向き合う

第8話

 スポーツカーに乗りながら移動する二人、当てのない旅路をひたすら走っていた。

 丈二は相変わらず麗奈のために煙草を持つ手を窓から外に出している。


「いくら医者の娘でもね、自由がなきゃ幸せじゃなくない? 欲しいものがそれじゃなかったらさぁ!」


 麗奈はひたすら愚痴を丈二に吐いている。

 どうやら彼女は医者の娘らしい、そのため由緒正しき生活を強いられて来たため自由に憧れたそうだ。

 丈二に関しても家出をして行き場のないタイミングで現れたのだから尚更運命のように感じたのだろう。


「酷いよ全部親が決めてさぁ、習い事も部活も友達も選べなかったんだよ? 酷くない?」


「あぁ……」


 丈二にも気持ちが分かった、母親のために縛られて来たのだから。

 しかし自分を自由だと思ったのなら複雑な気持ちだ、自分は彼女のためにそれを演じなければならないのだ。


「この服装だって隠れてやってるからね? サブカル好きって言ったけどさ、映画も音楽も隠れてちょっとしか見れないし」


 窮屈さがそれだけで伝わって来る、丈二も母親との事を思い出して少し身悶えしていた。

 しかしある事を思い出す、一時的に丈二を救ってくれた存在の事を。


「音楽な、聞きたいか?」


 それは音楽だった。

 バンド活動をやっていた時、ギターを弾いていた時は母の束縛から解放されていると錯覚できたのだ。


「え、もしかして聞けるの?」


「スマホに入ってるぞ、どんなのが好き?」


「もちろんロック!」


 そう言われて丈二は少し微笑ましくなりながらスマホとスポーツカーのスピーカーをBluetoothで接続する。

 そしてお気に入りのプレイリストを一番上から流した。


「ロックは良いぞ、まさしく自由だからな」


 少しカッコつけて曲を流す。

 しかしまだイントロであり静かな旋律が流れた。


「ここから激しくなるの?」


「聞いてろって」


 すると曲は盛り上がりを見せリズムを刻みながら激しいロックを奏で始めた。


「おー! カッコいいね!」


「だろ?」


 丈二の最も愛するロックシンガーの声とギターが心地よく心臓を昂らせる。

 魂が揺れるような曲を聴きながら麗奈がふと疑問に思った事を丈二に質問した。


「お兄さん音楽好きならさ」


「ん?」


「楽器とかやらないの?」


「……っ!」


 ノリノリな麗奈が純粋な目で聞いて来る。

 彼女からするとただの疑問なのかも知れない、楽器まで弾けたら更にカッコいいなどと思ったのだろう。


「大丈夫……?」


 丈二が突然黙ってしまったため麗奈は驚く。

 自由でカッコ良くて更に音楽が好きな男にとって楽器の話題が地雷だなどと思わないから。


「いや何でもない」


「本当に?」


 本当はかなり辛い思い出があった、見事に地雷だったのだ。

 しかし麗奈をガッカリさせないためにも丈二は見栄を張ってしまった。


「ギターは弾けるよ。でもバンド組んだ時にさ、いわゆる方向性の違いってやつ? それが合わなくてクビになったんだよな」


「よく聞くやつ! でもお兄さんがクビになったの?」


「俺が組んだバンドなのによ、俺がクビになったんだよ。おかしくねぇか?」


 本当の話ではあるが強がって気にしていないように見せる、しかし麗奈は少し違和感を抱いていた。


「そのクセ方向転換したら人気出始めてよ、俺がダメだったみたいじゃねーか」


 話していると段々ストレスが溜まって来た、思い出したからだ。

 窓から出していた手を車内に戻し煙草を全力で吸うと咽せてしまった。


「ぶっ、ごほっ……」


「大丈夫?」


「あぁ、ちょっと思い出したら腹立って来てな」


 そして辞めたバンドの事を更に深く語り出す。


「俺は自由なロックがやりたかったのによ、アイツらはそれが面白くなかったんだと」


「えーロック楽しいのに」


「でも今の世の中はそれが伝わらん奴が多いみたいでよ、自由になろうとすると抑圧される」


 そして麗奈に自分の事を想いながら警告とも取れるような言葉を伝えた。


「自由って言えば聞こえは良いけど孤独になっちまうぜ」


 丈二は自分が心配だった、このまま自由と言えば聞こえは良い現実逃避をした果てには孤独しかないのでは。

 一方で麗奈は少し考えるような素振りを見せる、そして思った事を丈二に伝えてみた。


「私はお兄さんと会えたよ?」


「それは……っ」


「だから孤独じゃないと思うんだ、少なからず同じ仲間は居るんだよ!」


 あまりにも純粋な目で言う麗奈に丈二は少し考えさせられる。

 自分はこんな純粋な少女を期待させて騙すような事をしてしまっている。

 自分が行っているのは真の自由ではない、破滅しか道のない現実逃避だ。

 彼女をそれに巻き込んでしまった事を少し悔いる。


「ん……?」


 そのタイミングで流れていたロックが止まり代わりに電話の着信音が流れる。

 スマホの画面には母さんと書かれていた。


「う、マジか……」


「お母さん?」


 もしや事件の事を知られてしまったのでは。

 遂にこの時が来てしまった。

 母親がもし何かしてしまえば、自死や見放しでもすれば本当に丈二は孤独になってしまう。


「うぅヤバい、ニュース見たのか……?」


 そのように震える丈二を見た麗奈は只事ではないと思ってしまった。

 ニュースを見た事も考慮した上である考えを思い付いたのだ。


「何か言われるの心配?」


「まぁ、少しは……」


「じゃあ任せて、誤解も解くから!」


 そう言って麗奈は通話ボタンをタップしようとスマホに手を伸ばした。

 丈二を束縛した事に対する文句を言ってやるついでに誘拐ではないと伝えようとした。


「あ、やめ……!」


 止めようとする丈二だがハンドルを握っていては上手く止められず遂に麗奈はボタンをタップしてしまった。

 スピーカーをオンにする、すると。


『もしもし⁈ やっと出てくれたぁ!』


 開口一番で母親の大きな声が響く、そのため麗奈も言おうとしていた事が言えなかった。


『もしもし、丈二?』


 返事がないため聞き返す母親。

 麗奈は何か言おうとしたがそれを恐れた丈二が静止し言葉を放った。


「もしもし母さん……?」


 恐る恐る口を開くと母親の嬉しそうな声が聞こえる。


『久しぶりに声聞けた〜、今何やってんの? もしかしてもう職場?』


 その口ぶりから事件の事は知らないようだ、丈二は麗奈と顔を見合わせ驚く。


「向かってる所だから大丈夫だよ、母さんもどうした……?」


 勘付かれないように少し探りを入れてみる。


『電話はいつも朝してるでしょ? でも出てくれて良かった、なんか今日スタッフの人がテレビ見せてくれなくて暇してたんだよ〜』


 テレビを見せてくれないと言うスタッフ。

 恐らくその人らは知っているのだろう、丈二が何をやらかしたかを。

 事情を知っているため母親にはテレビを見せないようにしているのか、丈二と近い考えを持っているらしい。


「そっか、何でだろうね……?」


 知らないのならまだ好都合だと思い誤魔化す丈二。

 すると母親はこんな事を口にした。


『そいえば今月の振り込み、もうすぐだからお願いね』


 グループホームの家賃の支払いについての話題が出たため丈二は少し焦る、麗奈の反応が気になった。


「あ、あぁ……」

 

『本当助かる〜、デキる息子を持ったら幸せだね〜』


「そうだろ、はは……」


 段々声に元気が無くなって来る。

 しかし息子の声が聞けて満足した母親は話を終わらせようとした。


『じゃあ切るね、お仕事がんばってもっと母さんを喜ばせてよ!』


「あぁ、頑張るよ……じゃあ」


 また"頑張れ"という言葉を最後に電話は切られた。

 丈二は複雑な気持ちになりながら麗奈の方を見る、すると彼女は不思議そうな表情をしていた。


「仕事?」


「あ、いや……」


 麗奈にはどう誤魔化したものか、既に仕事という単語から自由でない男というレッテルを貼られてしまっているかも知れない。


「えっとな、こんな事してアレだろ。仕事なんか行けないだろ」


 必死に誤魔化そうとして麗奈は少し納得してくれたようで。


「確かにそうだよね、ニュースにもなってるし」


 丈二も上手く誤魔化せたのではと少し安心した。

 しかしまだ心にはしこりがあった。


「にしても何今の、仕事とか振り込みとかさ! 息子からお金取ろうとしてんの?」


「母さんの家賃だよ……」


「えぇ! それくらい自分で払えって〜!」


 丈二の母親を悪く言う麗奈。

 確かに的を得ているがどこか不安になる丈二。

 しかし彼女のためにもそれを見せる訳には行かなかった。


「だよな、だから俺もちょっとだけどお前の気持ち分かるんだよ」


 知られてしまった事は隠さず少し真実を語る。


「しつこい親が居るって意味ではな。自分と重なる所もあるから自由を味わせてやりたいって思ったんだ」


 すると麗奈は少し嬉しそうな表情を浮かべる。


「お兄さん優しいね」


「は?」


「自由な上に優しいって完璧だよ」


 初めてそんな言葉を掛けてもらえた、しかしあまりに本当の自分とはかけ離れているため正直少し辛かった。


「俺は……そんなんじゃねぇ」


 少し目を逸らして言ってみるが麗奈はその言葉を否定する。


「ううんそんな事ないよ。今が凄く楽しい、幸せだなぁ」


 先程の母親と同じ言葉を使う麗奈。

 それに気付いた丈二は例の言葉を思い出してしまう。

 直樹や上司にも言われた"中身を磨くために頑張れ"という言葉。

 今は中身を磨くチャンスなのかも知れない。


「俺、お前のためにも"頑張らなきゃ"な……」


 覚悟を決めて言ってみる丈二。

 その視線の先には観覧車が。

 知らぬ間に遊園地の近くまで来ていたらしい。

 その遊園地を指して丈二は麗奈に問う。


「なぁ、あそこ行った事あるか?」


「ううん無いよ。え、もしかして……」


「自由に遊んでみようぜ」


「やったぁ!」


 そう言って丈二はハンドルを切り遊園地の方へ進んで行くのだった。

 自分を偽りカッコつけ、麗奈を失望させないために"頑張る"のだ。

 もう二度と母親のような感情を抱かないためにも。






 つづく

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