第10話グリード公爵家1

 王都のグリード公爵邸。

 その屋敷は広い。

 王都でこれだけなら領地はもっと広いのだろう。

 グリード公爵家は広大な領地を治め、多くの領民の生活を支えている。

 富と権力を有している。

 歴代当主は皆聡明で政治手腕に長けていたらしい。

 王家を凌ぐ勢いがあった時もあったとか。


 祖父母の教育方針により、私の教育課程は更にパワーアップした。

 これはもう伯爵令嬢の域を超えているのでは?と思うくらいスパルタである。

 今まで以上にマナーについて厳しく叩き込まれた。言葉遣いや挨拶、手紙の書き方に至るまで。

 全ては将来の私のため、と言い聞かせられて徹底指導された。


「公爵令嬢として相応しい立ち居振る舞いを求められるのは当然でございます」


「先生、申し訳ありませんが、私は“伯爵令嬢”です」


「はい、心得ております。ユースティティア嬢が伯爵令嬢でいらっしゃることは」


 含みにあるのは“まだ”という言葉。

 つまり、その内“公爵令嬢”になるのだと言いたいのだろか?……今のところ、そういった話しは出てきていない。

 ただ、公爵邸に私の部屋が用意されたり、家庭教師の人数が増やされたり、マナー講師の先生が増えたり、と『いつ公爵令嬢になっても全く問題ない教育』は受けている。

 飽く迄も可能性の話しだ。


 それでも、家庭教師の先生方は皆本気だ。

 私のマナーは勿論のこと、絵画や音楽にも力を入れ始めた。

 芸術方面の才能があるのではないかと目を付けているらしい。

 …………正直勘弁してほしい。

 父親がそうだからといって娘もそうとは限らない。

 私は芸術に全く興味がなかった。

 いや、興味がないわけではないのだけど。

 才能がない訳ではない。ただそれは他者に比べて上手だというだけ。頑張ればプロになれるだろう。けれど決して頂点に立てるほどではない。

 絵画や音楽が趣味の人から見れば私はプロ並みの技術を持っている、と評価されるだろうが、それはあくまで趣味として楽しむ分には上手いというだけに過ぎない。











「ユースティティアは知的好奇心が強いわね」


 祖母が私のノートを覗き込みながらそう言った。

 お祖父様から出された課題をこなしている最中のことだった。

 私は今、お祖父様に出された課題の真っ最中だった。


「知的好奇心ですか?」


「そうよ、グリード公爵家の特徴ね」


「特徴、ですか?」


「ええ。グリード公爵家は皆、知的好奇心が旺盛なのよ。だからこそ、此処まで権力を有し、領地を豊かに発展させたの」


「そうなんですね」


「ええ。だから、貴女もきっとそうなるわ」


 祖母は優しく微笑んでそう言った。

 知的好奇心か。

 元々、勉強は嫌いではない。どちらかと言うと好きな方だ。


 お祖父様が私に与えた課題は、王国史と貴族年鑑だ。

 王国の成り立ち、歴代国王の偉業、宰相や将軍の名前、過去の戦歴など王国に関する知識が求められていた。

 貴族年鑑には伯爵以上の家系図が載っている。

 その家系図を読み解き、公爵家の血筋について学ぶようにとのお達しだった。

 これは課題というよりも寧ろ私の趣味に近かった。

 元々こういった作業は苦ではないし嫌いではない。

 むしろ好きな方だ。


「ユースティティアは本当に賢い子ね」


「ありがとうございます」


「貴女を見ていると、ユーノスの小さい頃を思い出すわ」


「お父様の?」


「ええ。ユーノスも最初は勉強ばかりだったのよ。いずれは文官になるのではないかと思っていたわ」


 祖母は懐かしそうに目を細める。

 いずれは宰相か、大臣か。

 父ならきっと優秀な文官になるだろうと、公爵家は思っていたらしい。


「絵の才能があってもプロになるとは当時は考えもしなかったわ」


「そうなのですか?コンクールで何度も賞を取っていたと聞いていますが……」


「ええ。けれど、まさか画家になるとは思わなかったの。てっきり趣味で絵を嗜む程度で終わると思っていたものだから」


 祖母はそう言って苦笑する。

 政治家として活躍する傍らに趣味の絵画を楽しむ。そう考えていた者は公爵家では多かったらしい。


 祖父を始めとするグリード公爵家にとって芸術は自分達の価値を高めるための手段でしかない。

 ただ、父だけはその枠からはみ出した存在だった。

 

 公爵邸で過ごすようになり、わかったことがある。

 それは父が公爵家で異質だということ。

 祖母の言ったように、伯父や伯母達は非常に頭の回転が速い。記憶力が良く、洞察力も高く、頭も良い。特に政治に関しては博識だ。


『ユーノスは芸術方面に特化している』


 それがグリード公爵家の認識だった。

 だからこそ母と結婚できたのだろう、と納得した。





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