第1章
第12話
……どう、する。
どっちが、正解なんだっ。
「……
良いのですか。
民間人に、そこまでお話してしまって。」
……え?
あの、
桃井、薫さん?
「おや。
まさかと思いましたが、これはこれは。
以前のボーイッシュで凛々しい貴方も大変魅力的でしたが、
一段とお美しくお育ちになられて。」
うわ。
歯が浮きあがる世辞とはこのことか。
銀紙を嚙まされたような嫌悪感が沸くわ。
っていうか、桃井薫、
前は、ボーイッシュ路線だったのか。
それもそれで似合いそうだな。女性人気が出そう。
ん?
って、ことは、
コイツ、少なくとも騙りではないわけか。
「あぁ、失礼。
きみには先に名乗るべきだったね。
僕は、遠山孝明。
警視庁刑事部捜査第二課の捜査官です。」
捜査二課。
知能犯罪を扱うセクションであり、
キャリア組にとっての通過点。
……なるほど、な。
心底いけすかねぇ存在だなぁ。
「桃井先生には、
警察大学校時代に特別にご指導いただいてね。
それそれは鬼教官でしたよ。」
そういうこと、か。
……やばいな。
自社ビルといい、つくづくと住む世界が違いすぎる。
「それで、と。
きみが最後に川瀬成海さんと会ったのはいつかな?」
ん……?
「なぜ、川瀬先生と是枝さんに
接点があるとお考えなのでしょうか。」
「あぁ、いやいや。
これは形式的な捜査だからね。
誰にでも聞いていること。」
「そうは見受けられませんが。」
桃井薫、遠山孝明への目つきが良くないな。
過去になにかあったのか?
……
まぁ、確実に疑われはするだろうが。
「昨日の放課後、ですね。」
「!」
「……ほぅ。」
「体重計に乗りに。
部屋にないものですし、精確ですから。」
「……ふむ。
いや、きみを疑ってはいないんだよ。
証拠もなくそんなことをしようものなら、
所轄の全刑事から総スカンを食うよ。」
証拠があれば疑う気満々じゃねぇか。
「川瀬成海さんとは、親しかった?」
……
「話は、多少は。」
「どんな?」
「沈黙は金にはなりえない、とかですね。」
「……はは。
それでいま、話してくれてるってわけ?」
「黙り込んでごまかしたほうが、
妄想的に疑われますから。」
「そんなことしないってば。
ははは。
ところで、きみ、
川瀬さんから、なにか、預かってるものはあるかな?」
ん?
「どういう意味でしょう。」
「あぁ、いや。
これもいたって形式的な捜査なんだけどね。
多少なりとも関係があった人には聞いてるんだよ。」
ふむ。
「そういったものは、なにも。
包帯をしてもらったくらいですが、
ごく普通の市販品でした。」
「あぁ、例の名誉の勲章ね。
……ふふ。
安心してほしいけど、
きみが犯人だとは、
僕は、ほんとうに思ってない。」
自分以外が疑うことは十分ありえるし、
それを止めるつもりもないって顔してやがるな。
狡猾だけど、馬脚を見せてるのはわざとなのか。
それにしても。
「川瀬先生は、
知能犯罪に関わっておられたのですか?」
「ん?
あぁ。
……どうしてそう思うのかな?」
お前が二課所属だからだよ。
「大変優秀な方でしたから。」
「……ふむ。
まぁ、確かに、そうだね。
それもおかしな話なんだけど。」
公立中学の保健医としては、
いろいろオーバースペックなんだよな。
「……
うーん。
正直言うと、まだ、なにもわかってない。
僕もいろいろよくわからなくてね。
あ。」
といって、ハイエンドの携帯電話を手に取った遠山孝明は、
少し顔を顰めた後、
「会議、立ち上がるようだから。
じゃぁ、またね。」
といって、爽やかに手を振って去っていく。
あのライトグレースーツ、絶対現場向きじゃないよな。
死体とかどうやって調べるんだ、あれ。
*
(どうせ学校も休校だろうね。)
……そう、なった。
そりゃそうか。
保健医が、学校内で不審死となれば。
死の真相を調べる立場には、ない。
それに、もともと、あの女を疑っていた。
敵を討つほど仲良くしていたわけでもない。
ただ。
こっちに来て、二番目くらいに話した相手ではある。
瞼の奥が歪み切ったやつだったが。
何を企んでいて、なぜ死んだのか。
そもそも、ほんとうに死んだのか。
そう、だ。
あの女、
不用意に死ぬタマには見えなかったが。
いや、
ただ単に、実感がないだけなのかもしれないな。
人はいつか、必ず死ぬ。
でも、昨日と同じ今日が来ると、思いたくなってしまう。
だから、当然いるとおもっていた存在がなくなると、
動揺してしまい、妄想や陰謀に逃げ込みたくなる。
っていうか。
(預かったものはあるかな?)
……遠山孝明、か。
あの質問は、どういう意味なんだ。
捜査会議が立ち上がる前に、
そんなことを聞いてきた。
っていうことは、
あの女を、この事件の前から、知っていたのだろうか。
わからない。
どっちみち、こっちは戦闘力5の糞雑魚だ。
余計な事は極力すべきではない。
「おい。」
ん?
「お前宛だぞ、これ。」
……は?
「ったく。
誰に教えてたんだか。
まぁいいが、ほれ。」
封筒……?
っ!?
この、封筒の手触り。
和紙、だ。
少し震える手で封筒を開けると、
既視感のある便箋が目に入る。
『きみに頼むしかなさそうね。』
たった、一行。
……
あ、あんのアマぁっ。
ど、どういうつもりだっ!
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