第16話エンビーside ~立場~
部屋の扉を開けた向こう側は、別世界だった。
淡いグリーンの壁紙に、白いレースのカーテン。
明るい色でまとめられた室内は、春の光に溢れていた。
窓の向こうには、青空と緑の芝生が見える。
重厚な絨毯には細やかな刺繍が施され、壁紙と同じ淡いグリーンで統一されていた。
奥は寝室に繋がっているようで、大きな天蓋のベッドが、その存在感を示していた。
広々とした空間に、アンティークの家具が並ぶ。
精密なアンティークドールが、まるで生きているかのように椅子に座っている。
「きれい……」
思わず溜息をついてしまう。
私の以前の部屋とまったく違った内装。
同じ子供の部屋なのにここまで違うなんて……。
てっきり同じような部屋だとばかり思っていたのに。
私が以前使っていた部屋はピンクと白を基調にした可愛らしい部屋だった。
ベッドカバーやカーテン、絨毯など、ふんだんにレースが使われている。
あちこちにリボンの飾りまでついていた。
『お姫様みたい!』
『エンビーちゃんが気に入ってくれて嬉しいわ』
『おねえちゃま、ありがとう!』
私はお姫様のような部屋が大好きだった。
小さくて可愛いものだけで溢れて、キラキラしてる。
ああ、でも、ここにあるアンティークドールのような人形はひとつもなかったと気付いた。
人形の代わりにぬいぐるみが沢山あった。
淡いピンクに白いレースのカーテンはお気に入りだったけど……。
この部屋と違って子供っぽかった。
ここはなんだろう?なんて言っていいのか分からないけど違うの。なんだか負けた気がする。どこが負けたのか分からない。
私には似合わない部屋。
好きとか嫌いとか関係なく……。
負けた気がするの……。
鏡に映る自分を見る。
黒い服に白いエプロン、黒い靴。
「これが、私?」
私は鏡に映る自分を睨みつける。
「こんな地味な格好……」
以前は、可愛い服を着てた。
レースやリボンのついたドレス。
ふわふわのスカート。
まるでお姫様みたいなドレスだった。
「こんなみっともない格好……」
今は使用人の部屋なんかで寝泊まりしている。
あそこには綺麗なものも、可愛いものも何もない。
許せないと思った。
私の方がずっと可愛い。
『エンビーちゃんは、ユースティティアと違って可愛いわ』
『女の子なんだもの。勉強が少々できなくても何も問題ないわ。少しくらい出来ない方が好かれるものよ』
『エンビーちゃん、本当に良い子ね』
『エンビーちゃんがユースティティアの姉だったらよかったのに』
おねえちゃまだってソウ言ってたもの。
“妹”が“姉”より優れていちゃいけない。
“妹”が“姉”に勝ってはいけないの。
だって“妹”は“姉”より下。
上にいてはいけないのよ。
間違いは正さないと。
「愚かな。ここまで愚か者だったとは……自分の立場というものを全く理解していないようだな」
「え?」
後ろから聞こえてきた声に、振り返る。
そこに居たのは伯爵様と大勢の護衛の人達。
伯爵家で行われたパーティー。
私も一緒に出席しようと準備をした。
おねえちゃまからのドレスも靴もあるし。問題ない。
だって今日のパーティーは特別なんだもの。
伯爵家の娘のお披露目パーティー。
私も一緒に出席するのは当たり前でしょう?
なのに……どうして?
パーティー会場に入ろうとした瞬間、私は捕まってしまった。
呆然として立ち竦んでいると、伯爵様の護衛の方々にあっという間に捕らえられた。
手足を拘束されて、口には猿轡をされて。
皆が怖い顔をしてる。
伯爵様は、冷たい目で私を見下ろしていた。
会場から離れた場所に、私は引き摺られていく。
「エンビーちゃん……」
部屋に入ると、おねえちゃまが目に涙を浮かべて私を見た。
どうして、おねえちゃまがそんな顔をするの?
「……エンビーちゃんはユースティティアが嫌いだったの?」
何を言っているの?
「だからユースティティアのパーティーを邪魔しようとしたの?違うわよね?エンビーちゃんがそんなことする訳ないわよね?何かの間違いよね?」
おねえちゃまの言葉の意味が分からなかった。
ホロホロと涙を溢すおねえちゃま。
だけど、護衛の人達はそんなおねえちゃまを慰めたりしない。
私は訳が分からないまま、されるがままだった。
その後のことはあまり覚えていない。
色々と質問されたけど、私には何を言ってるのか理解できなかった。
一生懸命説明をしたのに誰も理解してくれなかった。
私は間違ってないのに……。
どうして誰も分かってくれないの?
あの日と同じ。
訳が分からないまま馬車に乗せられた。
どこに向かっているか分からないまま、眠気が襲ってきて、そのまま寝てしまった。
気付いたらベッドの中。
「目が覚めたか?」
お父さん?
なんで?
お父さんは訓練場に居る人でしょう?
「お帰り、エンビー」
お父さんの家に送り届けられていた。
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