第2話


 まさか。

 に、連れて来られるとは。

 

 「お前な。

  大切な娘がいる家に、連れていけるわけないだろうが。」

 

 広瀬涼音は、敵だ。

 

 成績優秀、文武両道。

 一見、品行方正を絵に描いたような美少女。

 なにも持たない是枝俊也が穢そうとして、

 プレイヤーの怒りを買い、主人公たちに殺される。

 当然のチュートリアルイントロダクション。


 一皮剝けば、涼音の中身は冷徹きわまりない。

 実利だけを恃み、人を絶対的に信用しない。

 だからシスターズの参謀役が勤まったわけだが。


 趣味じゃ、ない。

 逢いたくもない。

 絶対に、目に入れたくない。

 

 だから、それはいい。

 

 ただ。

 

 「安心しろ。

  とっつきにくいが、まともな奴だ。」

 

 どうして。

 原作では、広瀬昌也との繋がりは、描かれていないのに。

 

 だって、ここは。

 

 「ほら。

  入るぞ。」

 

 で。

 

 「どうした、俊也。

  俺に堂々と啖呵切ったお前はどこに行った?」

 

 広瀬昌也は、笑いながら、さりげなく下の名前を呼んでくれる。

 細目で、不細工で、デブで、臭くて、卑怯な俊也に対し、

 少年課の刑事のように、親しげに、温かい声で。

 

 二年以内に、殺されてしまう。

 聖人なのに。

 聖人だから。

 

 「ほら。」

 

 覚悟を、決める。

 虎穴に入る、覚悟を。

 

 純喫茶、マルセル。

 

 昔ながらのナポリタンと、コスト度外視の特製欧風カレー。

 退職した官僚が、身を隠しがてらの道楽でやり始めた店。

 

 「いらっしゃ……

  なんだ、広瀬さんか。」

 

 若い。

 マスターが、こんなに若いだなんて。

 

 髭も生やしていないし、眼元の皺もない。

 なにより、眼鏡をしていない。

 

 うわ。

 立っているだけで、色気がある。

 まるで妖気だ。


 当然か。

 まだ、だ。


 低く、艶のある声。

 若気の至りを極めて六股した主人公の事後処理を、

 淡々とできる程度に、修羅場を潜っている。

 

 河野時之助。

 是枝俊也の天敵である原作主人公、

 月宮雫を匿った張本人。

 

 「一応、客のつもりなんだがな。」


 「ブレンド一杯で三時間粘る奴を、客とは言わん。」


 親し気に話す広瀬昌也と河野時之助。

 二人とも、いまをときめく一流声優が当てていただけあって、

 声が深くて味がある。ただの上質なラジオドラマ。

 

 「で?

  また厄介ごとを持ち込みに来たか。」

 

 「ああ。

  でけぇ奴をな。」


 河野時之助が、

 顔を顰めながら憎まれ口を開こうとした瞬間。

 

 「晴海に、関係している。」

 

 あぁ。

 六条晴海は、もう、殺された後なのか。

 

 官僚時代の河野時之助のカウンターパートであり、

 想い人であり、そして。

 

 敵方、主人公シスターズの一員、

 河野菜摘の、母親。


 だと、すると。


 「……菜摘さんは、いま、お幾つですか。」

 

 しまった。


 「おい。

  お前、どうして菜摘のことを。」

 

 虎の尾を踏んでしまった。

 河野時之助は、養子、河野菜摘を溺愛している。

 しかし、血の繋がらない父子家庭がうまくいくはずもなく、

 ギクシャクした人間関係になっていく。


 縺れきった糸を、主人公、月宮雫が結び直し、

 親子関係を回復していく姿が、本編のメインストーリーの一つだ。

 そして、お約束のように、河野菜摘は月宮雫に恋をする。

 なにしろご都合主義で、主人公、総愛されだから。

 

 一方。

 細目で、不細工で、デブで、臭くて、卑怯。

 愛される余地のない俊也には、

 河野時之助の険のある視線しか飛んでこない。

 

 「このガキのことは、俺もまだよくわからん。

  ただ、身辺は保護する必要がある。

  アル中の父親に暴力を振るわれ、殺されかけてる。」


 「……マジ、かよ。

  そんなもん、児相児童相談所に」

 

 「一度、近隣住民から通報があった。

  その時、指導の必要なしで処理してしまっている。

  嫌がられたよ。」


 現実だったら、いくらなんでも問題なしでは処理しない。

 中途半端な指導の後でかえって逆上したケースはあるが。

 

 是枝俊也は、虐待を受け続けた結果、

 「能力」に開花し、アル中の父親を殺してしまう。

 そこを、影主に付け込まれる。

 そして、影主の思うがままに闇の仕事に使われ、

 守銭奴として金を貯め込むものの、

 主人公達の序盤貯金箱になった挙句、最後には証拠隠滅のために殺される。


 その、寸前だった。

 

 それにしても、たった二日間で、

 是枝俊也の背景を一通り調べ上げてしまう広瀬昌也は、

 紛れもなく有能な捜査官だ。


 「……あいつらも、カネがねぇからな。

  恨まねぇでやってくれ。」

 

 河野時之助が、首を振りながら、律儀に贖罪を求めてくる。

 出身官庁はそこだったか。ありえるな。


 「……はぁ。

  家は絶対に駄目だぞ。

  菜摘と一緒に住ませられん。」


 だろうな。

 だから、

 

 「おい、お前。」

 

 「俊也です。」

 

 「……ちっ。

  ったく、なんて顔してやがんだ。

  女に生まれなくて良かったな。」

 

 セクハラとモラハラは己をガードするためのエッセンスで。

 恥ずかしがり屋で、人情家で。

 

 「まぁいい。

  少しだけ、預かってやる。

  ……ほんの少しだけ、だぞ。」


 ……

 勝っ、た。

 

 たった381円の全財産を駆使して、

 第一段階を、凌ぎ切った。

 

 「……ありがとう、ございます。」

 

 涙腺が、緩んでしまって。

 

 「……ブっサイクな男が泣いたって、なんもならねぇんだよ。

  このバカが。」


*


 当たり前だが、12年前の世界について、

 原作の設定集はほとんど何も語ってくれていない。

 

 10年前ならば、分かっていることは少しある。

 広瀬昌也が裏ボスグループに殺され、

 片親を喪った広瀬涼音は叔父の家に居候し、虐待される。

 黒幕の一人、甲斐田良英が、与党から衆院選に立候補し、当選。


 さしあたり、変えなければいけないのは、この二つ。

 たが、手立てが全く思いつかない。


 なにしろ、総愛されの主人公と状況がまるで違う。

 細目で、不細工で、デブで、臭くて、卑怯。

 バットステータスに呪われたチュートリアルボス、是枝俊也。

 アクションを起こし様がない。


 相手方は、現職の警察官を躊躇いなく殺害できる大組織。

 こっちは、愛される余地のない、極貧状態の一中学生。

 

 目もくらむような落差だ。

 溜息しか出てこない。

 

 できることはといえば、

 デハブが掛かりまくっているバットステータスを、

 せめて中立にすることくらいだろう。

 今のままでは、他人と話した瞬間に、好感度にマイナス10がつくだけだから。

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