上げる。

 その事実を目の当たりにし丈二は休みの間また自信を失くしてしまう。


「はぁ、あぁっ」


 息が切れてくる、このまま再開してしまえばまた変なミスをしてしまい気分は最悪だろう。

 少しはしゃぎ過ぎたか、思えばクビになった理由に他メンバーとの温度差の違いというのもあったのかも知れない。

 それに気付くと少し先程の演奏を後悔してしまう。


 ほんの少しの希望に縋るように麗奈の方を見る。

 すると彼女は酒瓶を片手に丈二だけを見て微笑んでいた。


「そうだ、コイツのためだけに……」


 先程の言葉を思い出し丈二は覚悟を再度決める。

 そして麗奈に向かって微笑み返してからピックを握る指に魂を込めた。


 ギターパートが再び訪れる。

 最後の見せ場に繋がる最高のパートだ。

 

 丈二は麗奈だけを、麗奈は丈二だけを見つめる。

 お互いの為だけにかき鳴らし、それに応えて踊った。


 そして曲は最終版のギターソロへ。

 泣きのフレーズが美しく激しく奏でられる。

 丈二は完全に自信を取り戻し思い切り演奏した。


 そして最後にメンバー達と顔を見合わせタイミングを計る。

 完璧な締めを飾るために。


 そのまま丈二の合図で最高の締めくくりを迎えた演奏。

 客席には酔った麗奈の歓声だけが響いていた。






 つづく

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