第21話


 そういう意味では、

 コイツこそ、孤児なわけだが。

 

 「もうすぐ夏休みですね。

  是枝さんは、どんなご予定ですか?」

 

 予定、ねぇ。

 なんもないわ。なんも。

 

 あぁ。

 そういえば、夏休み中の稽古ってどうなるんかな。

 昭和な作りだから空調とかないけどあの道場。

 

 それで言うと、

 

 「間崎先生は大学に戻られるんですか?」

 

 「……はは、

  そうしたいところなんですが。」

 

 言葉を濁している。

 

 っていうか、

 この頃だと、まだ、

 コイツなりにあの闇深い指導教官と関係を結ぼうと

 心を折ってた頃だろう。

 

 向こう側はそんなこと、微塵も

 

 あ。

 なん、だ。

 なら、コイツは、こうしちゃえば。

 

 「先生。」

 

 「な、なんでしょう。」

 

 「録音、止めて下さい。」

 

 「え。」

 

 「いいから。」

 

 「……。」

 

 マメだらけになった手で、

 ラスボスこと間崎律のほっそい手首を掴み、

 目力を強く籠めると、びくっとなった。

 はは、戦闘力10くらいになってきたってことか。

 

 「……

  ほかにないことを、

  彼女さんに誓えますか。」

 

 「っ!」

 

 ほら、

 正直すぎるんだよな、コイツ。

 マジで擬態にゃ向かねぇよなぁ。

 

 「……。」

 

 さすがに反抗的になったな。

 っていうか、14歳に反抗的になる20代ってどうなのよ。

 

 でも、さぁ。

 

 「なら、帰りますが。」

 

 「……くっ。」

 

 カード、こっちが持っちゃってるんだよなぁ。


*


 あぁ、

 そんなトコにあったのね。


 カーテンの裏、か。

 奴らにマニュアルでもあんのかな。


 「……。

  きみのご要望に応じました。

  誠実にね。」

 

 ふぅ。

 アラートは鳴ってないし、歪んでもいない。

 すり抜けられることはあるわけだが。


 「ありがとうございます。」

 

 「ここまでしたんですから、ぼくの」

 

 「その前に、ですが。

  間崎先生。

  

  先生の彼女さんは、

  先生の将来の地位に惹かれましたか。」

 

 「……なに、を。」

 

 「先生のお人柄に惹かれた。

  そう、思いますが、

  違いますか。」

 

 「……。」

 

 「川瀬成海先生は、

  ご事情があって大学に残る道を閉ざされました。

  しかし、先生がそれで不幸だったようには、

  僕には、思えないんです。」

 

 裏だらけだったけどな。

 なんせ、他人だし。

 

 だが、コイツ、

 めっちゃちょろいから。

 

 「……

  さっきから、

  きみは、なにを言いたいの。」


 眼が、ちょっと据わってきた。

 ガワが、剥げてきたってことか。


 でも。

 

 「先生。

  先生は僕に、

  尋問、と言いましたね。」

 

 「あ、あれは、

  言葉の綾で」

 

 「フロイトの逸話、ご存じですね?

  都合の悪い議題のあった帝国議会の議長が、

  開会式に閉会と言ってしまったことを。」

 

 「……っ!」

 

 まぁ、ほんと、善人で正直なんだよな。

 絶望的に向いてない。

 

 「先生。

  いまの先生の行動は、

  先生の正義に、叶っていますか。」

 

 「……

  これは、

  大事の前の小事であって」

 

 馬脚、もう出しちゃうし。

 

 「いまの話を、

  先生の彼女さんの眼を見て言えますか。」

  

 「っくっ!?」

 

 「隠し事を持ったまま、

  家庭生活を営めるほど、

  ご自身が器用だと認識されてらっしゃいますか。」

 

 「……

  さっきから聞いてれば、

  ずいぶん言うじゃないか、中学生風情が。

  きみは、ぼくの何を知ってるんだ。」

 

 あら、やっぱ人格変わるのね。

 悪いけど、殴り合いはしないよ。

 

 「先生。

  先生は、孤児ですね。

  川瀬成海さんと同じく。」

 

 「……なぜ。」

 

 「孤児、の発音をする時、

  唇を噛んでらっしゃいましたし、

  そのあと、独り言を述べておられました。」

 

 「……。」

 

 答えから逆算してるだけ。

 攻略情報を見てりゃ、誰でも名探偵だよ。

 

 「いまでは傍流の精神分析論の中でも、

  さらに異端説に惹かれたのは、

  先生の生い立ちによるものと思います。

  川瀬先生と同じように。」

 

 「違う。」

 

 「それなら、なぜでしょうか。

  いまの指導教官では、

  先生の論文、読めはしないのに。」


 「……っ。

  ど、どうして。」

 

 「僕はただの中学生ですが、

  川瀬先生はそうではなかった。

  それだけのことです。」

 

 真っ赤なウソ。

 でも。

 

 「……

  川瀬さんが、きみに、

  そこまで話してたっていうのかっ……。」


 ひっかかっちゃうんだなコイツはっ。

 なるほど、闇深い世界とズブズブに繋がっちゃってる

 研究室に置いておけはしないわなぁ。


 「人生いたるところ青山あり、です。

  功名を考えないのであれば、

  先生のお考えは、市井のほうが試しやすいのでは?」

 

 西洋医療の範囲内でありながら、

 代替療法に毛が生えたことを試す医者ってのは、

 結構世の中にいて、そんなに弾圧されもせずに生きてる。


 「……

  ぼくに、町医者になれというのかい?」

 

 「やはり町医者を軽蔑されておられる。」

 

 「くぶっ!?」

 

 コイツの真の闇は、

 根っこで、上昇志向に取り憑かれていたこと。

 だから、メシア思想に飲み込まれるんだよなぁ。


 「先生の彼女さんは、

  そんな方ですか?」

  

 「……

  

  いや。

  

  あの娘は、高卒だからね。

  なにが偉くて、なにが偉くないかなんて、

  ぜんぜん、わかんないよ。」

 

 「よかった。」

 

 「……え?」

 

 「先生。

  警視庁の遠山孝明警視を、ご存じですね?」

 

 「え?

  あ、あぁ。


  うん。

  一度、お会いしたから。」

 

 「これは、極秘事案です。

  先生の大学に、捜査の手が入ります。」

 

 「っ!?」


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