第11話
……
そっちに隠すつもりがないなら、いっそ。
「医局のどなたかが行かれてるとか?」
「あら。
ふふ、そうね。
当たらずとも遠からず、かな?
狭い世界よね、ほんと。」
これ以上、深く突っ込むか、
不自然にならないよう、話を収めるか。
「この部屋の会話は、
どこへ繋がっていますか。」
ほんの一瞬。
ギラリとした相貌が、昼行燈の下から覗く。
「……ふふふ。
ほんと、面白い子ねぇ、きみって。」
そう言うと、川瀬成海は、
くせっけのある収まりの悪い髪を揺らしながら、
こだわりのありそうな万年筆で、
和紙風の便せんにさらさらと書き込んでいく。
「ぱっと見、そうは見えないのに。
……当然、か。
保護者だもんな。
やれやれ。
ガラス張りの中で災難が向こうから押し寄せてるのに、
どうやって目立たずにいられるっていうんだか。
*
……は。
「おい。
お前、いつのまに、
こんなかっわいいコと仲良くなってんだよ。」
ど、どうして。
「……そ、その。
左腕、撃たれてらっしゃるし、
な、なにかと不便でしょうからっ。」
っ。
もう、治ってるのに。
い、いや。
喋れ、ない。
伝えられない。
いろいろ、不自然すぎる。
朝から、
クラスの可憐な女子が、
家まで、迎えに来る。
こんな経験、
前でも、ない。
「……恥、かかせんじゃねぇぞ。」
……忘れてた。
河野時之助、スケコマシ側だった。
*
山の手の中の下町らしい
狭い通学路を、並んで、一緒に歩く。
文字通り、ただの心配。
不細工な蝿豚に、恋愛感情など、働くわけがない。
まさか、不細工が役に立つことがあるとは。
これなら、勘違いのしようがない。
「……
貴方を見ていると、
わたしのちっぽけな悩みが、
ばからしくなります。」
悩み、か。
(……いえ。
こちらの話ですから。)
まぁ、いろいろありそうだが。
「
悩みは、悩みです。」
ビール瓶で殴られたやつより、
生爪を剝がされたやつのほうがより可哀そう、
なんてこと、あるわけねぇだろ。
「……
です、が。」
……
なんていうか。
桃井薫、主人公シスターズに入れる側よな。
眼はちょっと小さいけど輝いてるし、形は円らだし、
小柄だけど、スタイルもいい。
中身は凛として強いのに、外目は庇護欲をかきたてられる。
つっても、主人公と年齢差ありすぎるけどな。
12年前だから、
月宮雫は、まだ、5歳、か。
……
ん?
5歳?
裏ボスこと葉山匠も、5歳だ。
この二人の年齢が同じなのって、
舞台装置以外になにか意味が
……
いや。
目の前の女子に集中すべきであって。
あぁ、
なんか、言いたそうにして、
言えないでいるわけか。
コミュ症というか、
コミュ力皆無の是枝俊也に、言えるはずがないこと。
「お話しいただけますか。
レッスン料と無償銭湯分だけでも。」
「れ、レッスン料??」
「ゴルフですと、
レッスンプロは1時間1万円が相場ですね。」
「そ、そういうものじゃありませんっ。」
あら、怒ったな。
金に潔癖でいられるっていうのは、金に苦労してない証だ。
おそらくあの道場の入った建物は、自社ビルなのだろう。
ほんと、是枝俊也と住む世界が違う。
あぁ。
だから、か。
だから、是枝俊也は広瀬涼音を犯そうとしてたんだ。
絶対に手に入るわけがないものなら、
せめて妄想の中だけでも。
まったく理解されないな。
さすがファンアートゼロ。
俺でも殺すほうに廻るわ。
「……
辞めさせられたんです。」
ん?
あ。
なんか、顔、赤くしてる。
たぶん、言おうとしたことと、違う言葉が出ちゃったんだろう。
「……
父には、
自分から、辞めたって言ってありますので。」
あぁ。
そういうこと、か。
「部活動ですね。」
「!
そ、そうですっ。」
父親とわだかまりができそうなことで、
俺が考えつくのって、それだけだもんな。
「……
邪剣、だと。」
邪剣?
「……
貴方には最初にお伝えすべきでしたが、
うちの道場は、剣道連盟以外の技も教えています。」
あぁ、いわゆる古流ってやつかな?
よくわかってないんだよな、正直。
こっちからすれば、
戦闘の幅を広げさせてくれるならなんでもいいんだけど。
「……
わたしが蔑まれるのは構わないのですが、
その、父が。」
あぁ……。
でも、その父親には言えなくて、内に秘めた怒りが爆発。
父親側は事情をわかるわけがないし、
互いに引くに引けない状況なわけか。
……。
「うらやましいですね。」
「っ!
ど、どこがですかっ。」
あ、しまった。
つい本音が。
「失礼。
確かに、とても悩ましい。」
たぶん、
父親のほうも、娘を愛している。
娘の将来や才能に、期待している。
だからこそ、わだかまってしまう。
でも、
これって。
不細工蝿豚。
恋愛になる要素皆無だからこそ、言えること。
「桃井さんは、
「……え。」
「お父様を、
心から誇りに思っていらっしゃるのですね。」
……あ。
ちょっと、怒りが沸いて、
それ以上に、顔が、真っ赤になって、
俯いて、唇を少し噛んで。
溢れだした感情が、躰に、入ってくる。
澱まされてた奥から湧き出る、
純粋で、澄んだ、清冽な心が。
……
どす黒く蜷局を渦巻いたなにかが、
ほんの少し、浄化されていくようで。
なにもかも、是枝俊也とは、違いすぎる。
それ、でも。
校舎までの狭く、曲がりくねった道を、
是枝俊也と桃井薫は、言葉を交わすことなく、
肩が触れるくらいの距離を維持したまま、
同じ歩幅で、歩き続けた。
*
校門の見える路地に着いた時、異変に気付いた。
「……警察の方がいらっしゃいますね。」
騒然としている。
『瀬谷区立宿場中学校』のプレートが見える校門前には
立ち入り禁止テープが貼られ、
制服、私服の警察官が校舎内を動き回っている。
近くにいる生徒たちの顔は様々だ。
戸惑う者、いらだつ者、
非日常感にワクワクしている者、
警官に質問を続けたり、
意味もなく携帯で写真を撮って回っている輩。
「授業、あるのでしょうか…。」
河野時之助に連絡がまったく来ていなかったところを見ると、
文字通り、直近の出来事なのだろうか。
歪みは、なにも感知していない。
なにがあったのか。
それを、聞いていいのか。
「あれ?
きみ、こないだの。」
?
だれ、だ?
ピカピカのライトグレースーツはおしゃれすぎる気が。
「あぁ。きみからはわからないのか。
きみ、広瀬警部補を身を挺して護ったじゃない?
あの時、ぼくも現場に呼ばれちゃったんだよ。」
なぜか、桃井薫が、端正な瞳を逸らした。
「あぁ、そうか。
ちょうどよかった。
どうせなら、きみにも聞いておこうかと思ってさ。」
??
「川瀬成海さん。
わかるね?」
え?
あの腹に一物ありそうな保健医?
「はい。」
「亡くなったよ。」
……
は?
「え゛っ」
ばか、な。
だって、つい昨日まで、あんなに。
川瀬成海は、人を殺すほうに廻っても、
人に殺されるようなやつじゃない。
あいつは歪み切っていたが、
あいつへの歪みは、まったく感じなかった。
そのはず、なのに。
「ほ、ほんとうですか?」
「あぁ。
今朝方、発見されたんだ。
保健室内でね。」
っ!?
「遺体の状況も、いろいろ不自然なことが多くてね。
初動捜査中に言うことじゃないけど、
捜査、難航しそうなんだよ。」
やけに赤裸々に情報を垂れ流す。
それ自体、どう考えていいのか。
「どうせ学校も休校だろうね。
すまないが、ちょっと、協力してくれるかな。」
……
こんなイベント、知らない。
こんなやつ、知らない。
川瀬成海が震源地だと見込んでいたのに、
川瀬成海は、ただの出発点に過ぎなかった。
わからない。
こんなの、わかるわけがない。
コイツは、誰なんだ。
コイツは、敵か。
敵ではないフリをして、より邪悪なタイプの敵なのか。
だと、しても。
この時点であからさまに訝しんでしまうのは。
(貴方、駆け引きは苦手ね。
黙っちゃったら、気にしてるって、わかっちゃうわ。)
沈黙は、金にはなりえない。
……どう、する。
どっちが、正解なんだっ。
鬱ゲーのチュートリアルボスには修羅場しかない
導入編
了
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