第8話両親1
私の母、ロディーテ・プライド伯爵夫人は公爵家の次男に嫁ぐには身分が低かった。
ラース男爵家の一人娘。
母は幼い頃から大変な美貌の持ち主で、両親だけでなく親族一同から溺愛され、蝶よ花よと育てられていたらしい。
何故、「らしい」とつくかと言うと、私が母方の親族と交流がないから。
男爵家としての立場を弁えて、私との接触を避けているのかもしれない。
それとも一時期生死の境をさまよった私に利用価値はないと思ったのか。
何はともあれ、溺愛されて育てられたこと。ここまでは父と一緒。
ただ、父と違って母は厳しい教育は受けてこなかった。
女の子、ということもある。もしくは男爵家だから、ということもあるのかもしれない。
スパエラ王国は女子の爵位継承を認めていない。
そのため、婿をとるのが一般的。
婿を取るから女は何もしなくていい、という考えはない。
寧ろ、婿取りの令嬢には様々な役割があるとされている。
例えば、政治に関すること。領地経営、経済状況、収支報告、帳簿の管理。
爵位によっても異なるけれど、基本的には当主が把握している情報を共有しなければならない立場にある。
ある意味、嫁ぐ令嬢よりも実務能力を求められる。
しかし、母にはそういった教育は一切なされなかった。
『お母様は可愛いから、皆がやってくれるのよ』
母はそう宣う。
そんなわけないだろう――と叫ばなかった私を誰か褒めて欲しい。
男爵家にとって母という稀に見る美貌の娘が生まれたことはある意味幸運で、ある意味不幸だった。
特別裕福でもない、下位貴族。
婿取りは自然と同程度の階級になるのは必然。
伯爵家以上が男爵家に婿入りなどありえない。
もちろんゼロではない。
あぶれた三男や四男が下級貴族に婿にいくケースはある。ただしそれは互いの家に「利益あり」と判断された場合に限る。
地方の片田舎の男爵家。
目ぼしい特産物があるわけでも名産品があるわけでもない。
高位貴族が婿に入ろうと思うほどの魅力はなかった。
ラース男爵夫妻が早い段階で娘を嫁入りさせる方向に舵を切ったのもそのためだろう。
男爵家の後継者は甥の誰かを養子に迎えればすむ話。
美しすぎる娘は高位貴族に嫁入り出来るかもしれない。
社交界にでれば注目されることは間違いない。運よく王族に見初められるかもしれない――これは少し言い過ぎかな?
王族は流石に、と思うかもしれないが、側妃ではなく愛妾ならば問題はない。
愛妾ならば、ね。
「そっちの方にも才能はありそう……」
「は?何か言ったか?」
「いいえ、何も」
あら、いけない。つい心の声が漏れてしまったようだわ。
いけない、いけない。
私は今、公爵家の馬車に乗っているのだ。しかも祖父母の二人と。
「考え事か?」
「大したことではありません」
「そうは見えんがな」
祖父が鋭い視線を向けてくる。
海千山千の先代公爵。
貴族社会の荒波を乗り切ってきただけあって、その眼光は鋭かった。
「本当に大したことではありませんわ」
「そうか」
祖父はそれ以上追及してこなかった。
きっと母のことを考えているとでも思ったのだろう。
実際、間違ってはいない。
お母様は大変美しい。
子供を産んでも完璧なプロポーション、美貌。
高位貴族でも滅多に見ないほどの美姫として有名だった。
ラース男爵家は母の美貌に一目置いていた。
母の願いは大抵のことは叶えられていたらしい。
打算にまみれた思惑があったにせよ、母は周囲から愛され、チヤホヤされていたのは想像できた。
男爵家の目論見は見事に的中する。
母は十五歳にして社交界デビューを果たし、それによって父に見初められ、とんとん拍子に結婚までこぎつけたのだ。見事と言う他ない。
男爵家の娘が公爵家の次男と結婚。
これが許されたのも父が末っ子だったから。
政治や経済に興味を持たない、芸術家肌だったことも十分影響しているだろう。
当時、二十歳だった父はその頃から既に画家として名を馳せていた。
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