桃井薫
あぁ、だめだ。
わかって、しまった。
私は、目の前にいる彼を、
是枝俊也さんを、
異性として、好いてしまっている。
*
江戸時代に遡る道場主の娘として生を受けてしまった私が、
最初に両親に味合わせたのは、失望だった。
薫、という名前自体、
男を想定した名付けだった。
実際、私は、小学生時代、ほぼ男のように育てられた。
母が病を得て亡くなってしまって以来、その傾向は激しくなった。
私は、達彦や孝明に揶揄われながら、男になろうと必死に稽古した。
だからというわけではないが、
私は、恋愛とはまったく無縁だった。
男になろうとしている私が、男性を恋愛対象とするはずもなく、
ましてや、女性を対象とするわけもなく。
背が伸びなくなり、
上位レベルの試合に勝てなくなり、父と激しい喧嘩をした時、
剣道に賭けてきた短い人生のすべてが、なにもかも嫌になった。
中学に入り、部内のトラブルを理由に剣道を止め、
似合いもしない女性らしい髪型にし、化粧を施したのも、
自分の決まりきった人生に対する幼稚な反発からだった。
クラスが変わった直後の娘が面白がってくれたので、
思ったよりもすんなりとイメージチェンジはできた。
その娘が、
殺人鬼に変貌するまでは。
あの瞬間のことを、
私は、一生忘れることはないだろう。
彼女が、突然、ナイフを持って立ち上がり、
私に向かって切りかかってきた。
私は、防戦すべきだった。
いや、率先して無力化すべきだった。
できなかった。
剣道部の人間関係を絶った私に、
話しかけてくれた数少ない娘だったから。
私は、もう少しのところで、
彼女に殺されるところだった。
その時。
鈍重な体格の男子生徒が、
私と彼女の前に敢然と立ちはだかった。
私こそ、彼を護るべきだった。
剣士として、もののふとして、当然なのに。
躰が、固まってしまった。
通常生活の慣習に、
素人に剣を抜くべきではないという思い込みに。
親しく言葉を交わした相手だという躊躇いに。
もう剣士ではなくなったという恥ずべき言い訳に。
私の不決断と不覚悟が、
彼を、彼女の鈍い刃に貫かせてしまった。
悔恨の絶叫が、視界を激しく揺らした。
しかし。
自らの血を刃に含まされたというのに、
激痛が身を捩っているだろうに、
彼は、微動だにしなかった。
むしろ、その動きは僅かに機敏になり、
彼女の猛烈な攻勢を的確に防いでいた。
私が、前に出るべきだったのに。
私こそが、護るべきだったのに。
彼に、護られてしまった。
父には、自分の身の護り方を、
人を無力化する術を教わっていたが、
こんな風に父に護られたことはない。
純粋に人に護られるのは、
生まれてはじめての体験だった。
彼の大きな背中を、
彼の不動心を見せつけられた時、
私は、不覚を、不覚悟を、心から恥じた。
*
是枝俊也さん。
転校生である彼は、率先して誰とも話すことはない。
しかし、孤立を厭う風もない。
常に、泰然としている。
それよりも、
(偶然とはいえ、
……
まるで、包み込まれるような声だった。
私の知るどの年上の人物とも違う、真の大人の対応だった。
ただの幼稚な意地で
御礼を押し付けようとしたのに、
それだけでないなにかが、私の心の中に生まれてしまった。
私は、生まれたての朧気な気持ちを確認する暇がなかった。
それよりももっと心を支配していたものと
正面から向き合わなければならなくなったから。
*
私は、剣道を介することのない、
ごくふつうの女子の友達や、
女子同士の洗練された会話に、憧れていた。
物語に出てくるような、放課後の終わらないおしゃべり。
ファミレスのドリンクバーで3時間粘れる尽きない会話。
垢ぬけたカフェに隙の無い服で街に佇む女性。
私の周りにまったくないものに
ただ、ぼんやりと憧れていた。
江戸時代に遡る伝統ある剣道場の跡取り娘であったこと、
同世代の女子が私に比べて腕が立たないことから、
父や、父を慕ってくる高弟など、
自分よりも大幅に上の年齢の男性とばかり接していた。
干支が一回り近く離れている達彦や孝明が近く感じるくらいに。
私を巡って女子剣道部の中が揉めた時、
私は、今度こそ剣道を止め、
ごく普通の女子になれると思った。
なれるわけはなかった。
クラス内では、すでに女子同士がグループを作っている。
私は、存在自体がグループの外の人間だった。
唯一、私と接してくれた娘は、
私を殺そうとする悪鬼に変貌してしまった。
なぜ彼女がそんなことをしたのかと孝明に尋ねられた時、
私は、返す言葉をまったく持たなかった。
彼女のことを、なにも知らなかった。
知ろうともしなかった。
知ったところで、動機がわかるわけもなかった。
思い返せば、彼女は、いろいろな人に声をかけていた。
私はその中の物珍しい一人に過ぎなかっただけ。
関係の分からないままに私に刃を向けた彼女よりも、
彼女から護ってくれた彼のほうを考えていた時。
担任から、打診された。
学級委員にならないか、と。
いまの学級委員の娘が、
所属している部活の部長候補になり、
忙しくなったので変わってほしいのだと。
学級委員をやれば、剣道をやらない理由になる。
学級委員をやれば、女子の友達ができるかもしれない。
でも。
(水曜日と金曜日、
手解きをして頂けませんか。)
是枝さんからの申し出が、あと一日遅ければ、
私は、学級委員を受けていただろう。
恩人からの申し出と、剣道から離れられる機会を
天秤にかけた私は、卑怯にも、是枝さんを試した。
初心者ですらない是枝さんに、
中学の部活メニューを、ほぼそのままやった。
正直に言おう。音をあげて貰おうと思ったのだ。
しかし。
(お気になさらず。
次回も宜しくお願いします。)
彼は、泰然と、なにごともなかったように耐えていた。
真っ青な顔をして、疼くような筋肉痛に喘いでいるはずなのに。
それどころか、私を気遣ってくれる優しさすら見せて。
己の卑しさと失礼さとくだらなさを心の底から恥じた私は、
華やかな街の似合う垢ぬけた女子中学生になる憧れと、
剣道を介さない、ふつうの女子の友達を作る夢の双方を閉ざした。
いまにして思えば、心底どうでもいい、
なにひとつ実になることのない拘りだった。
その道こそまっとうな人生に抜ける唯一の道に感じていたのに。
*
剣道は、もう、できないと思っていた。
三か月離れれば、取返しはつかないだろうと。
躰は、渇望していた。
柄の黒ずんだ竹刀を握りなおした時の震えるような喜びを、
踏み込みが正中線を寸分違わず捉えた時の安堵感を
私は生涯忘れることはないだろう。
愚直なまでにひた向きについてくる是枝さんに
初心者にはかなりハードなレベルで基本を叩き込んでいるうちに、
私自身が、大切なことを思い出していた。
試合のために剣道があるわけでもなく、
父のために私の人生があるわけでもない。
父は、私にとって、
敬意の対象であるとともに、呪縛の象徴だった。
剣道から離れられる曜日だった日に、
是枝さんとの稽古を終えた後で、
たった一人、誰にも見られずに、
純粋に、心と躰の赴くままに稽古する。
躰は、歓喜した。
父の、部活の呪縛を離れて、
思い通りに、自由に、自在に竹刀を振るえることが、
私の心をいかに解放したか、言葉に尽くすことはできない。
圧倒的な躰の喜びは、
「ただの女子中学生」への僅かな憧れを
木っ端微塵に消し飛ばした。
学級委員の話を断ってから、
私は、女子の誰からも話しかけられなくなった。
おそらく、誰かから、無視しろとの指示が出ていたのだろう。
担任すらも、私を庇うそぶりをまったく見せなかった。
もし、自由に竹刀を振るう喜びを躰に味合わせていなかったら、
私の精神は病んでいたかもしれない。
いまや、完全に逆になっていた。
父親も、部活も、学校すらも、私には必要ない。
なんというくだらないことを悩んでいたのだろう。
そんな時だった。
是枝俊也さんが、左腕を撃たれた。
身を挺して警察官を護ったのだと言う。
私は、唖然とした。
なぜ、彼が、そんなことをしなければならないのか。
なぜ、彼は、自らの命を人に容易く差し出すのか。
彼の待つことのないがらんどうの道場に入った時、
私は、思わずたじろいだ。
いつのまにか、
彼の存在が、私にとって大きくなっていた。
私がまともに話ができるのは、彼だけになっていた。
それなのに、彼は、私を置いて死ぬかもしれない。
いやだ。
そんなのは、いやだ。
そんな気持ちが芽生えた意味を、
私はまだ、よくわかっていなかった。
*
是枝さんは、
雑誌に乗るようなタイプの容姿ではない。
どちらかといえば、横幅も大きく、頬も弛んでいる。
しかし、彼に長く接していると、
容姿のことなど、忘れてしまう。
彼は、忍耐強く、辛抱強い。
粘り強く、直向きに、
私の言った通りに、急速に成長していく。
竹刀を置いた彼は、
私と同い年とは思えないくらい落ち着いていて、
細やかな気配りとさりげない優しさに満ちている。
私は、いつの間にか、
彼と話す僅かな時間を惜しいと思うようになった。
心の天秤が傾く決定的な瞬間は、
思いがけないところから訪れた。
「……薫。」
小学校6年生以来、
絶縁していた父から、話しかけられたのだ。
「はい。」
緊張に身を震わせた、その時。
「……その、なんだ。
浴室の掃除をしてくれているようだな。」
私は、なんのことかわからず、一瞬、無になった。
そして、驚愕した。
「道場の者にも評判がいい。
これからも頼む。」
私は、言葉を発することができなかった。
*
「あぁ。
当然のことです。」
彼は、こともなげに言った。
「
まったく釣り合っていません。
二十分の一にもなりません。」
「ですが。」
「桃井さんには、
ありがとうございます。」
裏表のない、
深く、優しく、包み込むような声に、
涙腺が、破れそうになった。
不器用で卑怯な私にできることは、
ただ、彼の後ろを向くだけだった。
*
己の心を飾らずに話せる貴重な異性。
それを恋心と呼ぶと気づくには、
私は、あまりに無知で未経験だった。
是枝さんと話すことが人生最大の楽しみになった頃、
私は、父に頼まれてしまった。
「神保町の書店に古流の専門書を頼んでいたが、
入手できたと連絡があった。
受取にいってくれ。」
私の脳裏に、天啓が降りた。
神保町。
女子になろうと思って読んだ雑誌では、
古くからの喫茶店街として知られていた。
さりげなく、誘えれば。
いつもより、長く話が、できるかもしれない。
外で、話せたら。
なにか、違うことが始まるんじゃないか。
私の心は、それを考えるだけで浮き立ってしまった。
生まれて初めて。
でも、
どうやって伝えればいいか、まったく分からなかった。
母が生きていれば違ったのかもしれない。
いや、こんなことを母に相談などするはずもない。
私はたぶん、しどろもどろだったと思う。
でも、彼のほうが、神保町に用事があったらしく、
真剣な表情で頷いてくれた。
「
制服姿の彼が、私に、優しく話しかけてくれる。
深く、心の襞に沁みてくる声に、心を掴まれてしまいそうになる。
その、時。
『A Theory of the re-phenomenonization』
彼が理系の専門書店で買った英語の著書を
大切そうに見る姿が目に入った。
「その、貴方は、
理系に進学されるのですか?」
数学が苦手な私にとって、理系への進学は想定できない。
「まだ、決めておりませんが。」
怪訝そうな表情をする彼の顔を見て、
私は、
「よかった。」
本音を、ぼろっと口に出してしまっていた。
「な、なんでもありえませんっ。」
顔から火が出るくらい恥ずかしかった。
妄想していた予定が、完全に飛んでしまったくらいに。
*
「なぁ、わかるだろう。
このままじゃ、都にも出れやしないんだよ。」
椎原先輩が、私につきまとってくる。
この人のことは、別に好きでも嫌いでもなかったが、
ちょっと、しつこすぎる。
私を追放した後も、先輩同士でもめ事があった上に、
同学年の選手の一人を退部に追い込んだ当の
アキレス腱を切って出られなくなったと。
「去年のことは悪かった。
反省してる。
この通り、髪も一厘に丸めてきた。」
そこだけはもの凄い度胸だと思ったけれど。
「だから、頼むっ。」
いまさらだと。
そして、そんなことよりも、
「申し訳ありませんが、お断りします。」
「な、なぜだっ。
なにが不満なんだっ。」
部活なんかに出たら、
是枝さんを指導する時間が減るじゃないか。
話す時間がなくなるじゃないか。
「お伝えするわけには参りません。
私は先輩たちに追放された身ですから。」
先輩に向かって、
こんな風に言えるようになっている自分に驚いた。
その口調が、彼に少し似ていることにも。
「ぐっ。」
ほんの少し、心に騒ぐものに蓋をしながら、
私は、ことさらに冷酷な表情を表皮に乗せた。
「もう二度と来ないでください。
失礼します。」
*
翌日。
「椎原先輩、桃井さんの彼氏にも伝えたって。」
トイレの入り口ですれ違った別のクラスの元剣道部の娘が、
私に、意外なことを言った。
「かれ、し?」
「違うの?
桃井さん、あのデブと神保町にいたんでしょ。」
見られてた。
なぜ。どうして。
「ま、わたしはもう止めたから、
関係ないんだけどね。
いいよね、桃井さんは引き止められて。」
お洒落な薄化粧をした彼女の嫌味など聞こえないくらい、
私の脳に、聞きなれない単語が蠢いていた。
彼氏。
カレシ。
そうなれたら、どれだけいいだろう。
……。
なれっこ、ない。
私みたいな、女になれない存在では、とても無理だ。
きっと、雑誌に乗るような、可愛くて素直な娘が、
彼の傍に
……
いや、だ。
でも、どうしようもない。
なんで私はこんなふうに生まれてしまったんだろう。
なんで。
*
「ただの正剣では。」
私の心の中の一番重い蟠りをぼろっと出した後に、
彼は、予期せぬ言葉を、私にくれた。
「その論理で言うと、背の小さな人は、
不利な条件を背負って座して死を待て、
という話になりますが。」
「そうです。
敗れても、正々堂々と戦うのが正しい姿です。」
動揺した私は、少しムキになって言い返してしまった。
父なら、こう言うであろうことを。
だから。
「御立派な体格にお育ちされた
彼の言葉は、その深く優しい声は、
私の胸を、心の急所の一番奥を、
ただの一撃で貫いた。
私は、父とは、違う。
違う存在だと。
私は、父から離れても、
どこかで、父になろう、父にならなければと考えていた。
男として生まれなかった私の義務だと。
その、直後に。
「試合、出たいなって思うことは、
恥ずかしいことではありませんよ。」
私が秘していたはずの卑しい心を、
真直ぐに、打たれてしまった。
試しあいに過ぎない試合に拘るなど下賤だと教え込んだ父への
僅かな反発を、正中線ど真ん中を割られて。
人から理解されたことなど、
生まれてから一度もなかった私なのに。
彼の言葉が、驚くほど速く、
私の躰の奥深くへと染み込んでいく。
(御父上の間尺に合わないだけですよ。)
私は、父では、ない。
だったら、私は、私の剣道ができる。
*
区大会。
私は、次鋒として出場した。
「あ、あの男との約束だからな。
お前に過大な負担はかけないし、
負けても文句は絶対に言わない。」
椎原先輩は、
まわりに聞こえるように、少し大きな声で言った。
律儀な人だと思う。
試合会場の喧騒と熱気を味わうのも久しぶりで、
竹刀の計量を忘れそうになるくらいだった。
私の躰は、私の想像を遙かに超えて軽かった。
対戦相手には申し訳ないが、決勝に至っても、
まったく相手にならなかった。
「……凄まじい強さだな。
流石は桃井道場の跡取り娘か。」
下級生の私を試合に出すことを躊躇い、
三条先輩の行動を黙認した顧問が、
眼を伏せながらぼそぼそと話しかけてくる。
「お前が大将で出てくれれば、
今日の決勝、勝てたかもしれないが。」
いまさら、
どの面を下げて、なにを言うのだろう。
恥を知らないのだろうか。
……
出たい。
出てみたかった。
いまの私で、戦ってみたかった。
「お断りします。」
彼が、護ってくれたのだから。
彼に、はめられた枠なら、私は、喜んで。
*
なのに。
「桃井さんが望まれるなら、
そちらが、優先されます。
約定を交わした時に、そういう話になっています。」
まるで、私が、
そう考えるのが、最初から分かっていたかのように。
こわ、い。
どうして、あなたは、
こんなにも深く、私を分かってくれるの。
私の心の襞に、そんなに優しく触れられ続けたら、
あなたに惹かれていく私が、
止められなくなってしまいそうで。
「あなたが、こわい。」
心の奥底の想いが、振動となって道場を揺らす。
あぁ、だめだ。
わかって、しまった。
私は、目の前にいる彼を、
是枝俊也さんを、
異性として、好いてしまっている。
*
私は、水曜日と金曜日を除いて、
都大会に向けた調整稽古に参加した。
区大会に出場してから、
女子部員と私の関係は、劇的に改善した。
上級生も、私に指導を求めるようになった。
でも。
誰と稽古しても、彼とは、違う。
当たり前だ。
彼は、忍耐強く、辛抱強く、しぶとく、粘り強い。
心が動じず、直向きで、我欲がない。
勝とうとする心に微塵も囚われていない。
姿かたちに似ず、澄んで、真直ぐな剣だ。
あんなに澄み切った剣を交えたことは、
生まれてから一度もなかった。
彼ではない誰かに指導しながら、
私は、どうしようもなく彼に心が惹かれていくのを、
止めることができずにいた。
*
ひとり、
ソワソワと考えてしまう。
柄にもなく膨らんでしまった気持ちを、
もてあましてる。
伝え、たい。
伝えてしまいたい。
でも、
ふつうに伝えてしまえば、きっと拒否される。
かといって、
秘めた愛を生涯貫くのは、私の趣味じゃない。
断られるにしても、堂々と、真直ぐに伝えたい。
こんな気持ちを教えてくれたあなたに、誠実に。
……
ただ、あなたのことを考えるだけで、心が浮ついてしまう。
心が、温かくなって、躰が、ざわざわと震えて。
あなたの名を、口に乗せる。
それだけで、涙が出そうになる。
唇が、躰が、ぶるぅっと震えてしまう。
あぁ。
私、好き、だ。
好きで好きでたまらないんだ。
どうしよう。
こんなことが、私に訪れることは
絶対にないと疑わなかったはずなのに。
*
決死の、覚悟だった。
「……人殺しでもしそうな顔して、
なにを言いに来るかと思えば。」
呆れている。
逆の立場なら、きっと私も呆れるだろう。
「私の知っている中で、
一番綺麗に身を飾れる人は、
三条先輩だったので。」
「……あんた、マジでどういうつもり?
試合に出られない私を嘲笑いにきたの?」
「そう見えますか?」
「……
あんた、中身、変わった?」
中身。
変わった。
「かも、しれません。」
私を敵視し続けた人に、
こんな風に飛び込むなんて、
絶対にしなかったろうから。
「……
あんたが去年、いまみたいに来れば、
こっちだって下らない意地張らなかったっての。」
「その頃は関心がなかったもので。」
なかった。
まったく、微塵もなかった。
「あんな陰険な眼をしたデブ野郎のどこがいいの?」
思わず、笑ってしまった。
「なによ。」
「いえ。
そう見えるなら、よかったなって。」
対抗馬が存在しない、ということなら、
なけなしの勇気をすべて出し尽くせば、あるいは。
「……あんた、
やっぱ喧嘩売りにきたの?」
*
袖に青い線が入った純白の薄いワンピース。
私なら、絶対に選ばなかった服に身を包み、
絶対に行かなかったであろう美容室で整えた髪を触る。
断られるかもしれない。
大切にしている妹を優先するかもしれない。
でも。
できる、なら。
あなたを、
俊也さんを、
つかまえ、たい。
私は、父に対峙した時よりも震え続ける手を必死に抑えながら、
清水の舞台から飛び降りる覚悟で、
年季の入った喫茶店の扉を開いた。
鬱ゲーのチュートリアルボスには修羅場しかない @Arabeske
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