第13話

 

 封筒の中身は、

 たった一行が記載された便箋を除けば、

 USBメモリ一つだけ。

 

 禍々しい気配を感じまくる。

 中身、一生知らないほうがいいんじゃないか。

 

 !?

 

 (に養われてるだけのことはあるわね。)

 

 苗字、違うのに。

 わざわざ、下の名前で呼んでいた。

 

 ……。

 

 「マスター。」

 

 「んあ?

  なんだよ。」

 

 「……川瀬成海さんとは、

  躰の関係がおありでしたか?」

 

 「んぶほっ!?」

 

 図星、か。

 

 「お、お前なっ!

  なんなんだ、いきなりっ!」

 

 、だもんな。

 華々しい浮名を流していたからこそ、

 月宮雫のハーレムをこともなく受け止められたわけで。

 

 「……いいか。

  ガキのお前にゃわかんねぇかもしらねぇけど、

  俺だってとりしずめねぇともたねぇんだよ。」


 なんてロコツな。

 菜摘には絶対聞かせられないな。

 

 いや。

 これ、嘘、だな。

 

 「……

  おめぇ、そんな目でみんなよ。

  そういうのは野郎がやることじゃねぇっての。

 

  ……

  広瀬さん、だよ。」

 

 ……は?

 

 「っていうか、

  もとをただせば、お前だっていうじゃねぇか。」

 

 え。

 

 あ。

 あっ!

 

 (保健医が実行犯の一人。

  二年前から。)


 ……こんな方法で、情報を得ようとしていたのか。

 まさかの逆ハニートラップ。

 

 ……この容姿だと、十分できちゃいそうなんだよな。

 普段は純喫茶店のマスターに身をやつしているが、

 身だしなみもダンディだし、話題も豊富だし、

 異性への駆け引きに精通している。

 

 そう考えると、六条晴海とは、

 どんな関係だったんだろう。

 

 ……だめだ、及びもつかない。

 経験がなさすぎて、想像すら叶わない。

 くそぉっ。


 「これから、って言う時だったのによ。

  ったく、なんてこったい。」

 

 ……。

 そう、か。

 

 まだ、河野時之助は、枯れてはいない。

 野に下ったとはいえ、六条晴海の無念は、

 生々しく記憶に留まっている。

 

 広瀬昌也とコンタクトを持っているのも、

 まだ、すべてを諦めてはいないからこそ。

 

 どうする。

 この禍々しい預かりものの存在を、

 時之助に、知らせるべきか。

 

 ……

 

 まずもって、

 ここから、か。

 

 「この店、

  カメラとか、つけられてないですよね。」

 

 「たりめぇだバァか。

  なんのために昭和の純喫茶なんぞ買ったとおもってんだ。

  みてみろ、いまどきぜんぶアナログだぞ。」

 

 なにしろピンクの公衆電話が機能している。

 アンティークの置物なんかではなく、ちゃんと電話ができる。

 有線電話の単性能に七万円近く払ったってほんと道楽じみてる。

 

 「なんか無線なんぞ飛ばしてるモンがあったら、

  外からのモンにきまってんだよ。」

 

 なるほど、な。

 

 「アナログに細工されたりしたら?」

 

 「ふん。

  そんなおおがかりなことをするやつ

  ……」

 

 思い当たるフシ、あるわけか。

 

 「……

  念のため、か。

  ったく。めんどくせぇな。」

 

 さて。

 どんな蛇が出ることやら。


*


 「遺体は、

  川瀬成海さん。27歳。

  間違いはなかった。」

 

 え。

 

 「毛髪のDNA鑑定が、一致したよ。」

 

 そう、か。

 それ、なら。


 いや。

 おか、しい。

 あの女が、こんな簡単に死ぬわけがない。

 

 歪みを鋭く感知する俊也の涜神アンテナが、

 けたたましく鳴動している。


 妄想では、ない。

 ショックを受けたわけでもない。


 この高感度アンテナは、間違ったことはない。

 検知したものについては、一度たりと。


 ただ。

 どうにも、ならない。

 こちらは、科学的捜査に基づく結果を

 突き付けられているだけの一民間人に過ぎない。

 根拠もなく反論したら、ただの気狂いと思われるだけ。


 「それよりも、

  死に方のほうがね。」

 

 ?

 

 「これは一課案件なんだけど、

  心不全だと。」

 

 ……。

 

 「高齢者とか、心臓に持病があるとかなら、

  まぁ、珍しくもないんだけど、

  27歳で、健康に気を使ってて、

  徹夜仕事にも無縁だった人が、っていうのは、

  ちょっと、違和感があるわけ。」

 

 ……

 これは、やはり。

 

 「ただね?

  律儀に解剖までやっても、

  外傷らしきものもないし、薬物反応もない。


  自然死、って考えるのが普通だって、

  捜査本部の立ち上げは立ち消えになりそうだよ。」


 ……

 

 「ふふ。

  不満顔だね?」

 

 ……

 

 「沈黙は金になりえない、

  じゃないの?」

 

 「不用意に憶測を述べられる立場にはありえません。」


 

 なんて、言えるわけないっての。


 「そう?

  広瀬警部補に入れ知恵したの、きみじゃないの?」

 

 っ。

 

 「広瀬さんは、優れた捜査官です。」

 

 「あはは、まぁね。優秀ですよ。

  優秀すぎて、すこしばかり上に睨まれてるけど、

  殺されそうになったっていうんで、

  がちょっと殺気立ってるからさ。」


 ……。

 

 「遠山さんの主捜査対象事件は何ですか。」

 

 「おおっと、話を逸らしに来たね?」


 わかるか、さすがに。

  

 「……

  うーん。

  まぁ、いいか。

  

  きみが疑ってるもの、だよ。」

 

 ?

 

 「精神壊乱事件。」

 

 え。

 

 「あはは。

  これ以上はいまは言えないな。

  まだよくわかってないから。」

 

 ……っ。

 

 「で追ってるものは違うけどね。

  これを話したの、きみくらいだよ。」

 

 「民間人に話すことではないのでは?」

 

 「そうだねぇ。

  正式な捜査案件なら、ね。」

 

 っ。


 「ふふ。

  広瀬さんに死んでもらうと困る、っていう意味では、

  僕らは同じ立場だと思うよ?」

 

 暗に、

 それ以外では違う立場なんだと言ってるに等しいが。

 

 あぁもう、

 腹芸なんてできやしないんだよ、こっちは。

 

 「それよりも、さ。

  桃井のお姫様とは、どういう関係なの?」

 

 ……

 は?

 

 「ただのクラスメート、ですが。」

 

 一応、それくらいにはなってるはず。

 

 「んなわけないでしょ。

  あのお姫様が、オトコを寄せるなんて、

  天地開闢以来の摩訶不思議さなんだから。」

 

 えぇ?

 

 ……

 そういえば、クラス内で、

 男子生徒と話をしている姿、見たことないな。

 

 「都大会個人選手権、連続優勝。」

 

 ?

 

 「小学校時代の戦績だよ。

  5年生の時、全国ベスト8に入ってる。」

 

 う、わ。

 そりゃ、強いわけだ。

 

 「ふふ。

  そういう意味でも、きみは注目されてるよ。

  こっわーいお父様の耳に入るのは、

  時間の問題だと思っておいてね。」

 

 うわぁ……。

 ほんと、立場が違いすぎるな。

 

 まぁ、月宮雫ならともかく、

 蝿豚の是枝俊也なら、間違いが起こりようがないわけだが。

 ほんと、羨ましい限り。

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