第18話


 「……。」

 

 画面を見せながら、黙っていたことを、

 ひととおり、説明し終えた。

 

 こないだ来た招かれざる派手な客が、

 菜摘を騙し、精神を操作しようとしたこと。

 菜摘が騙され、完全に闇落ちしたこと。

 菜摘が、ネット上で、

 母親の書籍を見つけ、自力回復したこと。


 「……

  お前、

  嘘っぱちも大概にしろよ。」

 

 えぇ?

 

 「ですが

 

 「……

  あいつらなら、やりかねねぇよ。

  俺も、正直、侮ってた。

  4歳児相手にここまでやるたぁ思ってなかった。

  

  だがな、

  そんな状態の菜摘が、晴海の情報なんて、

  自分から取りに行くわけねぇだろう。」

 

 ぐっ。

 し、しまった。

 菜摘のをベースに考えてた。

 

 「……

  お前、ほんと、

  顔に似合わずクッソわりい奴だな。」


 は?

 

 「ったく。


  お前な。

  こないだの嬢ちゃん、

  なんのために神保町を選んだと思ってんだ?」

 

 え?

 だって、古流の本を買うためじゃ

 

 「んなもん、一人だっていけるだろ。

  ああいう身持ち固い女のほうから

  一緒に行くのを誘うってのは、それだけの意味があんだよ。

  

  だいたい、

  お前、ちゃんと喫茶店につきあってやったか?」

 

 は?

 

 「バっカ野郎が。

  そのためにカネ、渡したんだろうがよ。

  

  いいか、

  神保町は古書店街である以上に、喫茶店の街だぞ。

  昔から珈琲屋やらカレー屋やらがひしめいてんだぞ。

  

  店の研究になるという口実で、

  お前を誘いたかったんじゃないのか?」

 

 いや、そんなことありえない。

 ただのクラスメートの是枝俊也相手だぞ? 考えすぎじゃないか?

 だいいち、そんなの、一言も

 

 「バカ。女から言えるわけねぇだろうが。

  察して、先に動くんだよ。

  わかんねぇのかこの唐変木。」

 

 トウヘンボクって。

 はじめて聞いたな、そんな言葉。

 そんなこと、できるわけ


 「いい、いい。

  わかった。

  俺らはしばらく騙されといてやる。

  晴海が死んだ時の顔でもしてやるさ。」


 あぁ、なるほど。

 

 「六条晴海さん、

  マスターにとって、特別な方だったんですね。」

  

 「……

  ったく。

  ガキにゃはぇぇんだよ、そういう話は。」

 

 こういう時はガキ扱いするのかよ。

 まぁ、そうだろうな。

 ナマナマシイことを聞かされても困るだけだし。


 それ、で。

 クリーニング済だというなら、今しか。


 ローセキュリティ。

 だけど、これしか思いつかなかった。


 敵方は、この建物ごと、余裕で買い取るだけの財力がある。

 家探しされたら、一瞬で終わりだ。


 「これは、

  おそらく、こちらが持つものじゃないと思います。」


 稽古の時以外、肌身離さず持ち歩いていた、

 入っていない財布の中身に忍ばせたUSBメモリを取り出す。


 「なんだ、これは?」

 

 「マスターが躰を合わせた方の遺品です。」

 

 いっぱいいそうすぎて、

 これじゃわからないかもしれないけど。

 

 「なんだ、そ……

  

  !?


  お、おい、

  これ、なんで、お前がっ。」

 

 あ、一発で分かった。

 和紙と同じで、USBもなにか、

 部屋の中とかで思わせぶりに見せてたのかな。

 

 あぁ。

 やっぱり、そうなんだ。

 

 川瀬成海の送り先は、こっちじゃなくて、

 マスターのほうだったわけか。


 「……。」

 

 穴があくほどUSBを見てる。

 なにか、意義があるものなんだろう。

 事件か、世界か、個人的な意義かはわからないけど。

 

 「……

  それで、お前、なのか。」

 

 ?

 

 「いい。

  

  ……ふん。

  ったく、どいつもこいつも。


  広瀬さんが、

  ここまで考えてたんだとすれば、

  とてつもねぇお人だってことになるがな。」

 

 ……あぁ。

 

 凄い。

 普段の飄々と惚けた表情じゃない。


 とんでもない切れ者の顔だ。

 表に出ない高級官僚として、

 国家の重要案件を取り仕切っていた時の。

 

 カミソリ河野モード。

 二次創作の中にしかなかったやつだけど。


 「俺はな、いまのいままで、

  菜摘さえ生きてりゃ、

  それでいいって思ってたんだよ。


  このショボくれた喫茶店のマスターで、

  カレー粉に塗れながら、

  菜摘の嫁入りを静かに待つつもりだったさ。」

 

 ……。

 

 「だがな、

  晴海も成海も殺しちまう奴らが、

  菜摘に手を掛けずに済ませるわきゃねぇ。」


 ……。

 

 「目を背けて一人だけ逃げ切る算段を気取っても、

  そうはいかねぇことを、思い知った。

  たったいま、な。」


 ……。

 

 「なぁ、俊也。」

 

 鋭い、覇気に満ちた表情をした河野時之助が、

 俺の顔を、真っすぐに、射貫くように見据える。

 


  「お前、

   この世界の破滅に、

   抗うつもり、あるか?」



 ……。


 破滅、か。

 

 「晴海はな、マッドサイエンティストなんかじゃなかった。

  転ばぬ先の杖になろうとした。

  科学者の知性と真理への探究心を、

  科学コミュニティの健全性を信じて、幅広く知見を出したのさ。

  だから、頭の凝り固った爺でもわかるタイプの論文も書いてやがった。」


 ……

 それが、俺が探し当てた

 表の世界の英語論文ってわけか。


 「俺には、クソ甘い考えにしか見えなかったがな。

  現に、そのタイプの匂わせ論文の内容ですら、

  悪用を考えたやつらがうようよと俺の周りを蠢いてやがったよ。」


 ……

 ありえる、な。

 外伝では、多国籍大企業が大規模広報に利用しようとしたこともある。

 結局、圧倒的なタナトスの力に食い破られちまってたが。


 「俺はな、晴海の作ろうとした世界を、

  俺の側から支えてやるつもりだった。


  でも、奴らは、

  そんな晴海が邪魔になりやがった。

  だから、殺した。」


 ……。


 「誰が、とか、

  いつ、とかは、問題じゃねぇんだ。


  実行犯なんて、腐るほど出てくる。

  晴海がやっていた研究は、そういうもんなんだよ。」


 「、ですか。」


 「……あぁ。

  

  ある限定された条件が揃えば、

  操作された無意識内の出来事を意識表面に投射できちまう。

  そうしていると分からずに、

  仕込んだ奴らの思い通りに動かすことができる。


  広報、諜報、政治、軍事。

  応用範囲は、無限なんだよ。」


 だろう、な。

 月宮雫のような「覚醒者」は、人の夢の中に自在に入ることができ、

 そこから、記憶を操作できてしまう。


 抑圧から解放するためのツールとして使うことも、

 精神を根源から破壊するツールとしても、

 他人をそうとしらずにパペットにすることも。

 

 ただの暗示に毛が生えたようなもので、

 菜摘を、あそこまで闇落ちさせられてしまうなら、

 原作通りの世界に、近づけば近づくほど。


 「どういう形であれ、あんなもんが世に出て、

  クソ真面目に検討しようと考える奴らが生まれた時点で、

  この世界は、破滅を内包しちまったのさ。」


 ……。

 ある程度頑健性のある理論が出れば、あとは実証するだけ。

 基礎実験、動物実験、そして、人体実験。

 東京JL病院地下二階の、禍々しさに満ちた器具達を駆使した悪魔の実験は、

 「覚醒者」を人為的に作ろうとした実験の一類型であり。


 「だから、しかできねぇ。

  絶望的に不利なモグラたたきだ。

  しかも、穴を掘るやつは無限に出てくるのに、

  ハンマーを持つやつは、数えるほどしかいない。


  そして、ハンマーを持っていたかと思ったやつが、

  あっという間に、でっけぇモグラに変わっちまうのさ。」


 ……

 あ。

 これ、『Archetyp』のマルチエンドの性質を指してるな。


 月宮雫は、選択肢一つで、簡単に闇落ちする。

 闇落ちするエンディングは12種類あるのに、

 正エンディングは2つ、真エンディングは1つだ。

 

 つまり、闇落ちする確率のほうが、

 はるかに、高い。


 マルチエンディングのほうが世界が深いとか考えてたけど、とんでもねぇな。

 フラジリティしかない世界だわ、これ。


 なるほど、絶望しかない。


 「中学卒業までに、お前の態度を決めてくれ。

  もちろん、お前には選択の自由がある。

  ハンマーを持つほうってのは、まったくそそらねぇからな。」


 いや。


 「もう、決まってますイケボ。」


 「……っ。」


 闇側の世界は、さんざん体験した。

 カネをうなるほど得ても、カネで女を侍らせてみても、

 満たされたことなど、ひとつもなかった。


 欲望は亢進し続けるのに、不安が高まるだけで。

 メッキがはがれることを恐れ続けて。

 カネ目当てに媚びられる一枚裏では、

 唾棄され、忌み嫌われるだけで。


「一緒に、戦わせてください。

 マ

 

 ……

 時之助、さん。」


「!


 ……

 本当に、いいんだな。」


「はいっ。」


「……


 お前、言っとくが、

 女難にだけはくれぐれも気をつけろよ。」


 え。


 こんないいシーンなのに、

 そんな締め方すんの?



鬱ゲーのチュートリアルボスには修羅場しかない

第1章


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2024年9月20日 06:00
2024年9月20日 19:00
2024年9月21日 06:00

鬱ゲーのチュートリアルボスには修羅場しかない @Arabeske

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