第3話伯爵夫人のお気に入り2


 一年前――



 退院した私は、漸く帰ってこれた一人娘に伯爵邸は歓迎ムード一色。


「退院おめでとう。ユースティティア」


「ありがとうございます。お父様」


「お帰りなさい。ユースティティア」


「ただいま帰りました。お母様」


 お父様は私の頭を優しく撫でてくれる。

 お母様は満面の笑みで出迎えてくれた。

 屋敷の使用人達も、揃って祝福してくれている。

 ほっこりとした雰囲気の中で、パタパタと足音が。



「エンビーちゃん!?」


 いきなり母に飛びついてきたのは、見知らぬ少女。

 エンビーと呼ばれた少女はあろうことか、屋敷の女主人である母に子犬のようにじゃれついている。


「あらあら、エンビーちゃん。走ってくるなんて、お行儀が悪いわよ」


「ごめんなさい。ロディおねえちゃま」


「ふふ。いいのよ」


 少女に「おねえちゃま」と呼ばれて、ニコニコと笑う母。

 見知らぬ少女に抱き付かれても、笑顔一つで許してしまう母の態度に呆れていいのか、それを度量の広さと感心すればいいのか判断に迷うところ。

 そもそもこの少女は誰?

 明らかに私より年上だと分かる。

 見た目は十歳前後にしか見えないけれど、立ち居振る舞いは何というか幼い。


「ロディおねえちゃま、これからお庭であそびましょう。ねえ、いいでしょう?」


「エンビーちゃん、ごめんなさいね。今日はダメなのよ。おねえちゃまの娘が帰ってきているから」


「え~そんな~~!あ!誰‥‥‥?もしかして、この子ですかぁ?」


「ええ、そうなのよ。おねえちゃまの娘のユースティティアよ」


「ふ~~ん……」


 母に抱きついたままジロジロと不躾に私を見る少女。

 なんなのかしら、この子。


「私は、プライド伯爵家のユースティティア・プライド伯爵令嬢ですわ」


 とりあえず基本の挨拶として自己紹介をしてみた。

 すると少女は、「私はエンビー」と名乗り、「よろしく」とつまらなそうに呟くと、私から視線を逸らした。

 そして母の腕にしがみつき「おねちゃまと一緒にいたい」と上目づかいで訴える。

 母は頬に手をやり「あらあら、困ったわ」と口では言っているけれど、少女に注意を促す様子は見られない。


 これは一体……?


 玄関先に立ったままなのは宜しくない、ということでテラスへ案内される。

 ドカッと不作法に椅子に座る少女。

 母は少女を窘めるでもなく、ニコニコと笑い相手をしている。


 挨拶一つまともに出来ない。

 なのにそれを許す伯爵夫人。

 伯爵家当主の父は目を細めて少女を見ているので、少女の言動を容認しているのは母だけのよう。

 ペラペラと母と会話する少女。


 本当にこの少女は何者なの?













 

 

「ジャスティお従兄様は騎士団の副団長をしているの。それでね、奥様が王子様の乳母に選ばれて、王宮暮らしになってしまったの。お家に小さな子供を一人でいさせるなんて可哀想でしょう。だからお母様、エンビーちゃんを引き取ったの」


 嬉しそうに話す母。

 母の遠縁にあたる少女。

 お母様の従兄の娘って……誰?

 そう思った私は悪くない。


 そもそも意味が分からなかった。

 両親が揃っているのに従兄の娘を伯爵家に引き取る? それって、ダメなのでは?母親が王子の乳母になって家に帰って来れないのは分かる。でも父親は?騎士団には団員用の宿舎がある。そこに住まわせればいい。独身用と家族用で分かれているのだから。


 幼いながら思った。

 母はおかしい――――と。






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