第15話


 っっ!

 

 ……

 ま、間違い、ない。

 

 あ。

 あ、あ、


 あっ、た。

 あった、あったっ……。

 二日かけて専門書店を絞り込んでおいた甲斐があった。

 

 っていうか、なんでこんな安いんだ?

 2800円なんて、古本屋としては破格値だが。

 

 にしても、助かった。

 

 (デートだろ?

  これくらい、持ってげっての。

  いいな、お嬢さんに、恥かかすんじゃねぇぞ。)

 

 ……

 あのスケコマシのとてつもない勘違いのおかげで

 桃井薫に借金せずに買えるんだよな、これ。


 ……

 ほんもの、だ。


 ゲーム内のオープニングで 

 蒼々と昏くなる深海に堕ち行く六条晴海の全身映像をバックに

 思わせぶりにくるくると廻っていた、

 あれが、いま。


 手が、腕が、

 震えてやがる。


 ……

 これは、でかい。

 とてつもなく。

 いろんな意味で、物凄い武器になりえる。


 『A Theory of the re-phenomenonization』

 

 「再現理論」。

 超重要アイテムであり、二周目入りの鍵。

 こんなところで、こんな風に手に入るとは。


 原作通りなら、数年後には、天文学的な価値に変わる。


 甲斐田良英衆議院議員が、政務調査費を使い、

 六条晴海の自費出版本をすべて買収してしまう動きに出る。

 これに伴って、この本の存在を知るごく僅かな人々も収集に走り、

 裏では天井知らずの値段に跳ね上がっていく。

 原作世界で東京JL病院地下二階の伏魔殿に潜る直前には

 20億円くらいになったはず。

 

 そんな利用目的は、ない。

 

 カネが解決できる範囲はごく限られていることは、

 是枝俊也の人生が教えてくれる。


 この武器は、違う用途で使うべきだ。

 そう、たとえば。

 

*


 「お目当てのものはみつかりましたかイケボ?」

 

 「……


  はいっ。」

 

 あぁ、なんも聞いてないんだけど。

 古流の剣術書かなにかだっけな。

 

 まぁ、嬉しそうだからいいや。

 すごいホクホクした顔だな。

 ほんと正直が服を着てるっていうか。

 

 (あのお姫様が、オトコを寄せるなんて)

 

 ……

 とてもそうは見えねぇけどなぁ。

 っていうか、ただの美少女図鑑一枚絵よな。

 めっちゃ告白されてそうだけど。


 「……

  その、貴方は、

  理系に進学されるのですか?」


 え?


 「まだ、決めておりませんが。」


 そもそも、高校にはいけないっての。

 住む場所すら追い出されるんだから。


 「……


  よかっ、た。」

 

 ?

 

 「!

  な、なんでもありえませんっ。」


 なんのこっちゃ。


*


 そう、か。

 

 「生徒さんが、よくやってこられましてね。

  スクールカウンセラーが、

  こんなに忙しいものだとは思っていませんでした。」

 

 まだ、若いからな。

 

 間崎律は、ナヨっとした優男だが、

 作中の男性陣の中で、容姿は日吉綸太郎に次ぐ。

 

 30代ですらそうだったのだから、

 20代の今は、まさに花盛りといっていい。

 本人にその自覚は薄いだろうが。

 

 「研究に支障が出ますか。」

 

 「……正直に言えば、ですね。

  それよりも。」

 

 あ。

 

 「川瀬先生の遺物、

  整理されてしまったんですか?」

 

 「……なぜ、それを……っ。」

 

 やっぱり、か。

 これ、ファンディスクで似たようなことがあったんだよ。

 川瀬成海とは全然関係ないんだけど。

 

 あぁ、やっぱり。

 

 「事件性があれば、

  証拠保全の必要がありましたからね。」

 

 「……。」

 

 めっちゃ悔しがってる。

 間崎律にとっては、宝の山だったのだろう。

 標準研究ではない異端分野の研究者は少ないし、

 公表情報はさらに少ないから。

 

 いかんいかん。

 コイツのナヨっとした脇の甘さに油断して、

 知っていることをしゃべるのはまったくよろしくない。

 前、ちゃんと学んだはずだろうが。

 

 「……

  せめて、ご遺族がおられれば。」

 

 え?

 

 「あぁ。

  川瀬さんはね、孤児、だったんですよ。」

 

 うっ。

 そ、それは。

 

 「本来なら、研究者として大学に残れる筈だったんだけど、

  奨学金があっても、生活費までは工面できなくてね。

  これ以上、借金を負えなかったらしくてね。」

 

 ……。

 そういう背景があったのか。


 孤児。

 この作品では、重要なキーワードだ。


 月宮雫、日吉綸太郎、

 広瀬涼音、河野菜摘、葉山匠、

 そして、目の前にいる間崎律。

 いずれも、原作開始時点で孤児になってしまっている。

 

 孤児のよるべない立場は、虐待を呼び込みやすい。

 親類縁者がいなければ、死因を追及するものも現れず、

 とんでもない悪辣な実験の材料に供されることすらある。

 日吉綸太郎も、隆基園孤児院から、あの東京JL病院へ送ら


 「ぼくは思うんだけど、

  川瀬さんの研究を、誰かが潰したんじゃないかって。」

 

 うわ。

 またそういう思い込みを。

 原作通りの突っ走り方だな。

 あながち間違ってないところがまた怖いが。

 

 「……いや。

  ぼくが、その研究を、

  ちゃんと受け継いでいかないといけないんだ。

  苦しんでいるひとたちのために。」

 

 なんか、全体的に独り言みたいになってるな。


 ……

 これがスタイルかもしれないと、

 危ないとわかっていても、聞いてしまいたくなる。

 

 「先生、女子生徒にもててらっしゃいますが、

  彼女さんは文句言われないんですか?」

 

 「えぇ?

  そんなことないって、ちゃんと言ってありますよ。」

 

 いる、のか。

 やっぱり、原作通りに。

 

 「中学生では、恋愛対象になりえませんか。」

 

 「あはは。わからないですよ。

  みんな、魅力的ですから。

  ぼくに彼女がいなかったら、

  危なかったかもしれないですね。

  

  ……たぶん、それもあって、

  ぼくなんだろうけれど。」

 

 ふむ。

 それはいいことではあるが、

 思いっきり彼女に依存してるなぁ。


 だから。

 両親を殺された彼女が廃人化すると、

 この思い込みの激しい優男は、明後日の闇へと狂い出し、

 世界の理を豪快に横紙破りし、善意に満ちた破滅へと誘っていく。

 

 聞いておくべきなのか。

 彼女の両親のことを。

 

 どうやって。

 地雷に触れずに聞けるのか。

 

 なら、これはどうか。


 「ご結婚、秒読みとか?」

 

 「あはは。

  そうだったらいいだろうね。

  でも、ぼくは、ごらんのとおりの甲斐性なしですからね。

  いまのままでは、とても親御さんに合わせる顔がない。」

 

 あぁ、そういう理由か。

 なるほどなぁ。真面目だなぁ。

 思い込みと決めつけが激しいなぁ。

 

 なら。

 

 「ご結婚前でも、相手方のご両親と顔は合わせておいたほうがと思いますよ。

  先生が伴侶に選ばれる方なら、

  親御さんも、悪い方ではないでしょうから。


  それに、彼女さんも安心しますよ。

  真剣な交際で、将来をちゃんと考えてくれてるって。」

 

 「えぇ??


  ……

  そう、だね。

  たしかに、そうかもしれない。」

 

 ちょろっ。

 よくもわるくも、素直すぎるやつなんだよ。

 

 あぁ、

 そうか。

 そういう気の回し方は、できるわけだ。

 

 たとえば、間崎律の彼女や両親の周りに、

 警備の人を配置すれば、あるいは。

 

 ……

 ただ、いまのところ、適任者はいない。

 そんなことを頼めるカネもない。


 あぁ、カネは確かに、

 うまく使えば、いろいろ解決はしてくれるよな。

 うーん、あの武器、悩ましい。


 「って、

  きみの相談、ちっともできてないけど?」

 

 ……はは。

 なんとか、今回も逃げ切ったか。

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