第4話
(……。)
『宿場 生徒 精神壊乱』
『宿場 生徒 ナイフ』
瀬谷区立図書館の検索PC前で、ただ一人、溜息をつく。
なにも、わからない。
学校のコンピューター室のネットで読んだ記事と、ほぼ同じ。
なにしろ、当事者の名前すら分からない。
被害者も、そして、加害者も。
@ちゃん〇るのログすらも、綺麗さっぱり削除されている。
……個人情報であるとはいえ。
12年前だと、まとめサイトすらない。
地元系のBBSなども、大した情報は乗っていない。
……と、いうよりも。
「削除、されてるのか……?」
用意周到に、すべての情報を削除している。
小さな事件だから、それが可能なのか。
(……まさか、な。)
ただ、ここは、ゲーム世界だ。
本来のシナリオに合わせるために、
相当強引な捻じ曲げ方をしても、おかしくはない。
まして、脳の認知を主題に扱うゲームであれば。
『瀬谷区 精神 壊乱』
『瀬谷区 精神 錯乱』
『瀬谷区 精神 混乱』
『瀬谷区 精神 事件』
少しあいまいに広げて検索すると、それなりに情報が出てくる。
絞り込みをかけながら調べると、
精神壊乱事件と似たものも数件ある。
その中で、輪郭がはっきりしているものが一件。
(高校、か…。)
瀬谷区内の公立高校で、
生徒が突然暴れ出し、三名の教職員に怪我を負わせた。
加害者生徒は屋上に駆け込み、投身自殺した。
(……。)
治安の悪い南米あたりならともかく、日本ならそこそこの事件性がある。
テレビ報道の一つや二つあっておかしくない。
しかし、事件名もついていない、ごく小さな囲み記事。
加害者、被害者とも個人名は不明。
「……なかなか詰んでるな、これ。」
調査時に聞き込めないのは致命傷に近い。
どこかの
デハブが乗りすぎている。
なるほど、主人公は総愛されの美形であるべきだ。
……。
なにげなく、本当になにげなく。
『川瀬成海』
検索情報をたぐっていくと、大学のゼミがヒットした。
この当時らしく、お手製のデザインセンス皆無のサイトに、
不用意にゼミ参加者個人の写真を掲げている。
若い、な。
いまよりも数年前、か。
……
心理学部心理学科、か。
まぁ臨床保険医としては、ありえなくはな
「専門:心理的認閾論」
ぇ。
……。
認識閾の閾値が人間の理解に作用する機序の研究、か。
現実世界ではともかく、このゲーム世界でのこの表現は、
怪しいことこの上ない。
なにしろ、ここでの認識閾は
無意識も含まれるのだから。
ただ、だからどう、というわけでもない。
一見した限り世に溶け込んでいる、ただの保健医。
しかし、是枝俊也の直観的には、限りなくクロに近い。
これから、この学校で何かをやらかすかもしれないし、
そうでないかもしれない。
(目立つな。
いいな、大人しくしてろ。)
自分が関わらなければ、それでいい。
自分の生活を維持できるならば。
退行の牢獄は、確かに天国だ。
虐待されることも、生命の危機に陥ることもないのだから。
そう、割り切れてしまえるならば、
どれだけ良かっただろう。
バットステータス。デハブの山。
人間の屑。学校の、社会の底辺。
なのに。
是枝俊也の、人の「歪み」を見つける嗅覚は、
涜神の域に達している。
何かが、ある。
触れたくもないのに、触れざるを得なくなる、何かが。
*
屋根裏部屋の掃除が、ようやくひと段落ついた。
原作では二日だったが、現実は一か月を要した。
粗大ごみの日は限られているのだから当たり前だ。
せめて屋根裏部屋の豚を脱したいが、
やっかいなことに、本格的な運動は三日に一度しかできない。
なにしろ、入浴機会が限られている。
自宅のある河野時之助が、店舗に風呂をつける理由などない。
河野菜摘との関係がぎくしゃくする今、
あの家の風呂に入りたいなどと言えるわけがない。
チュートリアル悪役の御多分に漏れず、たるみきったダラシナイ身体。
多少運動をするだけで、饐えたような匂いがまとわりついてしまう。
ただでさえデハブの山なのだから、
悪臭までついたら、いよいよ虐められる。
原作主人公はこの部屋の梁にぶら下がって腹筋をしていたが、
きっとフローラルの香りがする汗を出していたのだろう。
ただただ羨ましい限りだ。さすが主人公としか言いようがない。
原作では、高校生としてアルバイトをする機会がある。
牛丼屋、コンビニ、花屋、おかまバー。
…どれも接客業だ。このステータスで雇ってくれる訳がない。
道路工事の交通整理ですら絡まれてしまいそうだ。
人の目に付かない仕事、
例えば下水道の点検・現認事務などはできそうだが、
この容姿では事務所職員とトラブルを起こしかねない。
…存在自体が困難だ。
義父にも社会にも爪はじきにされた挙句、
人の弱みにつけこんで金を集めたのは、
社会への復讐だったのかもしれない。
いっそ整形手術、という手もなくはないだろうが
「おい。」
!?
「なんだお前、ボーっとしやがって。
飯だぞ、さっさと降りて来い。」
こんな姿形の蠅豚人間に、
分け隔てなく餌をくれる河野時之助の前世は、神に違いない。
…その餌の中身で太らされているわけだが。
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