第9話両親2
『絵を描いて生きていく』
父は常日頃から公言していたし、それが許される環境にあった。
グリード公爵家としても敵対派閥でもない、力のない男爵家の娘なら娶っても良いと判断したに違いない。男爵家に借金があるわけでも領地経営が破綻しているわけでもなかったのも大きかった。
まぁ、当時の情勢を考えると母のようなタイプが一番良かったのかもしれない。
芸術家の父と社交的な母の組み合わせはまさに理想的な夫婦像だといえる。
美しいものを愛する父は母の美しさをこよなく愛し、その美しさを引き立たせた。それがインスピレーションに繋がったのだろう。
母も自分の美しさを理解しているのか、着飾るのを好んだ。目立つのが好きな母は積極的に社交の場に顔を出し、自分を売り込んだ。
社交の場は女性が主流。
そこでうまく立ち回れるかどうかで夫のサポートが出来るかどうかが問われる。
母の場合、それは大正解だった。
美しく、華やかで社交性に富む母を誰もが褒め称えた。
夫を立てる妻として申し分ないと思われたようだ。
その結果、父の絵は売れに売れた。
母は思っていた以上に営業能力が高かったのだ。
自分を売り込む理由付けにしたにしろ、実に上手い手だった。天職なのかもしれない。夫婦揃っていい具合に互いの才能を開花させた。結果論に過ぎないけれど、実に上手くいったのだ。
これに関しては祖父母も感心していた。
決して安売りはしない。
高値での交渉。
誰もが欲しがる物の価値を冷静に見極めて、適切な値段で売買する。
それは商売の基本だ。
母は父の絵を更に引き立たせるために、額縁などの装飾品にも拘った。
風景や宗教画を美しく表現する父の絵画はそれだけで価値があるというのに、それに合わせた飾りをつけることによってさらに価値を上げた。
美術品に対する審美眼も優れていて、流行を的確に捉え、センスの良い品を勧めていたそうだ。そして気に入った物は購入していく。
つまりは売れるものを見極めることが上手かった。
付加価値をつけて、価値が上がると知っている商品を客に売りつける。
そうして我が家の家計を潤わせ続けたのである。
母にとって社交の場にでることは最高の職業だった。
そうすることで父の地位は盤石なものになり、必然的に母の価値も上がる。
まさに一挙両得だ。
ここまでなら良かったのに。
父も母も、自分の価値を正しく把握していたし、それを最大限利用することに躊躇いはなかった。
私の病に関してもそうだ。
両親は“悲劇の夫婦”として同情を集めて、更なる付加価値を自分達につけた。
やり過ぎてしまったのよ。
溜息がでるのをグッと堪えた。
特に母は“悲劇の妻”“悲劇の母親”と言った役割を完璧にこなした。
これが意図してやったのなら素晴らしかったのに……。天然でやったから残念なのよね。
打算や画策など考えつかない母だからこそ、とも言えた。
ある意味、母は奇跡の人なのかも知れない。
素で社交界を泳いでいる。
母の迂闊さや天然さも悪気があってやったことではないし、悪意もないから質が悪い。
天然だから計算しているとも思えないが、結果的にはそう見えていた。今までは。
本当に……困った人だこと。
両親は結婚祝いとして「プライド伯爵位」と「王都の屋敷」を贈られた。
祖父母は父の性格をよく把握していたのだろう。
領地を割譲しなかった。
父に領地を治めさせるより、芸術家として活動させたほうが将来的に上手く行くと考えたのだ。
父もその意図を正しく理解し、芸術活動を許可されたことに感謝していたほど。
成功していた。
若くして大成した両親は、ここにきて、
祖父母としても見逃せないほど。
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