第17話

 

 「……あった、よ。」

 

 やっぱり、か。

 

 精神を壊した動向を、

 モニタリングするつもりだったのだろうな。

 敵ながらフォローアップに余念がないな。

 

 どうして河野時之助は12年間も感知できなかったのか。

 引きこもられたショックでそれどころではなかったのか。

 駆け引きのできる大人の女じゃない生命体を相手にできなかったか、

 負い目が強かったかのいずれかだろう。

 

 仕込まれてないなら、と思ったけど、

 もう、あるんだったら、

 隠しきったほうがいい。

 

 「できる?」

 

 「……よゆう。

  おかあさんに、おしえてもらったこと2歳の時がある。

  研究所で、カメラチェックがあったからって。」

 

 カメラというよりも、

 カメラを映すプログラムの側をハックする。

 

 「まえにうつしたやつを、

  よみだすようにすればいい。

  すこし、かえれば、だいじょうぶ。」

 

 ……などと、簡単に言ってるけど。

 4歳児、なんだよな。

 プログラムまわりに精通しすぎだろう。

 

 ……

 あぁ。

 この子、ほんとうに、規格外のギフテッドなんだ。

 IQ220以上あるような。


 でなきゃ世界最高水準のハッキングスキルなんて持つわけないわな。 

 学校に行けなくなったほうが、

 かえって良かったのかもしれない。

 

 「だまされたことに、

  一生、きづかないですませてやる。

  ざまぁみろ。うけけけ。」

 

 ……

 立派に捻じ曲がってるな。

 広義の正当防衛の範囲に過ぎないとはいえ。

 

 「……。」

 

 ん?

 

 「っ

  

  ……

  と、

  トイレいくのっ!

  で、でてってっ!」

 

 あ、あぁ。

 感情の起伏が激しいところは年齢相応か。

 こっちでもそのまんま16歳まで変わらないのかな。


*


 ……

 河野時之助への伝え方が難しい。

 

 腹芸はできるほうだろう。

 なにしろ元官僚だし、

 紆余曲折があったとはいえ、

 17年間、隠しきったわけだから。


 ただ、あれで直情径行なところもなくはない。

 ふだんは韜晦しているけど、根はめっちゃ熱い。

 でなければ、めんどくささの極みである是枝俊也なんぞ

 預かるわけがないのだから。

 

 とりあえず、こっちが先か。

 

 「お客さん、選べませんからね。」

 

 「あぁ。まったくだ。

  おら、塩撒くぞ、塩っ。」

 

 って、

 うわ、ほんとに入口に塩撒いてる。

 いいのかなあれ、天然高級塩じゃなかったっけ?

 

 「ふぅ。

  ったくよう。」

 

 ボキャブラリーが少なくなってるな。

 ほんとに嫌だったんだろう。

 

 「……。」

 

 ん?

 

 「なにか?」

 

 「いや。

  お前、なんでそんなスッキリした顔してんだ?」

 

 は?

 

 「はは。

  お前、顔に出るやつだからな。

  女と付き合う時にはせいぜい注意しろよ?」

 

 なんだそりゃ。

 っていうか。

 

 「ありえませんよ。

  この顔ですし、甲斐性もありませんし。」

 

 「バカ野郎。

  ガキのうちなんて甲斐性なんか関係ねぇよ。

  カネなんて、カネが好きな女しかこねぇぞ。」

 

 あぁ、言い得て妙なことを。

 

 「容姿は変えられないでしょう。」

 

 「お前、なぁ。

  結婚詐欺の大犯罪者みてみろ。

  みんなブッサイクなもんだぞ?

  どうしてこんな顔の奴に大のオトコがこぞって貢ぎまくるんだ、

  っていうやつらばっかりだ。」

 

 ……

 あんまり考えたことない着眼点だな。

 

 「そこいくと、お前にゃ立派な武器


 からんからん

 

 うわ。

 ふつうの客だ。

 

 変哲もないサラリーマンが、六人。

 こんなふつうの団体客、はじめて見るな。


 「……お前、ちったぁ手伝え。

  品出しだけでいいから。」

 

 ……それなら、なんとか。


*


 「おい。」

 

 え?

 

 「お前、

  なんだ、これは?」

  

 は?

 

 「こんなでっけぇもん、

  俺は、頼んじゃいねぇぞ。」

 

 はぁ??

 

 ……

 え?

 

 「送り主、マスターですけど。」

 

 「はぁ?

  なんだと?

  

  ……

  俺ぁこんなの、送っちゃいねぇし、

  第一、お前に渡すなら

 

 あっ。

 

 いや、念のため。

 

 『これ、菜摘さんでは?』

 

 メモを見せると、

 河野時之助は、顰め面を見せながら、

 

 「クリーニングは終わってんだよ。

  喋って問題ねぇぞ。」

 

 あ、

 あぁ、やってたのか。

 

 「あんのクソ客来た直後にな。

  やっぱり仕掛けてやがった。」

 

 その前からあったかもしれないけど、

 言わないでおこう。

 

 「で、どういうことだ?」

 

 その前に。

 

 「菜摘さん、

  部屋から出てこないんですよね?」


 「あぁ。」

 

 「それ、擬態です。」

 

 「なに??」

 

 「それを説明するために、

  まず、この梱包を外してきます。」

 

 「……

  おめぇ、いつのまに

  菜摘ともそんな仲になってやがるんだよ。」

 

 違います、ぜんぜん。

 罵倒ならされてますが。


*


 菜摘が送ってきたのは、

 ラップトップタイプのノートPC。

 

 いたってシンプルな普通のPCだが、

 4歳で黎明期のネット注文ができてるとは

 心底恐れ入る。

 

 確かに、河野時之助の差し入れだけでは、

 あれだけのギーク部屋を作れっこない。

 ネット注文をしてるとは思っていたが、

 こんな早くからだったとは。

 

 ……っていうか、

 このカネ、どこから出てきてるんだ?

 いや、もう、なにも考えない。


 立ち上げると、

 もうOS設定が終わっている。

 

 パスワード、

 原作の通りなら。

 

 「……。」

 

 まさかと思ったけど、

 やっぱり、か。

 

 <ATheoryofthere-phenomenonization>

 

 再現理論の書籍タイトル。

 この書籍名は、一周目を終えないと分からない。

 二周目で、はじめて菜摘のPCに入力でき、

 ボス戦を伴わずに菜摘を解放できる。

 

 っていうか、

 よく考えると、これ。

 

 いや、それはあと、あと。

 

 って、

 この部屋、完全にアナログなはずなのに、

 なんで菜摘がこんなこと知ってるんだ。

 

 それもあと、か。

 

 原作では家庭用ゲーム機を繋いでいた

 電源コンセントを見ると、

 そこに。

 

 ……

 

 わかるか、こんなもん。

 ほんと、どうして分かってんだろ。

 

 まさか。

 

 いや、あと、あとだってば。

 

 モジュラージャックに同封コードを差し込み

 反対側をラップトップPCに差し込むと。


 ……

 はは。

 

 これ、おそらく、

 光通信の先駆けだよな。


 10Mbps。

 俺の住んでた世界では標準速度だが、

 当時としては、先端級の速さのはずだ。


 こんなものまで、菜摘が備えていたわけはない。

 きっと、前の物件所有者がいちはやく設定していたのだろう。

 不動産屋が説明し忘れたか、時之助が聞きそびれたかわからないが、

 この部屋は、アナログ一辺倒ではない、ということになってしまった。


 はぁ。

 

 それで、

 これ、か。

 

 チャットソフト、かな。

 これ、見たことないソフトだけど。

 

 <繋げた>

 

 <おっそっ>

 

 う、わ。

 

 <この私をこんなにまたせるたぁいい度胸だな?>

 

 なんて高飛車な4歳児だ。

 あのパスワード、

 一発で分かるって思われてるってどういうことだよ。


 っていうか、これ。

 

 <マスターも見られるんだよ?>

 

 あ、黙った。

 そこは素直なのな。

 

 ちょうどいい、河野時之助を呼んでしまおう。

 店、クローズドにして。

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