第26話歪んだ認識

「大変なようですよ」


 フィデの口調に、なんだか他人事であるかのような印象を受けた。


「何が大変なの?」


「ラース副団長のことです」


 その名前に、フィデが何を言いたいのかを悟る。

 やっぱり、という感想しか持てなかった。


「彼女は彼らと馴染めなかったのですね」


「はい。問題行動ばかり起こしているそうです」


「そう……。分かってはいたけれど、残念なことね」


「問題を起こすたびにラース副団長が対処してはいるそうですが、手に負えなくなってきているようです」


「そうでしょうね。お母様も酷なことをなさったものだわ」


 口に含んだ紅茶は冷めていて、やや苦い。

 エンビー嬢のことを私は知らない。

 だからフィデに聞いた。私の居なかった三年間を。

 フィデが語るエンビー嬢は、あの騒動が起こるまでは普通の子供だったそう。

 特に問題を起こすこともなく過ごしていたと。

 ただ、お母様にべったりな子供だったと。


「騎士団の練習場によく顔を出してはいました。引き取った子供の父親と会わせるためだったのでしょう」


「騎士団の子供達との交流は無かったの?」


「どうでしょう。仮にあったとしても親しく交流する機会は無かったかと。そういった話しは一度も聞きません」


「なら余計に大変でしょうね」


「はい」


 私はまた紅茶を飲む。

 今度は砂糖をたっぷり入れて、甘い紅茶に。


 全く知らないわけではない。されど、親しくもない人達。

 騎士団の中のコミュニティーにうまく馴染めないのも無理はないわ。

 しかも彼女は母の教育方針の元、“叱らない教育”を施されたと聞く。

 叱らない教育。

 それは別に構わない。

 彼女は元々母の愛玩として連れてこられた少女だったのだから。


「梯子を途中で外されなければ良いのだけれど」


「どうでしょうか。旦那様が、そのようなことを許すとは思えません」


「そうよね。お父様からすれば、一時のこと。お母様の慰めにと、引き取ったのですもの」


「はい。いずれは親元に帰すおつもりでしたので。奥様があそこまで気に入るとは思いもしませんでした」


「仕方がないわ。お父様の優先順位は、お母様ですもの。そのお母様が『まだ遊んでいたい』と言えば、そうする他ないわ。よほどの瑕疵がない限りはね」


「はい」


 私はふぅと溜息を吐く。

 そして、エンビー嬢の今後に想いを馳せる。

 彼女はどうなってしまうのかしらね。

 伯爵家での数年間を過ごした彼女が騎士団の子供達と仲良くなることは難しいでしょうに……。


 母の為とはいえ、幼いエンビー嬢にどんな影響を与えるのかを父は一切考慮しなかった。

 父にとって彼女は赤の他人。

 だからこそ余計に気にする必要は無いと思ったのでしょう。


 騎士団の副団長の娘。

 騎士爵令嬢といっても平民と大差ない。

 高給取りではあるけれど、高位貴族並の生活が出来るわけではない。

 使用人を二、三人雇える程度のものでしょう。

 七歳から十二歳まで伯爵家で贅沢を覚えた彼女が、平民の生活に馴染めるとは思わない。


 エンビー嬢は母を慕っていた。

 きっと彼女にとって“理想の母親”だったに違いない。


 自分の我が儘を笑って許してくれて、叱ることもない。

 甘く優しい母。


 例え血が繋がっていなくても、母と子にはなれる。

 そう信じていたんでしょうね。


 だからエンビー嬢にとって、今の現状は受け入れがたいもののはずだわ。

 貴族の、それも高位貴族の暮らしを享受してきた彼女。

 せめて、彼女が貴族の責任を理解していれば、また違ったのかもしれない。

 けれどエンビー嬢は、貴族の責任が何かを理解していない。

 最低限のことさえも教えられていない。

 もっとも、彼女に貴族の義務と責務を教えたところで役には立たないでしょう。

 彼女は所詮“お母様のお気に入りの愛玩動物”なのだから。




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